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スモークキャットは懐かない?  作者: 白い黒猫
フルシティロースト
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 昨日で仕事納め。いつもより少し早めに会社を終え持て余した時間を潰す為に先日行ったジャズバーでのシークレットライブに行きそこでの非日常的で現実離れしたような時間を過ごし、一夜開けて俺は部屋に佇み惚けている。


 仕事というケの状態とハレのイベントの行われたジャズバーの中間にある、正月休みという半日常生活に放り込まれ放心していた。身体はまだケのモードで六時半には目が覚めてしまい、ぼんやりした頭で今日という日を埋めるためのスケジュールを組み立てている。

 先ずはメシだろう。

 取り敢えず気分を上げる為に、ジャズのCDをかけ、朝食を作り、濃い目の珈琲を煎れてそれらを一人で食す。


 そして一息着いたところでスマフォのメールやらのチェック。


 普通、連絡もしなくなり、会社も異なる、住んでいる国まで離れてしまった相手の事なんてどうなったか分からないものだし、見ようとしても見えないから、自然に思う時間も減り薄れていってくれると思うのだが、今の時代見ようとしたら見えてしまうのが困った所。


 初芽のFacebook、お()()は辞めてないからNYでの生活が垣間見えてしまうのが辛い所。元々彼女は自分を晒すという事しない人なので、猫の事、読んだ本・観た映画の感想くらいを時々更新するくらいだったが、あちらに行ってから日記のようなものを付け始めるようになった。

『語学の勉強をかねて英語で思った事を徒然なるままに色々書こうと思う』という宣言から英文で表記される書き込みは、俺に初芽の新しい生活、人間関係を教えてくれる。猫の事が多いのは相変わらずで、腹黒猫(ヤツ)はより気侭に過ごしているらしい。しかも渡米当初は少し精神的に不安定になり初芽の手をかなり煩わせたようだ。ハンガーストライキ、噛み付く、引っ掻く、かと思えば甘えてベタベタして離れない。そんな言葉と共にジトーとコチラを恨みがましく見つめているマールの写真を見ているとため息が出る。新生活初めている初芽を支えなきゃならないヤツがなんで手間かけさせているのか。って猫に言っても仕方がない。


 そしてニューヨークに行き目立つようになった書き込みがショップやカフェ巡り。主にカフェでの記述が多い。

『オシャレなお店だけど、珈琲の味は微妙。アメリカのスイーツは私にはヘビー過ぎる。

 職場の友人の話ではコレでも以前に比べてかなりヘルシーになったという……流石アメリカ!』


『珈琲はイマイチだけど、サンドは美味しい! ベーコンと野菜とピクルスの相性が絶妙! 食べて元気出た』


『三番街のこのカフェ、雰囲気は良いけど、ここもマシンで煎れた珈琲なため味はそれなり。マシンだと普通に楽しめる珈琲は飲めるけど、日本の喫茶店のあの香りは味わえない。コチラに来てそれが良く分かった』


 俺はそれらの書き込みを複雑な想いで読んでいる。とはいってもネット上ではなんのリアクションもせずにROMっているだけ。


 最新の書き込みは十時間程前。


『ちゃんと朝食作ってみた! と言ってもパン焼いてヨーグルトとジュースだけど、私としては頑張った方!』


 以前とは異なり短いスパンで更新されているのは、新しい世界での刺激を受け、初芽が積極的になったと見るべきか、それとも……。俺は頭を横に振る。


 一方俺の方の更新はずっと止まったまま。十一月中旬辺りから途絶え全く動いていない。その期間それなりに色んな事を経験して感じて来ていた筈なのにそれを世間に発信する事は出来てない。精神的引きこもり状態ってやつで心が閉じていたのかもしれない。そろそろ俺も、心を開いて前に動き出さないといけないのかもしれない。今日から正月休みで仕事も終わり、三日もしたら新年となってしまう。


 俺はスマフォのディスプレイを見つめる。そして最近で最もインパクトあった事を書いておく事にした。


『昨晩、知り合いに教えてもらったJazzBarに再び訪問。

 シークレットライブをするとは聞いていたけど、演奏者があのkenjiとその娘さんのマリアとは!

