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スモークキャットは懐かない?  作者: 白い黒猫
フレンチ・ロースト
72/102

禁煙の為に飲酒する?

 煙草さんはいつになく生真面目な顔を作り俺に業務連絡をしている。

「珈琲はまだ大丈夫ですが、フィルターとカップが少なめで……」

 皆でふざけてしゃべっていた会話を聞かれかなり照れているのだろう。澄まし顔を繕い俺を給湯室へと案内している煙草さんがなんか面白い。俺はそれを指摘せず棚の在庫のチェックをする事にする。

「豆はまだありますが、かなり減りが早い感じですよね? どうします? 早めに追加お持ちしましょうか?」

 振り返りそう尋ねると、煙草さんはウームと悩む仕草と表情を見せる。彼女は窓口でしかないので、どの程度の珈琲を購入するかまでの決定権はないので、今そこまで考える必要はないのに真面目に悩んでいる。

「まあ、まだありますし、この新商品の味を試してから検討していただけたらいいですよ。無くなる前に電話いただけたらすぐに持ってまいりますから。

 今淹れているのが春ブレンドです。かなり軽い口当たりになっているので、万人ウケしやすいかもしれませんね。タバさんは結構好きな味なのではないですか?」

 俺の言葉をフンフンと楽しそうに聞きながら、春ブレンドのパッケージに視線を向け煙草さんは首を傾ける。

「あの、いつも不思議なんですが、同じ豆なのに清酒さんが淹れる珈琲って何か香りがいいというか美味しいですよね」

 実は豆を最高の味で楽しんで貰いたくて、いつも客先で珈琲を淹れるときやっていた一手間の違いに気が付いていた事に驚く。蒸らしという工程を一ついれることで香りと風味が大幅にアップするのだ。

 俺は煙草さんのその言葉で、改めて彼女の感覚の鋭さに感心する。一緒に食べ歩きしていても、エスニック料理のかなり複雑な味の料理でもその材料をシッカリ分析して食べているところがある。ホンワカした見た目なのだが、実は物事に対するアンテナの感度が良い。だからこそ今、記者兼編集者になっているのだろう。

「実はね、粉をセットした時に、下に垂れない程度にお湯を粉に垂らして少し蒸らすのがコツなんだ。その一手間で珈琲の味が格段に旨くなる」

 そう言うと、感心したように目を輝かせる。この子の素晴らしい所は、細かい所にちゃんと気付けて、また新しく学んだ情報を感動という形で受け入れる所なのかもしれない。

「へえ~そうなんだ! でもそれだけじゃないような気がする清酒さん煎れる珈琲が美味しいのは」

 立ってきた珈琲のアロマを楽しむように深呼吸してニッコリ笑う。煙草さんほど、何かをしてあげる甲斐のある人はいないのかもしれない。人が拘ってやってあげたことにちゃんと気が付いてくれるし、それを喜んで感動してくれる。ようやく動揺が去ったとか普段お通りの様子になってきたので、少し先ほどの話をしてまた慌てる姿を見たくなる。

 しかしどうも二人きりだと、食事しているときの砕けた調子の会話となってしまう。

「ところでさ、さっきの話だけど、タバさんそんなに結婚したいの?」

 すると煙草さんは顔をギョッっとさせた後、思いっきり顰め、大きな溜息をつく。

「結婚したいというよりも、煙草の苗字を捨てたいだけなの!」

 そう言いながら拗ねたように唇を尖らせる。煙草さんが唯一顰めっ面になる話題。それがこの苗字。嫌煙家であるだけでなく、いままで散々からかいのネタにされてきたようだ。自分の最大の汚点とまで感じているように見える。その話になるとこんな顔となる。だからこその先ほどのあの夢の宣言なのだろう。

「まあその点、女性はいいよな、結婚したら名前を変えられるから」

 そう返すと俺も珍名である事を思い出したのか、憐れみの表情で見つめてくる。俺は色々な珍事を引き起こしたこの名前だけど、そこまで嫌いではない。社会人になってから、良いキャラ付けとなり、より人にインパクト与えられる事で寧ろ美味しかったと思っている。しかし『私は、そのうち一般人になりますが、清酒さんは一生珍名人生歩まれるとはお(いたわ)しい。これからも強く逞しく生きて下さいね!』という感じの若干勝ち誇った感情も混じった表情の視線を見ていると、チョッカイかけたくてウズウズする。

