旅の目的
十月になり街はカボチャ色に染まり浮かれた空気を出してくる。ハロウィンはイマイチ馴染みもないイベントであるので、俺自身浮かれる事もないが、このイベントが日本に定着した事で、秋はシットリしたものから賑やかなものに変わったように感じる。とは言えそんなハロウィンイベントに参加するつもりもないので俺の生活は何も変わらず。ただ営業に出る時、カボチャクッキーを持っていきそれを配るくらい。『Happy Halloween』『Trick or Treat』なんて言葉を使う事もない。
夜部屋でカフェラテを飲みながらのんびりとネットサーフィンしている。自分のFacebookのタイムラインに初芽の書き込みがあっても冷静に読み反応するようになった。流石に別れてもう一年経っているし、いつまでも引き摺る程暇でもない。俺はそこまで感傷的な人間でもなかったようで、初芽の不在の世界にも慣れた。とはいえ初芽の映っている写真で、隣に同じ男が立っている事が増えてきているのが気にならないといったら嘘ではあるが、それを見てどこかホッとしている自分もいる。
スマフォが震え、ディスプレイ見てみると煙草さんからのメールだった。
『かなりアジアも攻めたので、アジア集大成としてシルクロードの東端カザフスタン行きませんか?』
煙草さんからのそういうメールに俺はフフと笑ってしまう。彼女との食の世界旅行も最初はタイとかペルーとかロシアとかドイツとか一般的な所いっていたのだが、だんだんマニアックな地域へと向かっていくようになっていた。お互いにネットだけでなく歩いて見つけてきた面白そうな店を、報告しあいそこに意気投合して食べにいくというのがなんとも楽しかった。
『カザフスタンいいですね! イメージからいうとスパイス効いた遊牧民的な感じなのかな? 楽しみです――』
そしてその後のやり取りは電話になり、二日後決行と予定はすぐに決まる。そのまま他愛ない会話を楽しみ電話を切る。そして俺はその次どこ行こうかと考えネットで検索をしている。楽しくノンビリとした世界旅行が、だんだん如何に珍しい国の料理をみつけてくるかという良く分からない競技となってきたようだ。二人で良く分からないテンションで楽しんでいた。
約束の日、仕事を少し早めに切り上げて机の上を整理する。チラリと視線向けると、相方はパソコンに向かって業務報告書を作成しているようだ。
「お前はまだ、仕事やっていくのか?」
相方は俺の方に視線を動かし、ニコっと笑ってくる。
「はい! コレやって、あと少し明日の準備もしておきたくて」
大ざっぱに見えて、意外と仕事をキッチリやってくれるのが相方の良いところ。素直で生真面目というところがコイツの基本的な性質だからなのだろう。
「そうか……ま、ほどほどに頑張れ。じゃあお先に」
俺はそう挨拶をして職場を後にする。そして煙草さんと合流してお店に入ってからある事に気が付く。
そういえば相方のあんな言葉を聞いておきながら、俺はあれから煙草さんとの食事会に相方を誘ってやろうなんてチラリとも思った事がなかった。相方は相方でちゃんと食べに連れていっているのだが、そちらに煙草さんを誘う事もしていないし、コチラの世界旅行に相方を誘う事もしていなかった。
今まで手下とかを気に入っている子のいる部署にお遣いを出してあげるなど、コッソリお節介を焼いてきたけど、相方の場合まったくそういう気持ちにもならなかった。可愛い後輩ではあるのに。
メニューを見て目に付いた料理をそれぞれ言い合い、大まかに決めてその後店員さんと会話してお薦めや名物を聞きつつ注文を決めるのが、この食の世界旅行の流れ。
