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スモークキャットは懐かない?  作者: 白い黒猫
フレンチ・ロースト
80/102

思ったよりも逞しい

 気持ちが落ち着かない事と、慣れないソファーで眠った事でなかなか寝付けず明け方近くになりようやく意識を飛ばし眠ることができた。


 ゴトン


 という何か落ちる音で、朝目を覚ます。

 目を開け音のした方を見るとコチラをギョッとした様子でみている煙草さんの姿。

 コートをしっかり着こんでいる所をみると逃げようとしている?

「起きたな、この酔っ払い娘」

 俺がそう言うと煙草さんはビクリと身体を震わせる。

「ゴメンナサイ、なんかご迷惑おかけしたみたいで」

 そういって肩を竦めたまま頭を下げる煙草さん。

 迫るだけ迫ってきて、生殺しのまま放置された怒りもあり声が低くなる。

「それで、その格好でどちらに?」

 そう言うと目を逸らされる。

「いえ、あの、ここ、清酒さんの部屋だとは……それで……」


 グゥゥウウウウウウウウウウググウグ


 どう言葉を返すかと悩んでいたら、そんな音が部屋に響く。煙草さんのお腹の音。

「朝飯食べてからゆっくり話を聞かせてもらうよ。その前にコート脱いで顔でも洗ってきたら。メシ何か作るから」

 俺は床に落ちていた煙草さんのカバンをソファーに置いてから、洗面所へと向かう。

 落ち着く為に先に顔を洗ってから顔を拭き、新しいタオルを取り出し後からついてきた煙草さんに渡し先にリビングに戻ることにした。

 キッチン部分に立ち、冷蔵庫の中を確認する。野菜と肉を取り出しパンを二枚トースターに放り込む。

 フライパン火をかけて牛肉を炒めてから塩コショウをする。 肉の色が変わったところで溶けるチーズを放り込む。

 暫くすると煙草さんがリビングに戻ってくる。

 コートを脱ぎソファーに置き、後ろからオズオズと近づいてくる。

 手伝うことがないかと聞いてくる煙草さん。

 『いいから座っていて』というと、シュンとした様子でテーブルの所に戻りソファーの前でチョコンと座る。

 コチラをジッと見ている視線を感じる。

 昨日とは打って変わって借りてきた猫のようにスッカリおとなしい。

 焼けたトーストをまな板の上で並べて、チーズが絡んだ牛肉をのせてもう一枚のパンで挟み二つにカットし、皿にのせて、カットした野菜を横に添えてテーブルに並べる。

 すると凹んだ様子の煙草さんの目がカッと輝く。

 いつもの好奇心に満ちた目でジッと皿を見つめている。

 猫が初めてみる食べ物を気にしている様子に似ていて、なんか面白くて可愛い。

 つい唇を綻ばせてしまうが、俺の視線に気がついたのか視線があったので顔を引き締めると、ハッとしてまた反省した表情とポーズに戻ってしまう。

 しかしその様子は様子で面白いのと、本当に反省してもらいたくてフォローもせずほっとくことにした。

 野菜ジュースをそれに添えて休日の朝食がスタートする。 煙草さんは行儀よく手を合わせて挨拶してから、パクリとサンドイッチを食べ始めたので俺は自分の食事に集中することにする。

「清酒さん!」

 いきなり名前を呼ばれ顔をあげる、大真面目な顔をした煙草さんの姿が見える。

 今お化粧していないこともあり、さらに今日は幼くみえる。

「コレ、凄く美味しい! 私感動しました」

 目を輝かせて嬉しそうにそう言ってくる煙草さんが可愛くてつい吹き出してしまう。

「冷蔵庫の余り物だけで作ったモノで、そこまで言って貰えるとは光栄だな」

 そう返すが、自分の立場を思い出したのか、また申し訳なさそうに頭を下げてしまう。

「作ったものを、美味しいと言って貰えたのは嬉しいよ。逆に悄気た顔で食べられる方が嫌だから。今はその問題は置いといてメシに集中しよう」

 そう言葉をかけると、煙草さんは大真面目な様子で『はい』と返事をして、恭しい仕草でサンドイッチを手にして真面目な顔で食事を再開させた。

 こうやって二人で大真面目な顔で食事するのは初めてかもしれない。 しかしパクリと食べてニマリと嬉しそうに笑い顔を引き締めるという様子が可笑しすぎて、笑わずにいるのが苦しかった。

 食事を済ませ片づけてから、珈琲を淹れ改めて話を聞く事にする。

 煙草さんは俺の前で姿勢を正した状態で正座している。ソファーは一つしかなくその前で煙草さんが床に座っている為に、俺はスツールに座り見下ろす訳もいかないので、テーブル挟んで床に座り向き合っている。

「で、何があってあんな状態まで酔っぱらったのか教えて貰おうか? 

