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スモークキャットは懐かない?  作者: 白い黒猫
フルシティロースト
60/102

伝説の男?

 新年度になり手下は去り、俺のグループに新人がやってくる。

相方(さかた) 友寄(ともき)と申します! このように身体はチッコイ分伸びしろはタップリある筈です!

 一日も早く一人前になり皆様と一緒働けるように頑張ります!」

 そう元気に挨拶して営業に入ってきた新人は俺の予想とはかなり掛け離れた人物だった。つぶらな瞳に長い睫毛の美青年。スクリーンやグラビア写真ではなく、こういう顔を目の前で見るというのも変な感じである。アイドル並の甘いマスクであるのは知っていただけに、その顔生かして上手く人間関係を動かしていく計算高いタイプだと思っていた。

「皆も、もう知っている通り、相方くんは、ミスター珈琲にも選ばれた男だ!

 その名に相応しい働きをしてくれる筈だから楽しみにしているよ」

 佐藤(さふじ)部長にそう言われ、顔を赤らめてブルブル横に振り照れる様子は、子供のようで感情がストレートに表に出ている、これで営業務まるのか? と不安になった。これが伝説のバイトくんと言われた男なのだろうか?

 チラリと鬼熊さんを横目で見ると、面白そうに笑っている。

「清酒先輩! これから宜しくお願い致します!」

 そう明るく挨拶してくる相方を見ると何かを思い出す。と言うか誰かに似ている。多分アイドルの誰かに似ているのだろうが、俺はあまりテレビとか見ないから芸能人の名前を知らないからコレという存在が浮かべることができなかった。

「先輩って付けなくて良いよ。普通に名前で呼んでくれたら」

「はい! 清酒さんとこれから呼ばせてもらいます!」

 はじけんばかりの笑顔でそう言われ俺の内心の戸惑いつつも笑顔を作り『宜しく、期待しているから』と返す。折角の整った顔も、こんな能天気な笑顔をしてしまったら台無しである。黙って無表情でいる方が神秘性もあって、顔立ちが生かせて良いと思うのだが、繕うという事を知らないらしい。

「最初に覚えて貰いたいのは、会社の電話番号と住所とこの君に与えられた携帯電話の番号。お客様にいつ聞かれても空で答えられるように。

 そして、コールは三回以内で取りお客様を待たせないように――」

 俺の言葉を『はい!』と良い子の返事しながら嬉しそうに頷きメモ取りながら聞いている相方。やる気と真面目さがストレートに伝わってくるその様子は新人として何も変ではない筈なのに、何故かコイツの言動に違和感を覚える。その理由を探す為に他のグループに入った新人の様子をチラリと盗み見て察した。他のグループの新人は真剣で必死な様子は同じだが緊張していてカチンコチンの状態。笑顔なんて浮かべている余裕なんてない。去年の手下も今でこそ生意気そうな言葉とか冗談も言うようになったが最初は大人しかったし、俺が教えれば教える程顔色悪くなり元気をなくしていった。コイツは緊張してないのか? 

 俺が作成しておいた営業マニュアルを爛々とした目で読んでいる相方に視線を戻す。それは小説でも漫画でもないから、読んでいて面白い訳はないが、相方は子供が大好きな図鑑を読んでいる時のような目をしている。

「お前、今の気分はどうだ? 社会人になってみて何か感じたか?」  

 そう聞いたのは意味はなく、単なる好奇心だった。真剣にマニュアルを読んでいた状態で声かけられたからか、相方は反応が一瞬遅れたようだ。しかし直ぐに、今日半日でスッカリお馴染みになった笑顔を返してくる。

「最高に楽しいです!」

 大物なのか? 並外れた能天気の楽観主義者なのか悩ましい所である。

 鬼熊さんは俺の肩をポンポンと叩く。

「新人教育、今年は貴方に全面的に任すから。この子は貴方に任しても神経すり減らし凹んでいく心配もなさそうだから」

 そう言って人の悪い顔を浮かべる。

「相方くん、この清酒くんが貴方の指導役だから。彼はこの営業部でも一・二を争う優秀な営業マンなの。だからその下で学べるだけ学びなさい」

 えらく盛られた表現で言われて俺は苦笑するしかない。しかし相方はその言葉を真に受けたようで、目をキラキラさせて俺を見上げ『はい! ビシバシ厳しく指導お願いします』と明るく言って俺に頭下げてきた。

 離れた席から手下(てが)がコチラを驚いたような顔で見ている。相方の声が元気過ぎてそこまで聞こえたのだろう。唇が『マジで?』と言っているようだ。俺は手下のその反応に笑ってしまう。そう言えばアイツは何回か、泣かせた事があるのを思い出す。俺もやりすぎた所もあったのかもしれない。

 コチラを見上げたままの相方に視線を戻す。とはいえコイツが育ってくれないと俺も営業を出にくいことも確か。鬼熊さんが指導を俺に任せたのもそういう事だろう。

 そして何なのだろうか? と意味もなく見つめあって思う。この相方の妙な期待に満ちた視線は……。

 コイツの要望に応えスパルタで行くべきかどうか、俺は相方の様子を見て悩む。しかしなんか多少キツやっても大丈夫な気もしてきたので、本人の希望通りビシバシでいくことにした。

