小さな大物
「それは!! ホントですか!? 最高じゃないですか! ……俺も一度やってみたいとは思っているのですがなかなか……」
相方が先程からずっと楽しそうに電話してきるのは多分ミューズの清水さんで、鬼熊さんにかかってきている電話の筈。その為経理部へと行こうとしていた鬼熊さんは席を離れる事を止めたが、相方はそれから五分経つがまだ会話している。こういう事はここ最近よくある風景。相方が電話とると何故か会話に花咲き担当者がなかなかその電話に対応できないという状況になる。俺は目配せして鬼熊さんに向かって手を伸ばすと、鬼熊さんは苦笑して俺に書類を託す。広報戦略部企画部に行く用事があるのでついでに置いてくることにした。
七月超えた辺りから相方という人物の類稀なる個性が見えて来るようになった。相方が担当しているのは既存の顧客、しかしその売上額が目に見えて上がってきたのだ。別に多くの豆を売ったのではない。購入してくれる豆のグレードを上げてきてくれたお客様が増えたのだ。季節変わりの新作は通常価格帯の商品と香りと味に拘りを持たせた高級志向品を準備している。後者の方は秘書室とか、大切な顧客へ珈琲を振る舞う事の多い客先のニーズに答える為のもので、そこまで量出ないものなのである。しかし相方が担当した会社では一部コチラの商品もと注文してきた。
相方が珈琲勧めると、その珈琲が非常に旨く感じるらしい。顔が良いからというだけでなく、性格によるものが大きいようだ。
「お電話ありがとうございます! やっぱり気に入ってくださいましたか! 高橋さんにはあの風味の素晴らしさ分かって下さると思ったんですよ! 喜んで頂き俺も嬉しいです~」
そんな話を電話でしていた相方に対して、手下は『ホストかよ!』とからかっていたが、何故伝説のバイトの呼ばれていたのか理由が分かった気がした。相方は天性のタラシなのだ。
コイツの怖い所は、別に相方が特別策を練って動いているのではなく、素で行動しているだけでその結果なのだ。
マメゾンの営業部でも優秀な営業マンは多いが、その武器は理論と知識と話術。しかし相方は営業マンとしては感情が顔に出やすいし、そこまで知識豊富でもない。
珈琲の売り文句はどうしているのかと聞いてみた事がある。
『清酒さんの話されていた珈琲の味の表現をそのまま使っちゃいました! それで興味もって下さったようです。流石清酒さんの言葉ですよね!』
と言ってきた。その言葉の発信元の俺よりハイグレード豆を売上げ上げている事の凄さに気付いていないようだ。そもそもどこの会社もお金にはシビアである。福利厚生費をあえて珈琲で上げるような事はしない。だからハイグレード豆が生きそうな状況の相手にしか勧めないし、その他の企業は簡単な紹介でサンプルだけ渡し季節ブレンドを楽しく飲んで貰う為にその説明を詳しくしているのだが、相方は『スッゴく旨い珈琲の豆、サンプル用に手に入れてきたから一緒に飲みましょう』と直ぐに振る舞い笑顔で熱く語っていたようだ。するとその客先は高くてもこの珈琲を買うことに意味を感じてしまうようだ。
つまりは相方の存在感が客に珈琲を買わせているのだ。
ニコニコと大きな事しでかしてくる相方を少し怖いと思う。真に優秀な営業マンはエスキモーに氷を売る事が出来ると言うが、相方はそれが出来るタイプの営業マンなのかもしれない。人を楽しく巻き込む事に長けている相方は、小賢しい俺なんか敵わない営業マンになるだろう。逆に言えば、相方が育ってくれたら俺は堂々と営業を去ることができるというもの。
それにしても相方のタラシぶりは相手を選ばない。社外・社内関係なく人から愛される。関係部署の特に女性からのウケがよく、行く先々で可愛がられている。ミスしたらすぐ謝り、教えを請うその姿勢も皆から好感をもたれている一因なのだろう。また人の話を嬉しそうに聞くからついつい色々教えたりしたくなるようだ。その為より学んでいくし、周りからも見守って貰える。得な性分である。
