人生初の自棄酒
鬼熊さんに、ああ言われたものの俺は初芽に電話する事も、会いに行く事もしなかった。そして初芽が日本を離れる日は着実に近づいてくる。そしてそのXデーを明日と迎える事になる。しかし俺は部屋を掃除している。初芽のモノを捨てるまでは出来ず箱にまとめクローゼットに押し込み、部屋中のホコリを払い、風呂場からベランダからいつも以上に念入りに磨き上げていく。
ピンポーン
分解洗浄した換気扇を元通りにした時に玄関のチャイムが鳴る。時計を見ると十七時四十三分という非常に中途半端な時間。
まさか? 俺は恐る恐る玄関に近づく。
ピンポーンピンポーン
すると急かすようにさらにチャイムが鳴る。覗き穴を除くと、コッチを同じように伺う目が見える。
「正秀さ~ん!」
俺を呼ぶ声で訪問者が誰か分かり俺は鍵をあけドアを開ける。
「秀くんどうしたの?」
そう相手に尋ねると、清瀬くんはニッカリと笑う。
「良かった~いて♪ はい」
そして俺にえらく重いレジ袋を渡す。中を見るとビールがいっぱい。お邪魔しますと言いながら勝手部屋に入ってくる。
「これは?」
「正秀さんと。飲もうかなと思ってきたの。考えてみたら今迄二人で、飲み明かした事なかったし」
明るい顔でアッサリそう答える。そしてテーブルにビールを並べていく。
「飲むって、俺アルコールマジでダメだよ!」
そう返すと清瀬くんは俺に缶を俺に突き出すように見せる。その顔が誇らしげである。
「分かっているって! だからノンアルコールビールとカクテルもいっぱい買ってきたから ♪」
俺の状況を知っているから、彼なりに慰めにきてくれたようだ。しかし失恋のやけ酒ってノンアルコールでも良いものなのだろうか?
かくして、良く分からない飲み会が始まる。二人で俺が作った焼きそばや簡単なつまみを前に乾杯をする。
ビールは過去に一度飲んでどえらい失敗をしているだけに、飲みたいとも思わないし、味だけでも楽しみたいとも思わなかったのでノンアルコールビールも飲んだ事もなかった。しかし成程こういう使い方もあるようだ。形だけでも自棄酒呑んでいるという気分になってくる。
「この、焼きそば旨い!! 正秀さんホント料理上手いな」
一方そう上機嫌でビール飲みながら焼きそば頬張っている清瀬くんは幸せそうだ。ペースも早く、もう三本目に手をつけていた。本物のビールに。
「あの……鬼熊さんご飯用意して、待っているんじゃないか?」
「大丈夫♪ 今日は友達んとこで飲んで、泊まるからって、言ってあるから」
余りにも平然とそう言われたので、『明日までいる気か!』とツッコミ返せなかった。今夜は一人でいたくなかったというのもあったのかもしれない。そして清瀬くん一人が陽気に話し、俺がそれを静かに聞くという時間が続いた。話題は彼の職場での面白話。お酒が入ってきた事もありいつも以上に、陽気で饒舌になっている。顔色も赤く血色もよくなりご機嫌な様子。こんなに愉しそうにお酒を飲んでいる清瀬くんを見ていると、お酒が飲めない事で自分がひどく損しているような気さえしてくる。
そして清瀬くんは六本目の缶ビールを飲み終え、フーと息を吐く。そして真顔になり俺を、見上げてくる。
「ところでさ政秀さんは……初芽さんのこと、いいの?」
やはりここに話はくるらしい。俺は溜息をつく。
清瀬くんがいつも以上に喋りまくっていたのは、彼なりに俺に気を使っていて、この話をなかなか切り出せなかったからのようだ。
「いいも何も、ないよ。もう」
「そんなに簡単に、諦められる相手なの? 好きなんじゃないの?」
真っ直ぐ過ぎる質問と、ストレートな眼差しに俺は視線も心も逸らせなくなる。だから少し姿勢を正す。