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スモークキャットは懐かない?  作者: 白い黒猫
フレンチ・ロースト
76/102

ちょっと面倒くさい

 エルシーラから出たタイミングで、Joy Walkerの田邊さんから電話がくる、例の万能サーバーを使ってもらえそうな相手を見つけたという。手下(てが)がその担当なのだが羽毛田(はげた)編集長も田邊さんも、マメゾン関連の話はなんでも俺に投げておけばいいと思っているようで、俺に連絡をしてくる。こういう事は早めに動くに限るので直ぐに向かう事にした。

 編集部に行くと、『清酒さん。こんにちは~!』と元気な煙草さんの声で迎えられる。取引先に彼女がいるというのはなんともムズムズした気持ちになるものだ。初芽の時とは異なり、幸せそうに楽しく仕事しているからその点は良いのだが、煙草さんが俺を前より意識しているのか、やたら目があう。田邊さんと話をしていていても、耳をコッチに向けている感じで。好奇心に満ちた目をチラッチラッとコチラを見つめている様子が動物っぽい。まあ元々俺が別件で訪れても、その後珈琲関係のチェックをするようにしているので、担当として対応する為に構えて待っている所があるので田邊さんも変には思ってはいないようだ。そして持ち歩いていた万能珈琲サーバーのカタログを田邊さんに渡し、相手先の情報を受け取り煙草さんの方にいくと。煙草さんは背筋を伸ばし俺を待ち構え、一緒に給湯室へと向かう。気合い籠った様子で俺の対応している様子がなんか可笑しくて、笑いそうになるのをポーカーフェースでごまかすのが辛い。

 自然にしようとして、逆に肩に力が入ってしまっているようで、言葉が妙にキビキビしている。俺を強く意識している感じが嬉しい。


 いつものように在庫を調べているとマメゾンの珈琲豆の袋に並んで黄色い袋が入っている。グレー文字でオアフィスと入っているのを見なくてもそれが、あそこの豆だとそのカラーリングで分かる。俺がそれを見ていると煙草さんはアッという顔になる。

「サンプルとして置いていかれたのですが、なんか手が伸びずにそのままになっているんです」

 俺は笑みを浮かべ頷きながら、『そうだったら、俺がこの豆捨ててやろうか?』と考えていた。

「まあ、味の得体のしれないものは怖いですものね」

 そう答えてから、改めてコレってどんな味なのだろうか? と思う。オアフィスはウチの会社にも営業マンは来ているが、流石にウチに珈琲は売り込んでこない。そして先ほど俺の手に入りそうになっていただけに、この豆が異様に気になる。不味いという噂だが、どのくらい不味いのか? 目の前にある黄色い袋をジッと見つめる。

「あの、煙草さん、もし飲まれないのでしたら、コチラの珈琲いただけませんか? ウチの珈琲豆のサンプルと交換という形で。いつも飲まれているのとは違った味の珈琲をお渡しいたします」

 煙草さんは、目を見開き俺を見上げそして悩む顔をしている。

「別に持っていかれても大丈夫だと思いますが、念のため編集長に聞いてきますね」

 そう言って止める間もなく走っていき、編集長連れて戻ってくる。

「なになに~清酒くん敵情調査? いいね~そういうの楽しくていいね~」

 羽毛田編集長は、なんか嬉しそうだ。

「いえ、そんな大げさなものではなくて、そういえばこの商品ってどういう味なのかな? と気になりまして」

 編集長の細めの垂れ目がスーと細められる。

「ついでに、カタログと価格票と見積書もつけちゃうよ~アチラが提示してきた価格も気になるでしょ?」

 まあそのあたりのだいたいの値段は耳に入っているのだが、ありがたく資料としていただくことにした。

 煙草さんはというと「こんな事で清酒さんのお役にたてるなら嬉しいですよね? 編集長」と隣で煙草さんは笑っている。役に立てて嬉しいというより、共犯者の笑みで嬉しそうだ。

「まあね~。 そうそう♪ 豆だけどブレンドではなくモカとかがいいな~」

 編集長は人の良い笑顔でチャッカリと交換する豆を指定してきた所は流石だ。特別に高級な方の豆のサンプルも渡しておく。そして俺は戦利品をもってマメゾンへと戻ることにした。


 営業部に戻ると、澤ノ井さんが谷津(やつ)チーフと話をしているのが見えた。欠員補充ということもあり澤ノ井さんは三月になり営業での仕事と、広報戦略部の仕事を兼任していて忙しそうである。目があったので澤ノ井さんと視線だけで挨拶して俺はカバンを自分の机に置いて三課の手下(てが)の所に向かう。Joy Walkerさんに向かう前に情報だけはいれておいたので手下は俺の顔を笑顔で迎えて資料を受け取る。