「だったら、タバさん煙草の名を捨てて清酒になってみる?」

 そうからかいの言葉をかけると、煙草さんは、『えっ』と声を漏らし、目を丸くする。

「って、珍名が嫌で結婚して、珍名になったら意味ないじゃん」

 そう即座に言葉を返してきたと思ったら……アレ? なんか視線を俺から外しソワソワし出す。顔を少し赤らめなんか慌てているようだ。別に口説きの言葉をかけたつもり無かった。こう言う反応を起こしてくれたことにコチラも驚いてしまう。

 俺をチラチラみて色々考え一人で色々悩んでいる様子が何とも面白いので、更に突っ込んだ話をして仕掛けてみることにする。

「珍名が嫌なのではなくて、『煙草』が嫌なんだろ?」

 そう語りかけると、煙草さんの真ん丸な目が瞬きして俺をしっかり写す。言葉の意味を真剣に考えているようだ。『確かにその通りかも』とその表情が言っている。

「確かさ、煙草は苗字ランキングで三万一千七百十位くらい、清酒は二万六百五千位くらいだった。考えてみたら五千も順位があがるなんて素敵な状況だと思わない?」

 具体的な数字を入れると、こう言う無茶な内容でも説得力が加わるのが面白い。それ以上にそれを真に受けて、更に悩み出している煙草さんの様子に少し良心が痛むが、素直過ぎる反応が俺を楽しませる。

 それにしても何故突然俺の言葉にこう言う反応起こすようになったのか? 今までの言葉が緩やかに効いていたということだろか? いつも色々予想外のリアクションを返してくれる子である。

 気が付くと煙草さんは真剣に考えこんでいるのか自分の世界に入ってしまった。煙草さん現実に呼び戻す為に声をかける。

「煙草さん?

 良かったら、試飲してみない?」

 出来上がった珈琲をプラスチックカップに注ぎ差し出そうとすると、煙草さんは顔をハッと上げ、俺の顔を見て顔を真っ赤にして慌て出す。『そ、そんな、試飲なんていえ、いや……』そう呟いている事から面白い方向で【試飲】の言葉をとったようだ。『清酒(オレ)を試飲する』ととったのか? なまじ発想力があり豊かな想像力あると、少ない言葉からも色々膨らんでしまうのだろう。俺は落ち着かせる為にニッコリと笑いかける。

「この珈琲の事、言ったんだけど。

 この『春ブレンド』どうぞ。

 まあそういう意味でもどうぞ。俺の方もついでに試飲してみる? ノンアルコール清酒だけど」

 珈琲を受け取り敢えずお礼を言う煙草さん。真っ赤な顔のままで珈琲を一口飲み、小さく溜息つきチラッと俺を見て目を逸らす。まだ頬が赤くてその様子が可愛らしすぎる。しかもいつになく俺をそう意識してくれているこの状況が嬉しすぎる。俺は恥ずかしさからまだ俺と目が合わせられない煙草さんに近付く。

「友達からって言葉はあるけれど、もう友達だからそこはもう省いてさ、『煙草』と『清酒』でより踏み込んだ大人な関係を築いてみるとかどう?」

 そっと耳元で囁くと煙草さんはゆっくり顔を上げる。

「ね?」

 更に短くそう問いかけると、意外にも煙草さんは素直にシッカリ頷く。その余りにもアッサリとした展開に驚くものの、俺の望む形に進んだ事実にニヤついてしまう。

 頷いてから、その意味に気が付いたんだろう。更に真っ赤になってオロオロとしている。耳まで真っ赤になってきて、美味しそうだ。

 晴れて? 自分の恋人になった煙草さんの頭に手をやり撫でてみる。柔らかい髪の毛の感触が気持ち良い。そうすると目を見開く。その瞳が潤んでくる。そして撫でられたまま俺を見上げた身体のままフリーズしている。コレ以上追い込んだらパニック起こしそうだ。そっと手を引っ込める。

