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スモークキャットは懐かない?  作者: 白い黒猫
シティーロースト
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笑うしかない

 初芽の表情を改めて観察するが、それは冗談言っている様子もなく真面目そのもので俺を真っ直ぐ見つめてきている。その目に思い詰めたような何がを宿せて。

「別れましょう」

 言葉が通じてないと思ったのか、初芽はご丁寧に言い換えて重ねてきた。俺は大きく一回深呼吸する。動揺した気持ちを落ち着ける為に。

「……なんで? ……理由聞いて良い?」

 初芽は口を開きかけるが、閉じて俯く。俺の目は部屋の中を走る。明らかにモノが少なく閑散としている。そして部屋の隅に積まれたダンボールとその上に寝そべっている猫。

「引越すの?」

 俺が問うと初芽は頭を縦にふる。

NY(ニューヨーク)に」

 思った以上に遠い場所であることに唖然とする。そして、何となく気付いてくる。最近感じていた違和感の答えを。

「随分、突然なんだな。って。なわけないか」

 初芽は笑う。というか口角上げ笑っているかのような表情を作り頷く。

「実はね十月末付で高澤商事を退社して、今エルシーラにいるの。直接商品を買い入れる為に作られた海外事業部で頑張ってみる気はないかと丸山部長に誘われて」

 俺の頭の中で色々な声は再生される。


『それがどういう結果を産んだとしても貴方が気にする事はない』


『良い足ががりが出来たから感謝しているわ』


『そう言えば高澤商事、突然営業のホープが引き抜きで辞めてチョット大変になっているみたいですよ』


『……その後の事は……私次第ね』


「……こないだの出張もその準備の為だったの」

 理由とやらを説明する初芽の声が遠くに聞こえる。そして最後まで話終えて俺を改めて見つめてくる。何を言えば? この状況で。今の自分の中で激しく渦巻く感情に酔いそうになる。

「海超えた遠距離で続ける事なんて実質無理だと思うし、貴方はもっと相応しい子と付き合った方が良いよ。可愛くて素直な子」

 フッ

 思わず出た音は失笑だった。

「変に気を使わなくても、邪魔だからサヨナラと言えばいいだろ」

 そう言うと初芽は俺の顔を目を見開いて見て、そして何故か傷ついた表情になる。何故そんな顔をする? ショックを受けているのも傷ついているのも俺の方だ。

「違う! 私は貴方に無駄な時間を過ごして欲しくないだけ! 私の為に」

「それは初芽の意見だろ? 無駄かどうか俺が決める事だし、無理かどうかは二人で考える事だったのでは?」

 何故、俺が言い返したらそんなに辛そうに顔を歪めるのか?

「結局、ずっとそうなんだよ初芽は。最初から俺なんか必要なかった。一人で勝手に考えて一人で何でも決める。横にいる俺なんか意味も何もない存在だよね」

 言葉に出してみてずっと初芽に大して感じていた不満に気がつく。そして自分でさらに傷付く。

「……違うの……」

「違うって何が?

 確かに初芽が人生どう歩こうと自由だよ。 

 しかし俺は例え別れるにしても一緒に悩む事も、頑張ろうとしている初芽を応援する事も出来た。それすら余計なんだろ!」

 初芽の瞳が涙を溜めて揺れる。そして、その唇が何が言葉を発するように動くが声はなかった。

 何故俺が泣かせているような感じになっている? 泣くまいと唇を引き締めて耐えている初芽は見てられなかった。

 フー

 俺は大きく息を吐く。

「分かったよ、議論する気もないんだろ?好きなようにしたらいい。

 泣いて追い縋るなんてみっともない事も、キレて暴れる事もしないから安心して。

 ……新天地で頑張って。俺の荷物は捨ててくれれば良いから」

 俺はもう、この部屋にいるのも耐えきれず立ち上がり玄関へと向かう。後ろから追いかけてくる気配もなかったので、そのままドアを開けて外へ逃げるように出る。


 その後の記憶がひどく曖昧だ、どのように帰ったか全く分からない。気がつけば自分の部屋に帰っていた。

 ハアともう一度息を吐く。

 怒り、哀しみ、切なさ、あらゆる感情が激しく俺の中で渦巻いてどうして良いか分からない。ソファーに座り顔を覆う。


 フフフフフフフフフフフ


 身体が震え、出てきたのは笑いだった。笑うしかないって状況はまさにこういう時の事言うのだろう。俺は一人部屋で笑い続けた。

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