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スモークキャットは懐かない?  作者: 白い黒猫
イタリアン・ロースト
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とらぬ馬と鹿の皮算用

 四月になり新年度となる。俺は正式にリーダー職となり、今までよりも面倒な仕事が増えてきた。指導すべき部下と処理すべく書類増えるし、面倒な仕事も増える。

 その面倒な仕事の一つがこの新人研修の参加。その準備だけでも面倒なのだが、本社ではなく千葉にある研修センター【マメZONE(ゾーン)】にて行われるのでそこへの往復も面倒。営業部の部署説明と、グループディスカッションの見守りとなんやかんや一日丸々潰れるのが痛い。この日だけでなく、この研修の為の資料作りにもそれなりの時間を取られてしまった。久保田さんも同じ役割を任命されたようなので、一緒に残業してその準備を進めてきてやっと今日を迎えた。

 俺は久保田さんが今年の新人を前に商品開発部の説明をしている様子を見守っていた。内向的な為にこういう事が苦手なのに、一生懸命説明している久保田さん。頬も少し赤く、声もボソボソ早口になってしまっているものの、その説明する内容は丁寧で久保田さんらしい珈琲に対する愛情に満ちている。久保田さんに度胸つけさせ、人前で発表する練習をさせようという高清水部長の親心なのだろう。素晴らしいスピーチとは言えないが、準備もシッカリ整えて帰ただけに、要点も纏っおり聞いていて分かり易い説明だと俺は感じた。

 しかしそれを聞いている新人の態度はかなり微妙。真面目に聞いている奴はいるが、つまらなそうに机に向かいペンを回していたり、ニヤニヤ笑いコソコソ話をしていたり、ハッキリ言うと気のはいっていない様子。社会人になったというのに、ここまで学生気分のままでいるものなのだろうか?

 今年の新人はなんというか全体的に覇気がなく、またそうでないヤツはチャラく感じた。といっても今までそんなに毎年新人を注目していた訳ではないが……。不安を覚えているのは俺だけなのだろうか?

 説明を終えた久保田さんが、質問を募るが、何の反応もない。そりゃあまり聞いてなかったようなので仕方が無いだろう。しかしウチの会社に入社して、この部門に対して何も質問ないなんていいのだろうか? 

 内容はともかく一番気の重い仕事が終わり久保田さんはホッとした顔で俺の隣に戻ってきて、コチラをみて二コリと笑ってくるので俺もお疲れさまという気持ちを込めて笑みを返す。


 そして俺の番で、営業部の紹介、さてどうするか? 俺は新人の前に立ちゆっくりの一人一人の顔をみるかのように視線を巡らせニッコリと笑う。見られていると思うと人は自分の態度を意識するものだ。姿勢を慌てて正すのを確認してから俺は口を開く。

「営業部のリーダーの清酒です。こんな名前ですがこの会社で珈琲を売っています」

 そう言うと、クスクスという笑う新人たち。

「営業部の説明をする前に、一つ。この部屋に入ってから君たちを見させてもらっていましたが、まだ学生気分が抜けていない人が多いように感じました。もう君たちは社会人。この会社で働いている人間です。学生気分はこの配属されてからと言わず、もうここから気持ちを切り替えて研修に挑んでほしい。前に皆の前で話した久保田さんや俺は優しいから君たちを叱る事はしないけど、この後説明をする管理部門の皆さんは厳しい方が多いのでここで態度を改めた方が君たちは良いぞ」

 冗談めかしてそう告げ二コリと笑うと、新人は顔を引き攣らせ背筋をのばす。部屋壁際で控えていた久保田さんは困ったように笑い、俺に言われた管理部門の担当者らは苦笑して『おいおい』と口を動かす。

「まず、営業のお仕事だが、どの会社にもあるものの、会社によってかなりそのやり方は変わってくる職種でもある。

 ところで、猪口(チョク)さん、君が考えるマメゾンの営業といったら、何をイメージします?」

 肘を机の上に置き顎に手をやりニコニコと一番研修を舐めた感じで受けている女の子に質問する。目を見開き驚いた顔をする。資料として配られた紙に新人の履歴書のコピーがあることを知らないからそりゃ驚くだろう。首を傾げ、腕を組み悩む仕草を見せ『あっ』と小さく声をあげる。何なのだろう? この女やっている事はイチイチ芝居がかっていて気持ち悪い。

「マメゾンカフェの店員! とかだよね?」

 緊張感がないのか、誇らしげにそう応えてからヘラリと笑う。いきなり指されたからって、なんだ? このタメ口。隣の男にカワイ子ぶった感じで話しかけていた様子、今も二コリと笑ってから首を傾げポーズを作ってくるところ。俺が一番嫌いなタイプの女のようだ。所謂ブリっ子で自己愛が強い性格。いきなり声かけてビビらせようとしても、いまいちそれが効いていないようなのに内心舌打ちしながら、周りへ視線を戻す 。ウチの会社は知名度もあることからそれなりに人気で就職先としては、それなりに人気あるので、そう入社するのも楽ではない。それなのにこの女の酷さは何だろうと思う。だいたいウチの会社に入ってきたからには業界研究しているだろうに。だったら、もう少しマシな答えをしてくると思うのだが。