「ありがとうございます! 助かります」

 説明を聞いてから嬉しそうにしている手下に俺はわざと意地の悪い顔をしてニヤリと笑う。

「といっても、興味を示しているだけだから、お前次第だな。契約にいくのもポシャるのも」

 俺の言葉にトホホという感じで頭を下げる。しかしこの顔も行動もポーズでやっているだけで彼なりのおフザケ。俺とのじゃれ合いのパターンで直ぐにニヤリとした男臭い顔になる。

「そこは俺の華麗なトークでモノにしてみますから♪」

 コイツもこういう言葉を言うようになったのをみると、営業としても社会人としても成長したなと思う。同時にそう思う自分が老けたんとも感じる。

「ああ、期待しているよ」

 俺の言葉に嬉しそうに笑っていた手下の顔から笑みが引く。視線が俺の後ろにいっているので俺が振り向くと澤ノ井さんがコチラに近づいてきていた。そして俺達の手元を居てニヤリと笑う。

「こっちも引き続き広がり見せていて嬉しいよ。

 それにしてもホント清酒くんって、本当にお母さんタイプなんだな。子供をそうやっていつまでも面倒みてあげて甘やかして可愛がる」

 俺は苦笑するが、手下は不快そうに顔を顰める。元々の苦手意識もあるが、この言葉で半人前と言われたように思えたのだろう。澤ノ井さんはこういう言い方をするところがある。

「というより今回はパシリに使われているだけですよ。お客様と手下(てが)に使われてる、哀しい役割。

 それに可愛がるならこういうのではなく、もっと可愛ものがいいですよ」

 頭の中で煙草さんの姿を思い浮かべながらそう言うと、手下は俺の言葉にも傷ついた顔になる。意外に繊細で変に気にしいな所が手下の面倒くさいところ。俺の言葉にいつもすぐに傷ついて拗ねる。拗ねてないと言いながら、よく拗ねている。

「確かに今の部下の方がカワイイっちゃカワイイ感じだから。あっちの方が良いってか」

 澤ノ井さんは余計な事を言う。その言葉を相方(さかた)が聞いていなくて良かった。手下と相方を同時にムカつかせる言葉だ。そして妙に相方に対抗意識を燃やしている手下は比べられる事を嫌がる。案の定手下は面白くなさそうだ。やや無神経な澤ノ井さん、変なところで繊細な手下、二人の組み合わせはかなり微妙なのかもしれない。

 澤の井さんと手下は課が違うので、そう直で絡むことはないからその点は良かった。

「じゃあ、手下任せたぞ! 良い結果待っているから。

 澤ノ井さんこの後、久保田さんとかに会います? 実は渡してもらいたいモノがあるんですが」

 二人をさっさと引き離すことにして、澤ノ井さんを連れて二課に戻る。

 営業に澤ノ井さんが来てからこういう事が多い。澤ノ井さんなりのコミュニケーションの取り方が、相手を威圧させたり、ムカつかせたりしていることが多い。広報戦略部ではこういう会話も冗談として受け入れられていたが、やはり普段から相手に気を使って動く営業ではストレートに相手の個性や欠点をストレートに言う澤ノ井さんの言葉はチョットした衝撃になる。 しかもそういう冗談を言い合う程の関係もまだ築けていない。

 澤の井さんも馬鹿ではないからそれなりに周囲の反応にも気がついてはいて、かなりマイルドな表現にはしているが、それでも営業の人にはひくものがあるようだ。まあこればかりは皆に慣れてもらうしかない。こういう人なのだと。

 そしてそんな遠慮もいらないとされている俺と話すのは気が楽なのだろう、前より俺に絡むことが多くて、今のように一緒に俺といた人物までがいじられ顔を顰める事になる。

「コレ、手に入れたので商品企画に持っていっていただけますか? 興味持っていたようなので」

 鞄から出てきたオアフィスの豆を見て澤ノ井さんは苦笑する。近くに座っていた鬼熊さんは『清酒くん、貴方って人は』と呆れたように呟いている。そのやり取りが聞こえていた二課の皆も興味ありげに近づいてくる。

「ウチのサンプル豆と引き換えに頂いてきました」

「やる~。

 って俺も興味あるよ、早速飲もうぜ」

 三袋あったので、一袋をその場で早速淹れてみることにする。というか元々営業の皆で飲む為に持ってきた。

 お湯が落ちていき香りはしてはくるが、珈琲の香りというには薄い気がした。珈琲というより焦げの香りがする。皆で珈琲が出来るのを待っていると、相方も帰ってきて試飲を待つその輪に加わる。相方はワクワクした目で落ちていく珈琲色の液体を眺めているが、そこまで楽しみにするモノではないような気がしてきた。

