鼠色の猫
高澤商事で感じた複雑で気持ち悪い感情を一度リセットする為に早めにランチをとることにした。最近見つけた美味いパン屋でサンドイッチを買い、珈琲スタンドで淹れたての珈琲を買い公園へいく。天気も良いし、風がなんとも心地良かった。
珈琲を売る仕事をしていて、休憩も珈琲で一服して、また客先で珈琲を作って振る舞い、会社に戻り珈琲飲んで気持ちを入れ替える。生活の句読点、接続詞全て珈琲にお置き換わり動いている状態である。我ながら、珈琲漬けの生活だなとは思う。しかし逆に珈琲抜きの生活の方が考えられない。
『今日、夜一緒に食べない? 奢るよ!』
昼を食べよるために公園もベンチに腰を下ろした時に、初芽からそういうメールが来ているのに気がついた。珈琲を一口飲みながら片手で、返信メールを打つ。
『OK! 何か良いことあった? だったら俺が奢るけど』
先程の職場の雰囲気では、祝いたくなる程、何か良い事があったとも思えないけれどそう返す。彼女の今の感情を探る為に。何も言ってこないには分かってはいるけれど……。
初芽が残業も多い事もあり平日あまり会う事はない。仕事が忙しいというよりも平日の夜は疲れきっていて、人と会う余裕もないからではとも、最近そのようにも感じる。
それでも平日誘ってくるのは、多分一人になりたくなくて、呑みたい気分の時。とは言え俺がこの『清酒』という苗字の癖にアルコールが体質的ににまったくダメな為に、初芽だけが飲んで俺が素面で酔っぱらいの相手をする状況になる。初芽も一人で飲む事もあり、とことんまで飲めてないのかもしれない。荒れることんもなく単なる陽気な酔っぱらいになるだけで、仕事の鬱憤や怒りをぶちまけた事もなく明るくハシャイで笑い続ける。自分を律してセーブしつつ飲む。それでストレス解消になっているのか、酒の呑めない俺には分からない。
ふと視線を感じてその気配を追うと、右一メートル離れた繁みの手前に子猫がいた。黒猫というには色が浅く、かといって焦げ茶でもなく表現して良いのか分からない毛色である。あえて言うと鼠色の猫は目が合うとニャーと鳴く。
俺を、というよりも俺の手元をジッと見つめているようだ。つまりはサンドイッチ。俺の気に入っているパン屋さん特性照り焼きチキンと大倉ハムのサンドイッチである。
「なんだ、腹減っているのか?」
ついガラにもなく猫に話しかけると、言葉通じているのではないだろうが、ニャーと応える。ノラなのだろう、初芽の猫よりとは違って毛並みはボサボサしているけれど、俺に好意をもっている雰囲気からかコイツの方が数倍可愛く感じた。
サンドイッチの具であったチキンを手で少し千切り投げるとオズオズと遠慮がちに近付いてきて、チキンの臭いをクンクンと確かめてからハフハフと食べはじめる。その一生懸命という感じがなんとも可愛らしい。ついついチキンを半分以上猫にあげてしまっていた。ランチを食べ終わり珈琲を飲みながら、俺は五十センチ程離れた所で、満足気に毛繕いをしている猫を眺めていた。午後の仕事頑張るかと、ゴミをまとめ立ち上がる。
折角仲良くなった猫にも挨拶していくかと、撫でようと仔猫に一歩近付くと猫は、ギョッと身体をすくませコチラを見上げてくる。俺は警戒心を解く為に、優しく見える笑顔を作りソッと更に近付くが、猫は慌てたように逃げていった。俺は小さくなっていく猫の背中を見つめ呆然とする。同じご飯を分け合って食べた時間は何だったのだろうか? それくらいで心を開く程、友情を築くのは簡単ではないようだ。あの憎き灰色の腹黒猫も俺のおみやげを、散々食っていながら懐く気配すらない。それに比べれば、まだ敵意を示さないだけ可愛いのかもしれない。
ポケットのスマフォが震える。
『別に何かあったとかじゃないから! 彼氏とご飯一緒に食べるのにイチイチ理由いる?
いつもの所で待っているね♪』
初芽から返信がきていた。ただ『会いたいだけ、一緒にいたいから』と言ってくれれば、まだ可愛いし嬉しくもなるのに、何故こう言う感じでくるのかなと、俺は苦笑する。でもそこが彼女らしい。
『了解! 旨いモノ食おう』
そう短いメールだけ返して仕事を再開することにする。車に戻る前に、公園の近くの花屋に向かう。そこで小さいピンクの花束を作ってもらい、俺はそれを助手席に置き車を発進させた。