「世間一般でのウチの印象はカフェというのが強いでしょう。他には何思いつきますか? 鹿毛(かげ)くん」

 俺はノンビリ聞いているだけなんて楽をさせてやらない。また違う新人に声をかける。鹿毛はそれなりには勉強していたのだろう、コンビニチェーンと提携している『ドコでもカフェ』を挙げてくる。それからも次々名指して、対話形式で進めて行く事にした。 手下辺りから感じていた事だが、新社会人が、年々若く幼く感じてくるのはどうしたものなのだろうか?『最近の若いモンは』なんて言葉言いたくないが、なんか幼いというか青い。グループディスカッションの時間は流石に真面目に取り組んできていだが、その様子は穏やかと言えば言葉は良いがテンションが高くない。積極的に意見も出すことがなく、出してきた内容が何というか模範的で個性が余りない。俺がチョイチョイ助け舟出し、態と問題点を上げるなどして悩ませる事でなんとか発展性のある議論を進むことが出来ている。隣のグループを見ると、あの猪口という新人が、意見とも言えないボンヤリな内容の発言を積極的に行う事で理論のテンポを乱していてアチラはアチラで大変そうだ。そのチームのリーダーを任された馬場という男が関西弁でツッコミつつ進行を頑張っているが、掻き回す力の方が強く彼の努力が報われていなくて哀れだった。グループディスカッションするとそれぞれの個性も見えてくるが、そのいずれにしても青臭く視野が狭い。この中でどいつが営業に入ってくるのだろうか? と俺が思い悩んでしまう。

 気疲れだけする一日が終わり、俺は車で本社に帰る事にする。同乗していた共に本社に戻るメンバーも同じ気持ちなのか皆ハアと溜息をつく。久保田さんはもうグッタリしている。一日だけでこんなに疲れるのだから、一週間付きっ切りで研修する人事の人達は大変だと思う。

「清酒くんは、かなり慣れてそうだから大丈夫だっただろ」

 運転している俺に他のメンバーはそんな事いってくる。俺は顔を顰め横にふる。

「俺は人見知り激しい質なので、ああいう事大の苦手ですよ」

 別に冗談のつもりはなく、本気の言葉なのに笑われる。本当の事で決して得意ではない。しかしああいう事は慣れだし、大学時代のバイトや、営業でも鍛えられた。俺なりに様々なコミュニケーション術を勉強もした成果だろう。

「しかし、あの誰が営業にくるのか……」

 その言葉に皆苦笑している。

「まあ、あんな感じで清酒くんの厳しい指導で育っていくのでは?」

 俺は溜息を大げさについてみる。

「まあ、鹿毛くんとかはまだ積極性もあるし直ぐに使えそうだよな」

「あと、亀田くんも大人しいけどシッカリしていたぞ。あと犬飼くんも、馬場くんはなんかキャラもよく良い味もっていた」

 そんな会話で今日あった新人の中で期待できる面子についての話をしながら、帰りの車内を楽しむ。 面倒な仕事だったが、こうして普段あまり話す事のない社内の人と話す事が出来た事は良かったのかもしれないと思う事にした。

 営業に戻ると相方の元気な声と、鬼熊さんの労りの笑顔で迎えられ少しホッとする。

「お疲れさま。どうだった?」

 そう聞いてくる鬼熊さんに俺は笑みを返す。

「ま、自分の役割は果たしてきましたよ。それより今日は色々と代行させてしまい申し訳ありませんでした」

「何言っているの、新人はどうだった?」

 その言葉に肩を竦める。

「まあ、ピンキリという感じ? それに今年の新人、苗字動物縛りで採用したのかそういう名前ばかりで」

「何? それ」

 俺は肩を竦める。そして新入社員名簿を渡して見せると苦笑する。

「馬とか鹿とか、猪とか……そんな名前ばかりでしょ? いつも何か名前テーマ決めて採用しているんだか」

 鬼熊さんは『まさか』と顔を横にふる。

「ま、苗字は人の事笑えないでしょ、ところで良い子はいた?」

 興味ありげに聞いてくる。

「その言い方だと、研修に参加したら希望の新人取れるという特典あるんですか?」

 鬼熊さんは眼鏡の奥の目を大げさに見開く。

「まさか! 人事もしくは部長が押し付けてきて終わりよ! いつも」

 俺はガッカリした振りをしながら席につきパソコンを立ち上げる。

「新人か~どんな人が来るんだろ楽しみ~」

 ニコニコしながらそんな事を言う相方に笑ってしまう。

「そう呑気な事いっている場合ではないぞ。お前も先輩になる訳だから。指導ちゃんとしろよ!」

 相方は『そうですね! 了解です頑張ります!』と良い子な返事をした。

そんな相方を眺めながら頭の中で誰がウチのグループにくるのだろうか? そしてソイツにどういう指導の仕方をしようか? と俺なりに考える。しかし新人教育はそれぞれの人間によってやり方もかなり変わってくる。その前もって考えた指導法が役に立たない事が多い。同じように色々考えている様子の相方に視線を向ける。考えてみたらコイツは背中押さなくて真面目に元気に頑張るし、皆まで言わずともコチラの意図は理解してくれるし、楽な部下だったと思う。今年もここまでを期待するのは贅沢だとしても、タフでバカではない子にきてもらいたいものである。あの中で営業に来そうなのは、一番出来良い鹿毛か、明るそうな馬場辺りか? 俺はその二人を想定して改めてシミュレーションしてみることにした。


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