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スモークキャットは懐かない?  作者: 白い黒猫
ニュー・クロップ
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男女の出会いのお約束

 次に訪問したのはJoy Walkerという地域情報雑誌を出版している会社。そこに足を踏み入れた時から、俺はどこか気持ちが軽くなるのを感じる。

 地域と協力しあって盛り上がるという情報誌製作の仕事をしている出版社な為か、この会社には活気があり開放的で明るい空気が満ちていた。

 俺が編集部に入ると部屋にいた人は、友人を迎えるかのような親しみに満ちた暖かい笑顔を返してくれる。

 俺はいつものように挨拶して、元気な感じで電話をしていたショートヘアーの女性に近付く。俺の会社マメゾンの珈琲サーバ管理責任者である昼間(ひるま)さんである。電話しながらも俺をみてニッコリ笑う。話が終わったのか受話器を置きメモをしてから俺と改めて向き直る。元気で、溌剌という言葉がまさにぴったりな女性。

「清酒さん、こんにちは!」

 明るく挨拶してくる昼間さんに、俺は隠し持っていた小さな花束を差し出す。昼間さんは目を丸くして驚くが、直ぐに歓びを弾けさせた表情になる。

「結婚おめでとう。ささやかですが私からのお祝いの気持ちです」

 そう、昼間さんは結婚のため今月いっぱいで退社する。二十四歳でもう結婚というのは、早すぎるようにも感じるが、彼女には悩むことはないようで、結婚する事を決めてますます元気で楽しそうに見える。目立ってはいないけれど、彼女のお腹には新しい命が宿っている事もあり、迷う暇もないというのもあるのかもしれない。

「ありがとうございます。でもなんか恥ずかしい」

 そう言いながら昼間さんは花束を抱き締める。ちょっと年下である事もあり子供と思っていた昼間さんが、今日は少し大人っぽく見えた。恋をして結婚して母となろうとしているから当たり前と言ったら当たり前なのかもしれない。

 いつもの在庫チェック作業を一緒に済ませた後、昼間さんは挨拶が色々あるのだろう。慌ただしく外出の準備をしだす。そして俺に何度もお礼とお別れを言いながら手をブンブンと元気に振り部屋を出ていった。


「で、今日君が一人で来たという事は、担当替えなしという事なのかな?」

 一緒に昼間さんを見送っていた羽毛田(はげた)編集長が俺をチラリと見上げそんな事を言ってくる。散々今まで相談にものってくれていた相手だけに俺は素直に頷き苦笑する。

「努力が足りず。残念ながら」

 羽毛田編集長は丸くてギョロ目という愛嬌のある顔をニッコリ笑顔にして見上げてくる。

「ボクが嬉しいけどね、君と引き続き仕事出来るのは」

 この笑顔は不思議と人を和ませる力がある。俺もフフフと笑ってしまう。

「私もこうして羽毛田編集長と仕事が続くのは嬉しいですよ」

 羽毛田編集長はシゲシゲと俺の顔を見上げてくる。

「異動したら、ボクなんて利用価値ないなんて捨ててしまう気だったくせに?」

 柔らかく惚けた感じでこういった冗談を言ってくるのがこの方の特徴。俺は笑いながら首を横にふる。

「それは逆でしょうに。表に出なくなった私の方こそ用済みで携帯アドレスも消してしまうのでは?」

 羽毛田編集長はフフフ~と笑い目を細める。

「どうしようかな~珈琲関係の記事書くときとかにキミの知識使えそうだし、プライベートの番号でバンバン利用させてもらうかも。

 ……キミは研究で物と向き合うよりも、人と向き合う仕事の方が向いていると思うけど」

 俺自身が本当にどういう仕事が向いているのかなんて分かっていないので、返答に困り曖昧な笑みを返すかなかった。珈琲に関する知識は誰自慢出来る程あるし、喫茶店を開く気か! と友人にからかわれるほど珈琲に関する資格も片端から取り巻くっていた。部屋には下手な喫茶店よりも器具が揃っていて、それらを使って旨い珈琲を淹れる事は出来る。しかしそれらの事をクリアーしていたからといってー会社として金になる商品を産み出せる開発者になれるものなのか? そうではないだろう。

 会社が開発ではなく俺を営業に配属させて、転属願いも退けたのも、俺にそんな能力はないと会社が見透かしての事かもしれない。黙ってしまった俺に羽毛田編集長は佐藤(さふじ)部長と似たような困った笑みを浮かべる。

