傷ついた瞳
喫茶店で俺のタブレットと企画書見ながら二人で色々話し合い、今日のデートコースと言う名前の取材先を決める事になる。傍からみると仕事の打ち合わせとしか見えず変な光景。他に余り客もいないからずっと会話も聞こえていたのだろう、マスターも苦笑してコチラを見ている。
ああいう街の情報誌の企画をはただ面白そうなだけでは意味がない。情報誌なので、そこに読者に為になる情報が無ければいけない。ありきたりな、誰でも知っているようなものでもネタとしては微妙。ネットで今騒がれているような話題を取り上げたなんてことでも、数か月後には旬過ぎて今更な内容になる。切り口の見つけ方がなかなか難しい。目の前の客や状況と向き合い進めていく営業の仕事とは異なり数か月後の読者を相手に考えていくという違った視点に面白さを感じた。情報誌編集の仕事は商品開発や広報企画の仕事に通じる感覚が必要なのだろう。
「このボードゲームの企画も面白いですね。今こんなに色々進化していたとは」
俺の企画で煙草さんの気を引いたのは残念ながらコレだけだったようだ。
「いやむしろ逆で、古くからアナログゲームはあるだけに、作られ続けて進化していたんだ。そしてスマフォなどのデジタルゲームが流行りそれの方が注目はされていて目立っていないかもしれないけど、今またこういうゲームで遊ぶというムーブメントは来ているんだ。市場も盛り上がってきている」
「人狼とか遊んでいる人は多いみたいですしね」
俺は頷く。
「まあ、それはテレビに取り上げられて有名になったのもあるけど、テレビゲームとは異なり実際モノを動かし遊びってことでより臨場感を楽しめ二人の時間を楽しめるものかもしれない。またゲームといっても相手との裏の読み合いというものだけではなくて、ある目的の為に協力して何かを成功させるというゲームもある。二人で成し遂げるタイプのゲームだとこの企画にも悪くないかなと思って」
煙草さんは、フンフンと頷き顔をタブレットから上げ俺に移動させる。
「スゴイですね、珈琲の事だけではなくて、こういう世界も詳しいとは」
その尊敬に満ちた視線に俺はつい照れてしまう。
「いや、実は手下が大学時代『ボドゲ同好会』にいたので、この方面の話をよく聞いていた。それで今回このデートの話聞いた時にも使えるのではないかと思って、ネットで調べたりアイツに話を聞いたりして、使えそうなゲームをピックアップしてみた」
煙草さんは俺の言葉にニコニコ笑っている。
「清酒さんのお蔭で面白い企画アイデアいただけました。コチラも私なりにもう少掘り下げて、アイデア使わさせていただいてよろしいですか?」
俺は『勿論』とういって笑顔を作り頷いた。少しでも役に立てて良かったと思う。
喫茶店を出て向かったのは区民ミュージアム。企画展示だけでなく、様々なテーマの映画やレンタル工房を行っていて色々な意味で使えそうだったから。その後煙草さん曰くネタの宝庫という商店街を調査する事にした。二人で並んでミュージアムのある公園を歩く。煙草さんは『我々の仕事は編集者、取材相手、読者全てが楽しめ得するWin-Win-Winのモノでなえればならない』という編集長のポリシーについて熱く語っている。羽毛田編集長らしい言葉だし、素敵な考え方だと思う。仕事であればボランティアであってもまず利益というものを考えねばならないのは確か。セールスの成績を誇る為とか、いかに相手を丸め込み買わせるかとかいう形で、利益だけ求めるのは寂しいモノがある。やはり相手と仲間と笑いあって仕事出来るのが理想である。
「なるほどね~その精神は営業の仕事にも通じる所はあるよね。俺の場合も一度売ればそれで良いというモノではないだけに、ずっと継続して愛用してもらうに事を考えないと駄目。となると口先のセールスなんて通じない。次を繋げていくという意味でも同じなのだろうね」
俺の今の仕事も、良い関係を継続していくことに意味がある。だからこそ対話が重要な要素となっていく。
「そうですよね。清酒さんの所もまた別の意味でも大変ですよね。ウチにもコーヒーメーカーを設置させてくれませんか? という営業もよく来ますし。今の所よりやすく提供しますよとかも言ってくるし」
俺はその言葉に苦笑するしかない。実際同業他社は多いし、また新たにオアフィスという最近この世界に乱入してきた鬱陶しい存在もある。
「ライバルも多いからね~俺の業界は。浮気されて捨てられないように、編集部へのラブコールは今まで以上に頑張らないとね」