 それとも酔うといつもああなるとか?」

 そう切り出すと、煙草さんは慌てたように頭を横にふる。

 そしてその動きを止めジッと俺を見上げてから頭を下げる。

「この度は、清酒さんに大変なご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」

 何があったのかも気になるが、それ以上にどこまで彼女の記憶があるのかが気になる。

「迷惑ってどの部分に対しての言葉?」

 そう聞くと、煙草さんの目が泳ぐ。ツッこんで聞いてみると、俺に会った記憶すらないようだ。そして煙草さんはとんでもない話を始める。

 ドゥーメチエの店長さんの妹さんが、どうやら煙草さんの元彼の浮気相手というか二股かけた相手だったようだ。

 その状態だけでも異常事態なのだが、煙草さんの先週一週間の物語はもっと予想の斜め上をいく内容だった。

 普通一人の男を取り合った二人の女性が出会ってしまったら、かなり危険な状況になりそうなもの。

 ドゥーメチエさんは煙草さんに非常に友好的な態度で接してきたらしい。そして話があるからと飲みにいかないかと誘われたのが金曜日。

 俺としてはよくそんな誘いに応じたと思うが、煙草さんはその誘いを悩んだ結果、受けてしまった。

 そこでそんな二人がしたことは同じ傷と痛みをもつ同士として酒飲みながら浮気男への怒りと哀しみを一緒に爆発させること。

 二人の元彼の実家が、酒造メーカーやっていた事もあり、二人はソレを仇のように呑み尽くし感情を解放した。

 お陰で同士として二人の友情は恐ろしい程深まったようだ。 酒も驚く程進み、ベロンッベロンに酔っぱらったのが、あの状況。

 これ程恐ろしい飲み会が他にあるのだろうか? 俺は聞いていて苦笑するしかない。

「あの、それで、何故、私は清酒さんの所にいるの? 私の記憶では、そのまま自分の家に戻った筈なのですが」

 そこまで話して、今更そんな事聞いてくる煙草さんに、俺は溜息をつくしかない。

 本当にあのまましてしまわなくて良かった。

 でないと朝とんでもない騒ぎになり大変な事になっていた。

「君がいきなり電話かけてきたんだろ!」

 俺の言葉に煙草さんはカバンからスマフォを取り出し履歴をいてハッと驚いた顔をしている。

 お酒って本当に恐ろしい。

「明らかに様子がおかしいから、迎えにいったら、一人公園で、ハイテンションでお酒呑んでいるし!」

 そう言うと煙草さんは『ゴメンナサイ、本当に申し訳ありませんでした』と頭を下げて謝ってくる。そしてふとある事に気が付く。

「最近、気が付いたのだけど。タバさんって、酔っぱらうと、俺に電話かけてくるところがあるよね? ソレって俺はどう受け取れば良いの?」

 煙草さんからの連絡はメールが殆どなのだが、彼女が突然用事もなくかけてくる時がある。その時は大概上機嫌でお酒を飲んだ後。煙草さんは俺の言葉にウーンと悩み頷く。

「確かにそういう所があるかもしれません」

「ソレって、誰彼構わずかけてしまうの?」

 そこが気になるので、俺はその点は追求する。

「清酒さんだけです! なんか声が聞きたくなって」

 そう言い、煙草さんは俯く。

「他の人に、そういうことは一切していません。

 ……清酒さんにとっては迷惑ですよね。そんなの……」

 言いながら落ち込んでいく煙草さん。

 理性のタガが外れたら、煙草さんは俺を求めてきてくれる。

 その行動は確かに迷惑ともいえることだけど、その好意については可愛く嬉しく感じてしまった。

「ソレって俺の都合の良いように、受け取っても良いのかな? 君が俺を求めてくれているって」

 俺がそういうとハッと顔を上げる。

「多分、清酒さんが好きだからだと思う……いや好きだから……だからついお酒が入るとソチラに気持ちがいき電話かけてしまうんだと……そうか、そうだったんだ。清酒さんが好き……」

 そう言いながら顔を赤らめて下を向く。

「そういう行動ってさ、今度から酔っぱらってではなくて素面で示して欲しいな」

 俺の言葉に再び顔を上げ、しばらく俺を見つめたあと大真面目な顔でコクリと頷いた。

「はい! 今回の事は本当に申し訳ありませんでした」

 俺は手を伸ばし煙草さんの頭を撫でると、俺の躊躇うように見上げてくる。

「いいよ、煙草さんが俺に甘えてくれるのは嬉しいから。でも他の人にあんな事をしたら駄目だよ」

 煙草さんは素直に頷いてから顔を傾げる。そして何やらまた考えている様子。

「あの、そういえばさ、私、昨日酔っぱらってどんな状態だったの?」

 俺はその言葉に、どうしたものかと考える。俺の笑みをどうとったのか煙草さんは眉を寄せる。

「聞かない方がいいかもね。覚えていないなら、それでいいのでは?

 ……暫くは、お酒は止めようね。特にそんな厄介な因縁のある清酒はもう飲まないように」

 そう二コリと笑って言うと煙草さんは頭を抱え落ち込んだ仕草を見せ俺に再び謝ってくる。

 しばらくこうしていじるネタが出来て楽しめそうだ。俺は慌てている煙草さんを見てそう考えていた。

 しかし少しイジメすぎたのだろうか?

 俺への好意を示してくれたもののこの日の煙草さんは恐縮しまくっていて、ここから甘い展開にするのは難しくなってしまった。

 弱みに付け込んで抱くというのもどうかと思い諦めた。

 しかし次のチャンスはもう遠慮はしないことにしようと、心に誓う。

俺の最大のなわばりである部屋にいるということで、部屋にある珈琲機器を紹介しつつ、二人で俺の好きな珈琲の世界を楽しむことにした。

 モーニング珈琲をこの部屋で楽しむ日もそう遠くはないだろう。


 とんだ出来事によって、二人の距離は縮んだことは嬉しいが、彼女の傷を癒しトラウマから解放したのが俺ではなく、煙草さん本人で、自力解決という事に若干の悔しさを感じるのは、俺の我儘なのだろうか? いや、考えてみたら煙草さんは元々逞しく元気な子。

 前に田邊さんが『放置していても元気に育つ』の言葉は正しい評価だったのかもしれない。


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