 「後で、メールするね。デートの打ち合わせもしないといけないしね!」

 追い込むのではなく、優しくコレから二人の未来への誘う言葉を告げ、ガラスサーバーを持って部屋に行く事にする。落ち着く時間を与える為に。

 皆に珈琲を振る舞い給湯室に戻ると。煙草さんは、珈琲カップを胸の所で包み込むように持ったまま、まだ固まっていた。

「タバさん、大丈夫?」

 態と耳元でそう囁くと、動作スイッチが入ったのかバタバタし出す。落ち着かせようとして飲んでいたのか、珈琲はカップに殆ど入っていなかったので良かった。

「はい! バッチリです。元気……で……す?」

 そう良くわからない返事をして、俺の顔を見て、また真っ赤にして目をせわしなく動かし挙動不審な状態。

「元気なら良かった。

 コレから晴れて恋人としてのお試し期間に入るけど、宜しくお願いします」

 そう改めて告げ軽く頭下げると、煙草さんは姿勢を正しコチラをやっと見てくれる。そして真面目に頭を下げ、何やら『こちらこそ……ふつつか……』といった言葉をモゴモゴ言っていた。

 こう言って、シッカリ反応も示してくれたので、【間違いでした】って事にならないだろう。

 ゴキゲンのまま Joy Walkerを後にして、そのまま楽しく次の取引先へと向かう。夕方になりマメゾンに戻り社内のエレベーターでスマフォを取り出しメールを出す。そろそろ煙草さんも落ち着いた頃だろう。


『今週末でも、どこかに出かけてみない?』


 こういう時は、相手が色々考える前に進めて行くに限るだろう。また、メールを読んで固まっているのだろうか? そう想像しても笑えてくる。

 俺はそのまま仕事に戻り報告書等を仕上げ、書類を各部署に送るフォルダーに置き職場を後にした、電車の中でスマフォをチェックすると【REデートどこ行きましょうか?】というメールが来ている。返事が届いていたようだ。


【いつもお世話になっております。

この度は週末のお誘いありがとうございます。

その件についてですが、実は今丁度、デートアイデアの企画案を考える課題を出され悩んでいる所です。そこで今週末デートをテーマにしたプレ取材という形で進めせて頂いて宜しいでしょうか?

 その際、知識と経験が豊富な清酒さんのデートに関する意見など聞かせていただくと助かります。

 企画のコンセプトは【普段着デート】ということで、恋人同士で特別でないけれどカジュアルに二人の時間を楽しむアイデアを提案するというものです。

 ――】


 コレは……。

俺はつい数回そのメールを読み直してしまった。デートがデート企画のプレ取材? そしてデートに関するインタビューの依頼まで……。 俺の想定を遙かに超えた内容である。さて、どうしよう? ここは企画にのった振りして、思いっきり甘いデートを演出して楽しんでしまうのか、真面目に企画に協力して使える男と見せるべき?

 

 結局家に帰り、やったことはパソコンを立ち上げ俺なりの企画にそったアイデアを俺なりに纏めることだった。なんやかんや突きつけられた問題って応えるにいられないのは理系人間の性なのかもしれない。それに販売促進だけを考える営業での企画に比べて、コチラの企画が楽しそうに感じたのもある。あと、彼女の仕事に関わらせてもらうというのもある意味新鮮な体験。今まで付き合ってきた彼女とは愚痴きくくらいしか関われなかったし、俺が何か行動しては出ダメな状況であった。しかし不思議な形ではあるけど、彼女の仕事に触れられるのは嬉しい。結局週末までの時間をその企画作りで楽しく過した。


コチラエピソードからの世界は【私はコレでタバコを辞めました?】において煙草さん視点でも描かれています。ご興味ある方はそちらもどうぞ。

男女の違いと性格の違いもあり、同じ時間でもかなり意味が違って見えている事もあるのでそういうところも楽しんでいただけたら嬉しいです。

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