 生で聴く演奏も圧巻の一言。身体中の神経をゾワゾワと刺激するようなの音のパワーで、ただただのみ込まれ圧倒された。

 それだけでなく、その二人とそれぞれ会話する機会を得たけど、やはりスゴイ個性と存在感を持った方で面白かった。兎に角只者ではない感じでぶっ飛んでいる。

 様々意味で含めて忘れられない日となった』


 人生で初めて男にナンパされる衝撃の出来事があった夜の事を当たり障りなく表現する我ながら無難な文章。アーチストでもなく、何かイデオロギーもない一般社会人の書く事なんてこんなもの。此処に俺という人がいて、その人がいてこんなことをしたという記録でしかない。結局誰の為の書き込みなのかもわからない。生きている事を世界に微かに残す足跡でしかない。

 そんな文章をノンアルコールのモヒートの画像と共に送信した。

 そしてクリーニング屋に背広を預けに行くついでに買い物に行き、帰ってから年末大掃除にを始める。といっても1LDKの部屋なので半日あれば十分終わる。

 夕飯は食材整理も兼ねて缶詰や冷凍食品を中心に使い済ませ一息つく。そしてスマフォを確認すると、お知らせが何件か入っている。俺の先程の書き込みへの反応が届いているようだ。

 大抵がシンプルな『いいね!』のリアクション。そしてコメントは『あのkenjiと話したの?羨ましい! サインは貰ったの?』とかイベントに関するモノと、『酒呑んで大丈夫だったの?』と心配してくるモノが少し。


『ノンアルコールカクテルですよコレ! このお店の方は俺が下戸なのを理解してくれていて、色々面白いドリンクを作ってくれて、酒飲めなくてもbarの楽しさを教えてくれています』


『二人とも、感覚も一般人とは違っていて、だからこそその語る内容も面白く刺激的な人でした。そう言えばサイン貰うのスッカリ忘れていました』


 それぞれのコメントに返事を返してからそのままタブレット端末でネットサーフィンしていると、また通知が入ってくる。


『Hajime kaino さんがあなたのコメントに『いいね!』をつけました』

 その表示に一瞬固まる。そしてその言葉の意味が理解出来ると沸き起こって来たのは喜びだった。

 少し待ってもコメント等のリアクションが続く気配はない。しかしこの瞬間俺はネット越しではあるものの、初芽と向き合っているような気がした。何かメッセージを送るべきなのか? 

『元気?』とか『調子はどう?』とか。

 しかし俺はその『いいね!』の文字をただ見つめる事しか出来ない。

 深呼吸して、アイコンをクリックして彼女のページへと飛ぶ。

 そこには彼女が元気に頑張っている記録が綴られている。その内容がなんか今日は真っ直ぐ心に入ってくる、初芽の声で。さっきの『いいね!』も初芽からのエールの言葉のように感じる。ようやく動き出した俺への。

 俺は人さし指をタブレットの上で1回だけクリックする。『朝食ちゃんと作ったよ!』という書き込みに俺も『いいね!』を送る。俺は大丈夫という気持ちと、エールを込めて。


 そしてその想いを胸に抱え、初芽の言葉それに付けられた写真を見つめる。不思議だ、愛しいという気持ちは変わらないけど、切ない気持ちが軽くなっている。


 さてと珈琲でも飲むかとソファから立ち上がった時に、再び何か通知がはいる。


『kenji さんからお友達申請が来ています』


 俺はその通知を見て溜息をつく。昨晩見事な演奏を聞かせてくれたミュージシャンで、何を考えたか俺をナンパしてきた男。しかし芸術家の為か憎めなく滅茶苦茶さが魅力とにもなっているから不思議だ。俺は取り敢えず申請許可して珈琲を入れに行くことにする。


 このシステムにおける『友達』という言葉もかなり色々考えさせられる微妙な言葉である。元恋人から、たまたま人生で一瞬かかわりあっただけの奇妙な知人までが全てひっくるめてしまうなんとも大らかな言葉なようだ。

 とはいえ新しい形で関係を続けさせるキッカケにはなるようだ。

 初芽との関係と世界が終わってしまったように感じていたけど、新しい距離感の関係に変化しただけなのだと思えるようになった。


 コチラにチラリと出てきたkenjiは私のムーンの方で書いている物語の主人公です。前日に清酒さんが行ったというシークレットライブの様子はなろうの『~希望が丘駅前商店街 番外編~ 黒猫狂想曲』にて描かれています。そして、話の流れからボツにしたエピソードオマケとして以下につけとします。



 オマケ


 珈琲を煎れて戻ってきたらメッセージが入っていた。『友達』になったばかりの変態ジャズミュージシャンからだった。

『昨日は楽しかったよ!

 清酒って、本当に本名だったんだな。検索したら本当に出てきて笑ったよ。

 申請許可ありがとう』

 俺は苦笑しつつ返事をする。

『申請してきたのが【友達】だったから受けました』

『取り敢えず【友達】としては受け入れてくれたんだ。嬉しいねえ』

 相手のニヤニヤ笑いが見えてくるようだ。

『まだ【顔見しり】でしかないですが』

『お前結構ハッキリ言うよな。

 あっ呼ばれてるから、またな!』

 『またな?』そんなのあるのか、俺は苦笑してタブレットと置いて、珈琲を飲んで笑ってしまった。

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