義理なコレ
「コチラ、私からの愛の証です♪ 受け取って下さい!」
二月の二週目にJoyWalkerさんを訪れた俺は、煙草さんからそんな言葉で赤い包みを受け取る。能天気な笑顔に溜息を漏らしそうになるのを耐える。ハートの散ったベタな包装紙に包まれた物はチョコ。
俺は業務用の笑みを返しながら受け取り、さてどうしたものかと考える。この天然ぶりに不思議と怒りは覚えず、逆に笑いすら沸き起こり楽しく感じてしまうのも不思議である。人の告白を無意識でスルーしておきながら、『この店見つけた瞬間清酒さんと行くしかないと思ったんです』『清酒さんとこうして食べている時間って好き! すっごく幸せ』とか、心憎い言葉を言ってくる。俺にとって、今一番厄介な存在なのかもしれない。
『JoyWalkerさんからでなく、君からのチョコが欲しいな』とか言ってみるかとも思ったが止めておく。あまりにもこういった言葉を重ねるとチャラい男と思われそうだから。お礼を言いニコリと笑いながらマメゾンからのバレンタインチョコを煙草さんに渡す。今週の木曜日がバレンタインだから企業同士でサービスという名のチョコが飛び交う時期なのだ。
販促品だけに大したモノではないのに煙草さんは顔を輝かせ、その包み抱き喜ぶ。そのチョコの箱が胸に埋もれているのを見て、改めて煙草さんが豊満な胸を持つ女性であるのを実感する。男からしてみたらチョコより明らかにそちらの方が美味しそうである。
流石に胸を見つめ続けるのも何なので、俺は仕事をする事にする。空になっていたガラスサーバーを洗っていつものように新しい珈琲を淹れる。立ち上る珈琲のアロマで邪念を払う。煙草さんはというと仕事に戻るわけでもなくニコニコと好奇心に満ちた目で俺の手元を見ている。この子のこういう視線はなんかくすぐったい。
「あっ!」
煙草さんが突然声をあげる。
「そうだ! 珈琲とチョコも美味しいですが、餡子も良いですよね! 松永堂さんか大福貰ったんです一緒に食べましょうよ!」
止める間もなく彼女のデスクのある部屋に走っていき直ぐに包みもって戻ってくる。
「今日編集長も井上いない先輩もいなくて、共に楽しめる人いないんですよ……。
田邉さんは餡子苦手だし、太田さんはダイエット中で食べてくれないし、他部署に配るには数がなくて」
そう寂しげに言われると断る事も出来ない。
大福の入ったプラ容器を捧げるように差し出してくるので、俺はお礼を言い受け取り食べる事にする。ここの大福は小豆を少し固めに茹でてあるようで、豆本来のホックリ感と甘さをより楽しめる味だった。
美味しい事を、言葉と笑顔で示すと煙草さんは嬉しそうな顔をしてプラスチックカップに、今俺が淹れたばかりの珈琲を恭しい仕草で振舞ってくる。なんとも妙な状況である。
煙草さんは気にもせずに、自分も大福を手に取り被り付きニカ~と笑う。
『美味しい!! 嬉しい!! 幸せ~♪』と顔にデカデカと書いてあるような子供のように明るい笑顔。思わず笑ってしまいそうになり、顔を引き締める。
「この組み合わせも最高ですよね。餡子と珈琲♪
もしかしてクリームとよりも好きな組み合わせかもしれません」
俺が煙草さんの様子を楽しく観察していたら、そんな事を大真面目な顔で言い始める。その事実を確認するかのように、また一口家齧り珈琲を飲んで納得したように頷く。
「ですね。名古屋発祥で餡子珈琲ってメニューもありますからね。つまり餡子バージョンのアフォガードです。餡子をてんこ盛りにしたカップに珈琲注ぐというモノです。餡子の甘さと珈琲の苦味が絶妙にマッチして旨いんだ」
「美味しそうですね! ソレ!
でも名古屋に行かないと駄目なんですよね……」
嬉しそうに顔を上げ、そして少し残念そうに顔を下げる。感情の動きが本当に分かりやすい子である。また大福を一口食べ珈琲を楽しんでいる。その味をここで再現して想像しているのだろう。
「東京でも、それ味わえる喫茶店いくつかあるよ」
そう言うとコチラを期待の瞳で見つめてくる。こんなキランとした目で見つめられたら応えるしかないだろう。
「今度一緒にいく?」
「はい! 是非!」
誘うと本当に嬉しくなるほど、素直に応じてくる。それだけに心配になる。誰に対してもこうなのじゃないよな? とも思う。先日呑んだ田邊さんの言葉を信じると、その点は意外と堅いということだが心配になる。
「じゃあ、今週の木曜日でもどっかで夕飯食べるついでに行きますか!」
あえてバレンタインにその予定をぶつけてみることにする。それにどうリアクションしてくるのか?
「了解です! 木曜日ですね。絶対ですよ!! 楽しみ~♪」
普通に返されてしまう。バレンタインと気付いてくれていないのだろうか? 女の子ってそういう事は敏感なのではないのだろうか? しかし少なくともその日に予定はない事を確認できたことでよしとすることにした。
ふと見ると、煙草さんの頬に大福の粉がついている事に気がついた。粉のついた手で頬にかかった髪をなおした時についたようだ。俺は自分の頬を指で示してその事を教えると、煙草さんは反対の頬を慌てて擦る。その猫のような仕草が可愛い。
思わず見入ってしまった肌は滑らかで、そして柔らかそうで……つい手を伸ばし粉のついている方の頬を撫でてしまう。目を見開き驚き見上げる瞳。指で感じた煙草さんの感触。その俺を真っすぐ見つめてくる丸い瞳と少し開いた厚みのある唇に俺の奥の何がズクッと熱く疼く。
「……取れましたよ」
営業スマイルを纏い紳士的な声色でそう言うと、煙草さんは俯きモゴモゴとお礼を返してくる。その様子がまた可愛くてフフフと笑ってしまう。でもはやり煙草さんにコチラを見て欲しい。
「俺の方は大丈夫ですか?」
そう聞くと、すぐに顔を上げ真面目な表情で俺の顔をシゲシゲと見つめてくる。そして丸い瞳を細めて笑う。
「大丈夫です! 異常ありません。いつもの素敵な清酒さんです」
どうしてこの子はそういう事を言うのか? 擽ったいけれど、ホッコリとした幸せな気持になる。この子の言葉だと素直に嬉しく感じる。
「じゃあ、今後も何か俺の恰好に問題ある時は教えてくださいね。次の場所で恥ずかしくないように」
煙草さんは素直に頷く。
「任せて下さい! シッカリ見ていますから!
清酒さんも私に何か異常あれば教えてくださいね! 約束ですよ!」
明るくそう言う煙草さん。その言葉通り、俺をもっとその瞳に映してほしい。
「だったら今後はより、注意してシッカリ煙草さんを見る事にするね」
煙草さんをジッと見つめながらそう言うと顔を赤らめる。その頬を染めたまま煙草さんは何か決意をきめたような表情をして見つめ返してくる
「約束ですよ! 私をシッカリ見てください! 私も清酒さんの姿シッカリ見続けますから!」
ほう、それは是非とも頼む。俺は『心強いよ』とニヤリと笑い応えると、煙草さんは『任せてください!』と胸を張って明るく笑った。