「わかった、そうさせてもらうよ」

 相方は嬉しそうな顔で『はい!』と返してきたし、もうそれでいいだろう。自分でもかなり意地の悪い笑顔だったのは認識していたが、俺はニヤリと笑った。


 新入りの最初の大仕事といったら挨拶周り、今後何だかの関係もあるかもしれないという為の顔合わせと、より多くのお客様と顔を合わせて度胸をつけさせる為に、営業の新人は顔見せ挨拶オンリーとなる。相方はなんか構いたくなるオーラを持っていることと、珍名ということで挨拶の行く先々で弄られた。昨年が『手下』で今年が『相方』だったから余計に目立ったのだろう。『清酒くんも、カワイイ手下に加え、頼もしい相方も出来て良かったな~』という相手からしてみたら気の利いたギャグだとしても、挨拶回りしているコチラからすると、行く先々で必ずドヤ顔で言われてくるその言葉に相方も流石に笑いに疲れも見えてきていた。そして外に出るとハァとため息を吐く。

「お前はまだいいよ、俺なんて部長が酒もってくると勘違いされて、つまみまで用意して待たれていてガッカリされたんだぞ!」

 そう言うと、相方はプッと生意気にも吹き出した。

「しかし、流石ですね! 清酒さんはお客様の前で颯爽としていて。あのギャグもスマートに受けて流すし。何回言われても、ポーカーフェースで」

 そう流す以外にどう会話を続けろというのだろうか? 変に乗って盛り上げると面倒になるだけだ。

「俺も、名前で弄られるというのは慣れているし、昨年は『手下』で同じこと繰り返しているからな。それで慣れた。

 お前もその苗字でもう二十年以上生きているんだから慣れただろ?」

 相方は俺の言葉にハハハと苦笑する。

「まあ慣れて、友達相手にはツッコミとかはしてきたけど、社会人として客先にする正しいツッコミがどういうものなのか、微妙にまだ分からなくて」

 そう言って上目づかいで俺を頼るように見つめてくる。コレは珍名の人ならではの悩み。

「とりあえず、さっきのでいいと思うよ。『良い相方になれるように頑張ります』と言って笑顔で流すのが無難!

 お笑い芸人と同じだな。そういう挨拶は自分なりのパターンを作り、落とし所を見つければいい」

「なるほど!」

 真っすぐでキラキラとした瞳で見つめられ、俺はその眩しさに目を逸らす。最初は笑わない方がいいと思ったが、顔が生半可なく整っていて綺麗なだけに、表情つくったときの威力も数倍になるのが良く分かった。バイト時代もソレで、お客様を魅了してきたのだろう。この性格と顔がどう、ウチの課でどう生きていくのか? 楽しみなような怖いような気がした。

「あと、部長の受け売りだけど、珍名って、一発で覚えてもらえるし、名前ネタで初対面であっても話題に困らないから営業として美味しい。そう思えばその名前も悪くないだろ」

 コイツの場合、綺麗で整いすぎた顔というもう一つ他にはない個性あるのだが、ソレを活かせるだけのスキルがあるのか怪しいので言うのをやめた。

 相方は『流石、清酒さん! 全てを仕事に活用するなんて! やはりスゴイです』

 そうやたら感心したような声を上げ俺の後をついてくる。その雰囲気を見て相方が何に似ていると感じていたのか分かった。昔実家で飼っていたコリー犬だ。好奇心旺盛で友好的な目で俺を見つめてくる感じ、俺の言葉にイチイチ嬉しそうな反応返してくる感じ。そう思えば思うほどソックリである。

 最後に、Joy Walkerさんを訪れてより、その感覚が明確になった。

「良いですね! カッコイイ珍名で」

ジッと相方の名刺を見つめ、そうしみじみという煙草さんに照れたような顔を返す相方。この場合『カッコいい』は相方自身ではなく、苗字のみにかかっていると思うのだが、相方は嬉しそうだ。

「そんなことないですよ!

 でも煙草さんって名前も珍しいですよね」

「そうなんですよ~日本に二十五世帯しかないらしくて」

 煙草さんと相方が話しているのを見ると。仔犬と仔猫が平和にじゃれあっているようだ。なんともほのぼのした光景が作られている。皆もどこか恍けたやり取りをする二人を微笑ましく見つめていた。そんな長閑な二人の横で俺は編集長とのやりとりを楽しみ、編集部をお暇することにした。車に乗り込むと、相方は満足気なため息をハァと吐く。

「いいですよね~煙草さん。可愛いし、優しくホンワカしていて。素敵だった~。しかも巨乳だし♪」

 可愛い小動物のようで、以外とシッカリ雄なようだ。

「仕事中に何の確認してるんだ! 客先でもっと気にする事、見るべき事あるだろ!

 仕事中にナンパなんて真似するなよ!!」

 チラリと横眼でそう注意する俺に、相方は慌てたように身体をバタバタさせて頭を横にふる。

「そんな事はしませんよ! それに、恋愛はもっと俺を成長させて、カッコイイ大人の男になってから楽しみます! 今は自分磨きの時期ですから! そちら頑張ります」

 良く分からない決意表明をされてしまう。コイツはチャラそうに見えるが、変なところで真面目なようだ。

「大人って何時になったら恋愛する気だ?」

 見た目は子供っぽいが、一応成人しているだろうに。

「取り敢えず清酒さんに一人前になったと認めて貰うくらい成長してから? そしたら全力で恋愛を始めます!」

 なんだ? それ。俺は首を傾げながら車を発進させた。


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