手下と相方
六月も半ばになり湿度も増し鬱陶しい気候になってきた。世間はクールビズ方向に向かっているが、営業はそんな風習関係ない。上着脱げず、ネクタイを外すわけにはいかず辛い季節に向かっている。かといって暑いからと汗ダラダラのみっとも姿を客先には晒せない。冷感グッズや制汗剤を活用するのは勿論、車は日向には泊めないこと出来る限り外を歩く時間を少なくすること工夫はしている。とはいえ、暑いことには違いない。最近の社会の傾向で、ガンガンにクーラーが効いた所が減ってきてそこも辛いところである。
夕方、会社に戻ると、手下 とたまたまエレベーターで一緒になった。ただ暑さにうんざりしている俺とは異なり、手下はさらにどんよりしている。新グループに行ってからコイツの顔がどんどん暗くなっていっているのが気になる。
「大丈夫か? 顔がものすごく老けているぞ」
俺がそう声かけると、手下はハァ溜息をつく。
「大丈夫じゃないですよ! もう門前払いの連続で……。
あっ、ちょっと相談乗って貰いたいですが、いいですか?」
コイツの事が気になっていただけに俺は頷く。それに、新グループ自体がなかなか結果出せず苦しんでいるのも聞いているから。
「あとは業務レポートを作るだけだから。ミーティングルーム使うか?」
そう答えると、手下はハッと顔を上げ俺を縋るように見詰めてきて『ありがとうございます』と小さい声でお礼をいってきた。コレは溜まってそうだ。いっそ呑みに付き合った方が良いのだろうか? とも思う。
「清酒さん、おかえりなさい! あっ手下さんもおかえりなさい!」
営業に帰ると、元気な相方の挨拶が聞こえてくる。机の上みると業務レポートを書いているようだ。
「ああ、ただいま。
今日こそは、まともなレポート書けよ!」
まだまだミスの目立つ相方に釘を刺しておく。
「はい! 今日こそは『良く書けているな』と言われるように頑張りますよ!
それから笹一さんという方からお電話きていたので、メモおいときました~!」
俺の言葉に傷つく素振りもなく、相方は元気にそう答え、嬉しそうにレポート作成を再開させる。俺達の様子を手下はジッと見ていたから、俺は空いているミーティングルームを指さして『雑用すませてから話聞くから』と声かけておく。そして視線を自分の机に戻し舌打ちしてしまう。そこにあったメモを手にして相方を睨む。
「相方! なんだよ! この伝言メモは!!」
俺の言葉に相方が、顔をサッとあげ俺を見上げ首を傾げる。
「『自由防具株式会社』の『笹一』さんって誰だよ!!」
相方は『え?』と小さい声を出し、目を丸くする。
「お前、そんな会社挨拶周りした記憶あるのか?」
そう言うと、初めて少し動揺した顔をするのを見てハァと息を吐く。挨拶周りさせたのは取引企業の存在に馴染んで貰う為なのに、相方はよく新会社を勝手に作り出してくる。『自由防具』ってどういう防具を売っている会社だよ!
『自由防具(株)』の文字に赤線を入れ下に『 G・U ログ(株)』と書き入れ、『笹一』にも赤線を入れてその下に『私市』と書き入れて、『こうだろ!』と相方に渡す。返されたメモを見て、相方は『あ~』と声だし顔を真っ赤にさせた。
「 『G・U ログ株式会社』の私市さんだろ! コレ。
会社名や相手の名前か聞き取れなかったならカタカナて書け! 強引に漢字当てられると余計に分からない」
「すいませんでした! 今度からそうしますから!
そうですよね! コチラですよね! 考えてみたら。お恥ずかしいです」
相方はそう言いながらハァと溜息をつき、メモをジーと真剣な表情で見つめ続ける。そしてハッとした顔になり俺を見上げてくる。
「それにしても、よく分かりましたね。流石清酒さん!!