「まあ、そう落ち込みなさんな、キミの為に次の珈琲サーバの担当も結構可愛い子用意したから♪」

 その言葉にフッと吹き出してしまう。

「楽しみにしています」

 羽毛田編集長は、俺の顔を見てハッとした顔になる。

「でも、おさわり及び、手を出すのは禁止だからね!」

 『おさわり』って……する筈ない、そんな事。俺は笑って『大丈夫』だと返事をする。

「昼間ちゃん、一生懸命大切に育て、これから活躍ってときに、男に取られてしまったから悲しくて。

 あ、井上(いない)くんならいいから、手を出すならそちらにしてね」

 編集長の言葉に、自分の席で仕事していた井上女史が『何言っているんですか!』と怒る。井上女史はチャキチャキの編集記者という感じの三十前後のパワフルな女性。ストレートのショートボブの髪型をいつもシャープに揺らし仕事をこなしている。

「だって、キミなら結婚しても子供出来ても辞めないで、仕事続けてくれそうだもの、だからウチの損失にはならない」

 編集部の仕事は誰でも出来る仕事ではないので、それだけ人材育成は大変なのかもしれない。

「井上さんの相手としては、私なんかでは役者不足ですよ」

 俺の言葉に井上女史は、『簡単にーふってくれたよ!』と言って豪快に笑い、俺の持っているガラスサーバーの珈琲を飲む為マグカップを手に近付いてくる。

「でも実際に井上さんは、俺みたいな年下の男はダメですよね?」

 というと、井上さんは『うーん』と悩み注いだばかりの珈琲を一口飲む。

「ダメというか、私と清酒くんが恋人として付き合っている絵が浮かべられない」

 そう言って明るく笑う。告白した訳でも、好意があったわけでもなかっただけに、ここまでハッキリ振られるとかえって気持ち良い。

「仕事関係の相手にそういう感情って抱けませんよね」

 俺の言葉に編集長は探るようにコチラをジッと見る。昼間さんを取っていった男の事がそれだけ許せないようだ。

「でも、イチバンありがちなシチュエーションだからね~。それが男女の出会いとしては」

 ジト~と見上げてくる編集長に『大丈夫ですから』 と念を押す。

「でも清酒くん、シャラっとギザな言葉言って女性を口説けそうだよね」

 井上女史はそんな事言ってくる。

 どういう印象なのだろうか? 俺の営業モードの印象ってそんなに変なのだろうか? とその言葉に悩む。

「だから。そんな事なんてしません。そんなイタい事をする人間に私は見えていますか?」

 井上女史は『ん?』と声をあげ首を横に振る。

「良い意味で言ってんのよ。清酒さんはそう言う事してもイタくならないという感じというの? さっきの昼間ちゃんにお祝いの花束をさりげなく渡すみたいな事、なかなか紳士的に格好よく出来る人はいないわよ!」

 こう言う時にプレゼントするのは、下手に残って面倒なモノではなく、形が直ぐに無くなり後腐れのない食べ物かお花と考えるのは普通だと思うのだが、井上女史は一人納得した顔をしてウンウンと頷いた。そしてチラリと俺を見上げてくる。

「でも、清酒くん、そんな絶対手出さないなんて事言って大丈夫? 今度の新人は、なんと! 巨乳のカワイコちゃんよ!」

 その言葉にもう苦笑するしかない。

「『巨乳』とか『カワイコちゃん』って井上さんオヤジですか」

 俺のつっこみは、無視して井上女史は、羽毛田編集長の方を見てニヤリと笑う。

「編集長! この反応の薄さならばここは安全ですよ! 意外に清酒くんは巨乳に興味ないみたいだし!」

 井上女史の言葉にグッタリと脱力感を覚える。しかし馬鹿な話をした事で、高澤商事で受けた何とも言えない嫌な気分が少し和らいだ。俺がいつもこの会社に長居してしまうのは、ここの空気が心地良すぎるからかもしれない。その後も他愛ない会話を楽しみJoy Walkerを後にした。


昼間さんは、日本人苗字ランキング4630位の苗字で、587世帯いらっしゃるそうです。私が大学時代に実際その苗字の人がバイト先にいました。

『昼間の時間割』と貼ってあるのを見て『誰の時間割?』と思った事あります。

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