メニューが下げられた事で煙草さんは楽しそうに店内に視線を巡らせその雰囲気を楽しんでいるようだ。店内で内装に視線を巡らせている煙草さんを俺は改めて観察する。まん丸い瞳に、小さくて少し厚みのある唇、チョコンとした鼻。パーツのどこをとってもカワイイとしか表現できないそんな顔立ち。初芽とはどこをどうとっても真逆のタイプ。子供っぽくて俺の好みからもかなりかけ離れた女の子。相方の好みど真ん中らしい。
「こういうお店って店そのものはシンプルですが、そこにそれぞれらしい小物で雰囲気出してきている所が面白いですよね」
どちらかというと驚き顔なのに、ニコニコしているという印象しかない。
俺が煙草さんをジッとみていたのを不審に思ったのか『清酒さん?』煙草さんが首を傾げてくる。
「いや、いつもの事だけど、そうやって楽しそうにしている煙草さんがカワイイと思って」
俺がそう言ったとたんに顔を真っ赤にして俯いてしまう。そして視線だけを上に向けて俺を少し睨んでくる。女性が計算で上目遣いしてくる様子はムカつくものなのだが、こういう素でしてくるのってなかなか良いものなのかもしれないとも思う。顔を赤らめて恥らっていると色っぽくも見えないことはない。
「いきなりなんですか……そんな事言われると恥ずかしいですよ」
モゴモゴと視線を俺と店内の飾りであるよく分からない謎の木像を行ったりきたりしている様子がまた面白くて笑えてしまう。
飲み物がそこで運ばれてきたので二人とも少し済ました表情に戻す。煙草さんは馬乳酒のクミスで、俺はヨーグルト飲料のアイランで乾杯を交わす。初めて飲むという馬乳酒をおずおずと唇突き出し一口呑む煙草さん。呑んだあとが顔をパァ~と明るくした所美味しかったようだ。その後一気に呑み今度にシュバットという駱駝の乳酒を注文する。
「それを言うなら君だって、よく俺に似た感じのこと言うだろ?」
俺はついニヤつきながら、『カワイイなんて言われたら困る』と言う煙草さんにそう反論する。煙草さんはキョトンと俺を見上げて首を傾げる。考えている事がまんま顔に出る子である。
「私、清酒さんの事【カワイイ】なんて言った事ないですよ!!」
必死にそう言う煙草さんについ吹き出してしまう。そして二人でサラダを摘む。
「【素敵♪】とか【格好良い】とか!
最初俺も戸惑っていましたけど、煙草さんの好意的な言葉なのも分かってきたので素直に受けとる事にしました」
そう澄まして言いながら、また一口食べる。一見普通の冷製肉だがスパイスが独特で面白い味がする。また野菜とチーズが大胆に皿に盛られている所も遊牧民族の料理っぽくて面白い。
煙草さんは俺の言葉にハッとした顔をするけど、直ぐに真面目な顔をする。そして視線を皿に移動させそれをつまみ出す。煙草さんも『このチーズ、味独得』とか呟きながらシュバットを呑みとカザフスタンを楽しんでいるようだ。そして顔を上げニコリと笑う。
「やはり、山羊のチーズ香り違いますね!
あと、さっきの話ですが、私のその言葉はお世辞ではなく本当の言葉ですから! 本音の言葉です」
そう胸張って力強く言われても、それはそれで擽ったいものである。
「俺の言葉も同じだけど。
なんか君といると一緒にいて楽しいよ。こう言う面白い料理食べたいからというより、煙草さんと食べるのが楽しくて世界料理食べに行っているという感じ」
煙草は俺の言葉に固まり下を向く。耳が赤くなっている。酒が回ってきただけでなく照れているようだ。しかしその視線は運ばれてきたソーセージがのった皿に。そう言ってからセッセと取り分け、自分の皿のソーセージにフォークを指しパクリと食べる。表情が輝いた事から美味しかったようだ。そして視線で俺に喜びを伝えて、俺がニコリと笑い頷いたらパァと嬉しそうに笑う。
「私も清酒さんとの時間は最高に楽しいです。なんて言っても刺激的です。スパイスが良い感じに効いてこのソーセージ美味しいですよね!」
「刺激的?」
ソーセージが? 俺が?