そこが営業の気付きってやつですか? 本当にスゴイです!」
怒られている筈の男が、なんで叱っている相手に感心して誉めてくるんだ? キラキラと尊敬の眼差しを向けてくる相方にまた溜息をついてしまう。良く分かったって、音で連想するとその企業しか思いつかなかった。人名の音と雰囲気との組みあわあせからも『G・U ログ』で間違いないとは思う。
「あと、この名前なのですが……シイチさんでいいんですか?」
「キ・サ・イ・チ!」
相方は、『オオッ』と言いながら俺の赤文字の上に振り仮名を振っている。
「面白い名前ですね! コレでキサイチなんて、一発で覚えました!」
「他人の名前を面白いって。お前、人の事言えないだろ!」
俺はツッこんでから、私市さんに電話をかけ用事を終わらせることにした。
先にミーティングルームで待っていた手下は、俺の分までのアイスコーヒーを用意して、手帳を広げて待っていた。
「清酒さんは、カワイイ部下出来て楽しそうですよね」
手下は何故か恨みがましそうに俺にそう言ってくる。
「カワイイ? 賑やかで無駄に元気の間違えではないのか?」
「でも、清酒さんも楽しそうですよね。俺の時よりも」
俺は顔を思いっきり顰めてしまう。
「いや、楽しそうなのはアイツだけだろ? 俺はお前の時と変わらず、イラつきながら接しているよ」
手下は俺の言葉に苦笑する。
「俺の時もイラついてたんですか?」
俺は笑いながら頷く。やはり数ヶ月前まで学生だったヤツは色んな意味で危なっかしくて見てられなかった。
「でもお前は、ちゃんと申し訳ない、反省していますって顔で悄気てくれたから、俺も叱るのを止めるタイミングもあったけど、アイツの場合、新種のマゾかというくらい叱るとやたら嬉しそうな顔するから、余計にムカつき、さらに何か言っちゃうんだよな」
手下は俺の言葉に吹き出す。
「新種のマゾって……。すいません俺は清酒さんのサドっ気を満足させることできませんで」
「だから、楽しんでないから! 人を虐めても嬉しくもなんともない」
手下はクスリと笑う。馬鹿話をして少し元気になってきたようだ。いつもの生意気なノリが戻ってきている。
「分かっていますよ、それが清酒さんの愛情だというのは」
俺がジロリと睨むと、手下は顔を引き締める。
「で、今日俺に話ってなんだ?」
俺が出来る限りそっけなくそう返すと手下は姿勢を正して俺に向き治る。
「清酒さんって、結構喫茶店好きで、仲の良い店長さんとかいらっしゃるんですよね? ご紹介していただけませんか?」
俺はその言葉に、ウーンと唸り声に似た声を返すしかできない。手下を助けてやりたいのはやまやまだけど、役にたちそうもないからだ。
「たぶん、俺の知っているようなお店のマスターは、珈琲の腕にも自信をもっている所ばかりだから、この話には絶対乗ってこないと思う」
俺の言葉に、ハァと溜息をつく手下。珈琲の専門家に、お手軽珈琲万能サーバーを売るというのに無理があるのだ。メニューも自動で増やす事もできてコストもダウンできてメリットはあるものの、一番のこだわり所を変えられるかというと難しい。そこで俺は考える。なんで専門家に売らないといけない?
「逆に考えてみないか? ああいうモノが助かる場所というのは」
顔を下げていた手下が顔を上げる。
「サービスとしてそういった要素をも充実させたいとする所に売り込む事を考えた方が良くないか? 喫茶店に売りこむのは無理があるように思う」
「え、って言われても、例えばどんな所に?」
俺は改めてそう聞き返され考える。
「例えばサービスとしてドリンクを提供したいところとか……」
といいかけて俺の頭の隅に何かが閃く。俺が途中で言葉を止めてことで手下は不思議そうな顔をする。
「あのさ、短期契約になると思うけど、一つ試してみないか?」
俺の言葉に手下の目に久しぶりにやる気の炎が灯ったのを感じた。そして俺の目を真っすぐ見つめて頷いた。
俺が最初に思い出したのは、ハウスメーカーでの会話だった。住宅展示場において会場全体でヒーローショーとか、小動物園とかいったイベントをやって人を集めているものの、実際展示されている住宅の中にまで足を踏み入れてくれる人は少なくて困っているという話。中に入ってもらおうと、貯金箱とか、ぬいぐるみとかを用意するものの、子供がそれ受け取ったら、さっと逃げると苦笑していた。なんとか家の中に入ってジックリしてもらわないと話が始まらない。そこで、お家自体をカフェにしたらどうだろうか思ったのだ。そうするとその家でくつろいでお茶をするという雰囲気も分かってもらいやすくなる。
そういう感じでイベントでなどに使用するというのは意外と使えるかもしれないとも思った。俺の部下だった事もあり、俺の顧客は手下も顔を合わせている事もあり、話も持っていきやすいかもしれない。もうすぐ夏ということでイベントする企業も多い。動くには絶好の時期なのかもしれない。俺は自分の手帳を広げ、そこに他に狙えそうな企業がないか手下と検討していくことにした。