また不思議な事に相方が社内回るとそれぞれの部署でお菓子が振舞われる。他部署から帰ってくるとポケットを膨らませている。サラリーマンでポケットをお菓子で膨らませているなんて相方くらいだろう。その場に居合わせた事もあるが、気の利いた事を言って自分をアピールしているのではなく皆からひたすら構われ、オヤツ与えられニコニコして喜んでいる。そんな姿を見ているとなんかモテているというか、弄られ餌付けされている小動物のようにも見える。男に可愛げなんていらないと以前鬼熊さんに言ったが、可愛がられて相手から様々な事を積極的に学ぶ姿勢を見ていると、男にも可愛気というのも有りなのかもしれないと少し納得する。とはいえ俺は真似する気にはなれないが……。
「最初見た時は大丈夫か? このキラキラ坊主! と思ったけど、ああいう営業マンもありだなと思ったよ。しかし今はこのノリでいいとして三十代超えても、このままだと怖い気もするけどね」
俺は広報戦略企画室で珈琲飲みながら談笑していた。白鶴部長を俺の顧客に紹介する為のスケジュール調整に来ていたのだが澤之井さん始め、広報戦略企画部にはポン酒の会メンバーが多い為に、珈琲飲みながらの雑談になりがちである。
「アイドル顔負けの顔に人懐っこい性格ときたら女は堪らないよな。
しかも社内だとお触り自由! 最高の癒しの存在なのだろうね~ウチには来ないから俺達は弄れないけど」
お触り自由って……俺は苦笑しながら珈琲を飲む。
「ところで、彼を広報として使いたい場合は、【恋人】である君を通せばいいの? それとも佐藤部長?」
俺はそんな澤乃井さんの言葉に咽る。
「何ですか、その気持ち悪い表現!!」
咳をしながら問うと、澤乃井さんはニヤニヤしながら肩を竦める。
「なんだ、ガセだったか、庶務の女性がそんな事を話していたから」
どうしたら、そういう噂が流れるのか?
「ああ、あれ? ミスター珈琲くんに【会社で気になる相手】を聞いたら【清酒くん】と答えたらしいぞ、その後君がいかに素晴らしい男かを熱く長く語っていたらしい。それに君だって彼の事可愛いくてたまらない体で語っていたから疑うよな」
相方は余所で何しでかしているのか? 熱く何を俺について語ったのか? 怖くなってくる。
『流石清酒さん、俺もそんなクールに仕事できるようになりたいです!』
『清酒さんのそう言う所、男らしいですよね! すげぇ恰好いい!』
そんな相方の言葉がふと蘇り、俺は相方を頭から振り払う為に顔を横に振る。
「オイオイ清酒くん、澤乃井達の冗談だよ。そこまでひくなよ。
しかし君も面白い奴だな。人間関係とか淡白に見えて意外と熱い。だから後輩君も慕うのだろう」
俺が本気で嫌がっていたのが通じたのだろう白鶴部長がそうなだめてくる。熱くというかビシバシ指導して三年連続後輩を泣かせた実績をもっている俺だけに、後半の言葉も頷きにくい。何言っても嬉しそうに聞いて、付き纏ってくる相方が変なのだと思う。
「何が悲しくて男相手に噂にならなければならないんですか!」
「そっち系ダメなタイプだった?」
澤乃井さんの言葉に俺は大きく溜息をつく。
「別にゲイに偏見はありませんが。俺がそうだと思われるのはキツイですね。あとナンパされるのも」
昨年末に実際男性からナンパされた経験があるだけに、俺にはナーバスな事案だったりする。俺ってそういう人間に見えるのだろうか?
「たしかにね。知人が同性愛者でも構わないけど、自分に惚れられるのもキツイな。
まあ相方を使いたいのは本当。リクルート関係だけであのキャラ使うのは勿体ないから」
高清水さんはそう笑って受けてくれる。なんとか話は流してもらえたようだ。
「まあ、アイツをコッチでも使いたい時は部長に言って下されば、ホイホイ貸し出ししてくれると思いますよ。つうかミスター珈琲の称号が生きている間に人事部だけでなくアイツをバンバンと使うべきでしょう」
俺は溜息をつきそう答える。色々ムカついたので相方を広報戦略企画部に売って余計な仕事を増やさせてやる事にした。
昨年に清酒さんが男性からナンパされたというエピソードはコチラで描かれいます。どういう状況かご興味のある方はどうぞ!
~希望が丘駅前商店街 番外編~ 黒猫狂想曲
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