「良い意味で、ですよ!! 清酒さんと一緒にいると楽しくドキドキ出来るというか。私に常に面白い世界を見せてくれるというか……清酒さんといると、心がトキめくんです! 一緒にいるとドキドキして、会うまでにワクワクして。とにかく清酒さんとこうしているのが嬉しくて楽しくて、もう……ジッとしてられないくらい幸せなんです」
俺の事だったようだ。そしてこの言葉は何なのだろうか?
俺は思わず動き止めて顔を上げてしまう。真っすぐ熱く真剣な目でコチラを見つめている煙草さん。コレってもしかして【愛の告白】ってやつ? 俺はどう反応を示すか迷ってしまった為に、羊の櫛焼きを食べる事にする。肉の独特な風味とスパイスに異国の風を感じて動揺した心が少し落ち着く。そして再びその言葉の意図について考える。煙草さんが俺に惚れている? そう感じたときに感じたのは、困惑より悦びだった。考えてみたら、仕事上の付き合いしかない相手とこんなに頻繁に二人だけで出かけるか? しかもメールや電話で話したりしない。
改めて煙草さんを観察する。よほど美味しかったのかお酒は六杯目となっていて今日はいつになくお酒が入っているのもあるだろうが、瞳が熱を帯びて潤んでいる。しかし視線は今俺にではなく、テーブルに今置かれたモツ煮込であるクイルダクへと向けられている。そしてルンルンとした様子で取り分けて、一口入れて喜びを弾けさせている。
「コレ、最高ですよ!! 清酒さんも早く!!」
手をバタバタと動かし俺に訴える煙草さんを見て出てくるのは、やはり笑いだった。それは馬鹿にしている意味ではなく【愛しい】という気持ちだからだと今更になって気が付く。俺が煙草さんを? と思うもののそう考えると色々とシックリくる。でなきゃ異姓である煙草さんとこんな頻度で一緒に食事もしないだろうし、彼女が誘うからだけでなく、俺からも一緒に行く店を積極的に探しなどしない。
煙草さんに言われるままに、クイルダクを一口食べる。モツ独自の臭みあるものの、トマトとスパイスをつかったシンプルな味付けは優しい温かみのある味で美味しかった。俺がそれを伝えると煙草さんは自分が食べた時以上に嬉しそうな顔をする。自分のちょっとした言動でも、こんなに喜んでくれて幸せそうに笑う煙草さんの笑顔が俺にはとてつもなく嬉しかった。その煙草さんの笑顔が、なぜか初芽の憂いを秘めた笑みと重なる。俺は小さく息を吐く。
それを見て、少し煙草さんは気遣うような顔になったので、俺は顔を横に振り笑みを返す。
「本当にコレ旨いなと思って、羊のモツとかは流石に手にいれるのは難しいけど、家でも応用して作れそうだ」
そう言うと、煙草さんは目を見開き感心したような顔をする。
「え! 清酒さんはこういう所で食べた料理、頭で理解して家で作れちゃう人ですか?!」
「いやいや、流石にそこまでは、でも興味のある料理だったら、ネットでレシピを調べて作ってしまう事はあるかな」
大した事言ってないのに、尊敬な目で見つめられると少し照れくさいけれど、その視線も嬉しい。無力な自分を実感した初芽との恋愛によってすり減らしてしまった男としての自信や自尊心だったが、煙草さんによって取り戻すことができた。
さっき浮かんだ疑問。
『何故相方をこの場に誘わなかったのか?』
その答えは簡単だ。
『この場に他の存在なんて邪魔なだけだから』
そういう想いに気付き様々な感情が吹きあがってきたことで、酔いにも似た高揚感の中漂う。次から次へと連想ゲームのように考えている事が移り思考が上手くまとまらない。心地よい小鳥の囀りのように、料理の事、仕事の事とかを朗らかに話す煙草さんの言葉を聞きながら、俺はだらしなくニヤついた顔をしていたのと思う。