オアフィスへの忌々しい気持ちを抑え、そんな言葉で流すことにした。しかし何故か煙草さんのがビクリと動きを止める。見ると顔が強張っている。気のせいか顔色もみるみる悪くなっていく。
「あれ? もしかして……」
俺の言葉にブルブル顔を横にふる。
「それだったら、今日の件も速攻断っていましたよ! 気不味いから」
乗り換えは否定するが、それどころではない煙草さんの動揺した様子が気になる。
「じゃあ、何がひっかかったの?」
俺は何か地雷を踏んだのだろうか? すっかり顔色を白くしてしまった煙草さんをベンチに誘い、近くの自販機でホットレモネードとココアを購入して戻る。その二つを示すと煙草さんはお辞儀しながらココアを受け取る。
「あれ? いいの? ライバル社の製品で」
そんな事を気にしてくるのとは、そういう所に少しホッとして笑ってしまう。煙草さんは缶の温かさを楽しんでからプルトップを開け一口飲み。ハァと息を吐く
「何か気に障ること、俺言った?」
ここは何も聞かないでおくべきかもしれないけど、やはり気になりそう聞いてしまう。
「いや、何も。そういえばさ、清酒さんって……」
ジッと公園を見つめながら、煙草さんはゆっくりと言葉を探すように声を出していく。
「……い、いままでの恋愛って、どういう感じだったの? 告白されたの? したの? そしてどう別れたの?」
いきなり、インタビューの始まり?
「初デートに、随分踏み込んだ所まで聞いてくるんだね」
そう言うと、煙草さんは肩を竦めそのまま下を向いてしまう。べつに責めた訳ではないが、恐縮させてしまったようだ。
「別に隠すことでもないし、ぶっちゃけるけど……」
そう言ったものの、そこまで特殊な恋愛してきたわけでもない。普通に出会って、そして楽しい時間を過ごし、すれ違い別れて……。
「余り話せる程の過去もないかな? 始まりは告白したり、されたり、その時々によってという感じかな? あと終わり方っていうと何だろ? 難しいな……」
俺が黙った事で沈黙が降りてしまう、だから無理やり思い出した別れのシーンをポツリポツリと語ることにする。あまりの束縛の強さに辟易して大喧嘩して、俺の細かさに相手がキレてとか……その時その時は大変な事件だったものの、こうして語ると実に他愛ない事だったと感じる。そして同時にここでそう軽く語れない初芽との別れの事が頭に蘇り、何も言えなくなりまた黙ってしまう。二人で、この寒い公園で犬と遊んでいる人の動きをぼんやりと眺める。
「『浮気』されたり、したり? とか?」
唐突にそんな言葉を煙草さんが聞いてくる。チラリと隣に視線を向けると、その『浮気』という言葉を発して傷ついている様子の煙草さんに動揺する。血を流し続けている傷口を見せつけられたような痛々しさをそこに感じた。初めて見る煙草さんの暗く悲痛さを感じさせる表情。
「されたことはあるかな? ま、その時は恋も終わりかけていて気持ちも離れていた状態だったから、傷つきもしなかったけど……」
あえて、浮気なんてたいしたことないという言葉を返す。それを聞いて俯いてしまった煙草さんお頭に手をやり出来るだけ優しくなでてやる。『そんな最低な事をした奴の為にそんな顔することなんていらない』という想いを込めて。守ってあげたいか弱く小さな存在。
『俺は浮気なんて絶対しないよ、君を愛し続ける』
そう言葉に出すのは簡単だけど、ここで俺が何言ったところで説得力なんてないだろう。俺の信用という問題ではなく、煙草さんがここまで引き摺り苦しんでいる状態だから。これから態度と誠意で示していくしかない。
「そういえばさ、公園といったら、ああいう遊具とか、犬とも遊べる用品とかいうのを紹介して、楽しい休日を演出するのもいいかもね。デートでチョットしたスポーツを楽しむというのも、いいと思わない?」
今の流れでデートを楽しんで続けるのは無理がありそうだ。だからこそ彼女の取材に話を戻すことにした。仕事は実は一番良い気晴らしだから。打ち込んでいる時間はことで痛みからの気持ちを離せる。その後、色々歩きながら企画について話しをしてつめていく、次第に煙草さんもいつもの調子を取り戻し元気になっていった。というよりテンションあげてそう見せていたともいえる。そんな彼女を見て、それだけ傷を負わせた男の事を忌々しく思うと同時に、俺が煙草さんを癒し、コレからは守ってあげたいそう心に強く思った。