 全てのお湯が落ちきり、そこにいた皆で分け合い飲んでみる。全員が首を傾げ、『ン……』とか『ゥァ?』とか謎の声を一部の人が発したまま沈黙が降りる。

 俺も今自分は何飲んでいたのか? と一瞬悩んでしまった。やや濁った琥珀色の液体で、珈琲らしいけどそれらしい風味がなく焦げ臭い液体。

「なんじゃ、コレ!」

 一番に我に返り声出したのは澤ノ井さん。

「成程風味コクが殆どないから、焙煎深めにして細かく挽いて無理やり色と味出そうとした訳か」

 俺はドリップし終わったばかりの豆をサーバーから外しそう分析する。丸山部長が粉っぽいと称したのはそこに理由があるようだ。

「焙煎も深めるのは、悪い豆の誤魔化す常套手段だものな」

 澤ノ井さんの言葉に俺は頷く。

「そうか、この味どこかで飲んだと思ったら、カフェインレスのタンポポ珈琲に似ているんだ」

 相方の言葉に皆はフフと笑う。タンポポ珈琲は珈琲と言いつつ、あれは焦がしたタンポポの根を煮て珈琲っぽくしたもの。珈琲の香りがあるわけない。しかしその例えが絶妙過ぎるくらい、この珈琲には珈琲らしさが無い。オアフィスの珈琲は流石にタンポポの根で作った訳ではなく、珈琲豆は使っているようだがこの味なのだ……。しかもタンポポ珈琲は軽い口当たりでサッパリしているけど、コチラは悪い意味で珈琲の癖というかえぐみがある。

「安すぎると思ったら、やはりこういう事か」

 そう呟く澤ノ井さんに皆の視線が集まる。

「珈琲なんてものはランクが全て。味と金額は正比例の関係で、美味しい珈琲飲みたければ、良い豆を使うしかない。

 逆に安くしたいならどうするか? 安い豆を買うしかない。流石に企業の目玉商品として売り出すのに古い豆では無いだろうけど、これは本来なら輸出用にもならないレベルの珈琲を、持ってきていると思う。コレだったらあの価格も納得だ」

 皆がその言葉に納得して頷いている中、澤ノ井さんが大きく息を吐く。

「しかし、安いとはいえこんなクソ不味い珈琲の会社に、客持っていかれるって、お前らどういう営業やってんの?」

 その言葉に沈黙が降り空気が重くなる。別に澤ノ井さんは責めているわけではないようだが、ここでソレは言ってはダメだ。声に出さずとも、該当者は既にそう思い傷ついている。

「……困ったことに世の中、想定以上のバカ舌が多いからな~」

 あえて明るくそう言葉を俺は返す。皆引き攣りながらも笑い少しだけ場は軽くなる。しかしまだ重い。

「……ところでコレ、どうやって手に入れたのですか?」

 場の空気に耐えきれなかったのか、相方がそんな事をのんびりした様子で聞いてくる。

「清酒くんが取引先で、ウチのサンプル豆とトレードしてきたの」

 鬼熊さんの答えに、相方は『成程、流石清酒さん!』と呟き、再びオアフィス珈琲を一口飲み、顔を顰める。不味いなら飲むのやめればよいのに、それでも真面目に味わって飲もうとしているところが相方。場の空気を読んだという訳ではなく、純粋な疑問だったようだ。そのまま再び不自然な静かな間が続き、皆も無言で拙い珈琲を飲む。

「ところでこの三袋、ウチの何とトレードしたの?」

 その沈黙を破ったのは鬼熊さんの質問。

「プレミアムブレンドレッド一袋に、モカ二袋」

 俺の答えに鬼熊さんは大袈裟に溜息をつく。

「コレとの交換だと、まったくフェアトレードになってないじゃない」

「ったくだ、それならアチラの袋十五くらいもらわないと割があわない」

 鬼熊さんの言葉に澤ノ井さんがそう受けて、笑う人も、出てくる。

「え、でもそんなにオアフィス珈琲あっても、困るだけでないですか!! 三袋でも邪魔ですよ! 残りどうするんですか?」

  まだサーバに残っている珈琲をみて顔を思いっきり顰めた相方の言葉に皆は笑い、気まずい雰囲気が和んだ。顔を顰めながらも、まだ不味い珈琲を飲み続けている相方を見て目を細める。

 澤ノ井さんというアクの強いキャラの中和剤として相方は結構使えるかもしれない。相方なら多少傷ついても立ち直りも早い。

「経営会議からもう部長が戻ってくる頃だから、残しておいてあげましょう。営業部部長としては飲んでおくべき珈琲でしょうから」

 ニコリと笑いながら鬼熊さんもヒドい事を言う。しかし俺をはじめそこにいた人は皆ニヤリと笑って頷いた。

 成程このように共通の攻撃(いじり)先を作るのも有効なのかもしれない。

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