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スモークキャットは懐かない?  作者: 白い黒猫
フルシティロースト
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懐は温かいけれど……

 仕事帰りに、まっすぐ家に帰らない日々は相変わらず続いている。

 今日も家電量販店を徘徊していると見覚えのある人物がジーとスマートフォンを見つめているのに気付く。その人は恐る恐る手に一つとりツンツンと触り、ン〜と悩み、ハアとため息を吐く。そしてまた違う機種を手にして同じ事を繰り返す。余り見ているのも悪いかと思い離れようもしたら、その人物はハッと顔を上げ俺の方を見つめ目を丸くする。気付かれてしまったら、無視は出来ない。

「こんばんは、煙草さん」

 そう挨拶すると、煙草さんは照れたように笑う。こうも油断しまくった状態で仕事関係の人と会うと気恥しいものである。

「清酒さん、こんばんは奇遇ですね。清酒さんもスマートフォン買いにこられたのですか?」

 まさか煙草さんを見ていただけとは言えない。

「何となくブラブラしていました」

 俺の言葉に何故か納得したように大きく頷いてニコリと笑う。

「この季節ですものね!」

 そう言えばボーナスの時期だった。俺は今回傷害事件を引き起こした事もありいつもより査定が低かった。

『まあ、君は別のところから賠償金(ボーナス)貰っているからコレで納得してくれ』と佐藤(さふじ)部長から苦笑いするしかない事を言われた事も思い出す。

「煙草さんはスマートフォンの買い替えですか?」

 賠償金もボーナスも、今何か使おうというプランもない。こちらに話題振られても語る事ないのでそう振ってみた。すると煙草さん恥ずかしそうに俯く。そしてポケットからチラリとガラケーを出し見せる。

「いえ、遅ればせながらこれからスマフォデビューです」

 珍しいこの世代でガラケーとは。

「実は学生時代引越しなければなくなったり、パソコン壊れたり、リクルートスーツ買ったりと色々あって、使えている電話は後回しになってしまったんです」

「それでよく、就職活動とか乗り越えてこられましたね」

 煙草さんはニコリと笑う。

「そこは足と気合いで!」

 冗談っぽく明るく言っているが、この言葉は本当なのだろう。笑顔でパワフルに就職活動している煙草さんの姿が容易に想像出来る。

「ところで、清酒さんは何持たれているんですか? iPhoneとandroid」

「私ですか? iPhoneです」

 俺の言葉にフムフムと頷く。そして少し離れた所にある機種をジッと見つめる。

「煙草さんは何を買われるのですか?」

 今いるのはandroid製品の前、こちらなのかな? 俺は予測する。

「絶賛悩み中です!」

 しかし煙草さんはそう元気に答えてきた。

「どちらを、そして何を選ぶべきか途方にくれているというか、悩めば悩む程訳分からなくなるというか!」

 ニコニコとそう言葉を続ける煙草さん。こんなに明るく途方にくれている人は初めて見た。そして煙草さんは再び目の前のスマフォを手にとり弄る。

「そもそも、その二つってなにが違うのでしょうか?」

ディスプレイから視線を俺にチロリと向けてそう聞いてくる。

「基本的に出来る事とかに大きな違いがあるわけではありませんよ。どちらしか使えないアプリとかはかなりなくなりましたし、好みの問題のだと思います。

 iPhoneは操作性が良いと一般的に言われていますが、androidの方は個々の会社により個性があって面白い所はありますし」

 煙草さんの丸い目が俺を真っすぐ見つめている。そして大真面目な顔で頷いている。

「どう使いたいかで決めるべきでしょうね。iPhoneの良いところは世界的シェアが大きいから対応して使える機器やケースの種類が圧倒的に多いのは魅力的ですね。androidはそれぞれに特化したモノを持っているから、そこが使いたい用途と合っていると面白いかもしれません」

 ホホゥと煙草さんは感心したような声を上げる。

「カメラを作っているメーカーのスマフォだとカメラ機能が良いし、テレビを作っているメーカーだとディスプレイが綺麗という感じですね――」

 俺はそれぞれのメーカーの機種を示しながら説明を始める。それを真剣に聞く煙草さん。何故かこの子との会話ってこういうノリになりやすいようだ。早くもインタビュアーとしての才能を開花させているのかもしれない。


 四十分後、俺の前で嬉しそうに買ったばかりのスマフォを手にニコニコしている煙草さんがいた。場所は近くのカフェ。

「ありがとうございます! 設定までしてもらって助かりました!」

 なんか色々心配で、結局購入、契約、設定まで付き合うことになった。彼女が自分で選んで買ったとはいえ、アドバイスしたからにはちゃんと使える所までは面倒みたかったからだ。

「いえいえ。スマフォは最初だけ少し設定面倒ですからお手伝いできてよかったです。次の機種変の時はもっと楽ですから安心してください」

 俺の話を聞いているのか、聞いてないのか、煙草さんはディスプレイを触りワクワクした瞳で見つめている。そしてそのままの表情で俺の方へと向けてくる。

「実はずっと欲しかったんです。やっと手に入って嬉しいです~。

 買って下さり、ありがとうございます!」

「いやいや、買ってはいないから!」

 思わずフランクな口調で突っ込んでしまう。煙草さんは小さく『アッ』といい口を開け、頭を下げる。

「でしたね。間違えました。買うのを付き合って頂きありがとうございました。本当に心強かったです!!」

 煙草さんの度胸ならばスマフォ買うくらいどうってことないだろうと思うのに、そうシミジミ言う煙草さんの口調が可笑しくて笑ってしまう。

「是非お礼させてください! そうだ! 晩御飯奢らせてください! こんな時間ですし、お腹空きましたよね!」

 大きな買い物をした後にさらに散財させるのはなんか可哀想だ。

「大した事もしていないので、いいですよ!」

 しかしブルブルと頭を横に振る。そして俺を真っすぐ見つめるその瞳には『お礼させて下さい!』という強い熱意に満ちている。さて、どうしたものかと俺は悩んだ。頑なに断っても後日絶対なんかお礼を用意してくるに違いない。そんな面倒をかけさせるくらいなら、今日素直にお礼を受けておいた方が無難なのかもしれない。

「そんな事言わずに、食べたいモノなんでも言って下さい!」

 そう言葉を続ける煙草さんに俺は折れる事にして笑みを作り頷いた。

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