分かり易く拗ねている
実は今、初芽はニューヨークに一週間出張に行っている。しかし急の話だった事で、いつも預けているペットホテルは満室だとかで頼めなくて、鬼熊さんに預けて行ったようだ。そして猫は慣れぬ環境もあり元気がなくエサも食べてくれないらしい。その事に心配した初芽の連絡先が分からない秀政くんは俺に聞いてきた。
鬼熊さんと会社帰りにスーパーに寄り、先日マールが喜んで食べた猫缶を買い一緒にマンションに行く。猫の事が気になったから。
そして、いかにも悄げているという感じのマールがそこにいた。
心配して構う秀政くんを前に置き物のようにちょこんと部屋の隅に座っている。そして俺に気が付きジーと恨みがましい目で見上げてくる。
「何、男が拗ねてるんだよ!」
その頭を撫でるというかポンと叩くと、思いっきり嫌がられて頭を手から逃げるように身体を捩る。
「俺が撫でると引っ掻いてくるのに! ややはり慣れてるんだな」
この態度のどこが慣れているというのか?
マールの皿に、あの時皿舐める尽くす程気に入っていた猫缶を開ける。匂いで分かったのか視線だけをコチラに向けて意識はしているようだ。しかし意地はって無関心を装っている。それをマールの前に置いてサッサと離れる事にした。
「コレで少し放っておいて様子みよう」
そして鬼熊さんに夕飯をご馳走になることになる。肉と野菜の炒め物に副菜と味噌汁といった感じだが、こういう感じの手料理を食べるのも久しぶりである。新婚というより家族という穏やかな空気になっている二人が微笑ましい。
「申し訳ありません。あの猫がご迷惑かけて」
そう言うと鬼熊さんは笑う。
「こちらこそ、親友とその猫がいつもお世話になって」
そう言われると恥ずかしくなる。お腹空いていたらしい秀政くんはもうご飯を食べきり、立ち上がりお代わりをよそいにいく。そして俺にもお代わり要らないかと聞いてきたので断りの返事をした。
「俺に預けりゃいいのに……鬼熊さんにこんな迷惑かけなくてもいいのに。
あの猫性格悪くないですか?」
席に戻ってきた秀政くんは『ンー』と声を出す。
「つうか、置き物みたいでジーとしてる?」
まだ本性出してないようだ。
「猫被ってんな、アイツ」
二人はフフと笑う。横目で猫の様子みるとエサを夢中で食べているようだ。拗ねてハンガーストライキしていただけに、お腹も空いていたのだろう。
「貴方とあの猫さんの折り合いが悪いから、私に頼んだみたい」
「折り合いって……」
嫁姑問題かよ。と呆れてしまう。
「もしかして拗ねてる? 自分じゃなくて私に猫預けたから」
俺は苦笑して首を横に振る。
「まさか! 本当に折り合い悪いもんで。
ところで、初芽って大学時代はどんな感じだったの?」
鬼熊さんは、思い出しているのか少し考える顔をしている。
「あのまんまかな~。でも、まあ社会に出て、かなり丸くなったかも」
アレで丸くなったって、どんなんだったんだ?
「それって、相当ピリピリした感じだったってこと?」
鬼熊さんはフフと笑う。
「と言うか真っ直ぐで、正義感強くて、
作らなくて良い反感買っちゃうという感じ?」
職場での初芽そのままである。隣で清瀬くんが三杯目のお代わりをよそいにいった。
「つまり、今と変わってないということか
……」
「だから、そう言ったでしょ。変わってないって」
俺は頷く。
「でも、海外出張まで行かせてもらうようになるなんて、あの子も高澤商事で認められてきたのね」
鬼熊さんのしみじみとした言葉に俺も頷く。
「まあ、なんか高澤、優秀な人がヘッドハンティングで辞めたというから、その影響もあるのかも」
「そうなの? 誰が?」
俺は首を傾げる。
「手下情報だから詳しい事分からない」
初芽は職場の事を俺には話さない。あの事があってから更に何も言わなくなった。それに俺も聞きにくい空気になった。
「それは大変ね」
鬼熊さんは、先に食べ終わったようでお茶の用意を始める。家では珈琲ばかりなので、日本茶が新鮮だ。
「しかし、良いな~海外出張。俺も行ってみたい」
本社勤務だけに、俺は出張と言うかものが殆どない。研修で泊まりで静岡に行かされた事はあるが、大抵の用事は日帰りで済む範囲の距離の移動しかしない。
「そうね。
ウチの課ではないわね。海外は」
鬼熊さんはお茶を俺の前に置いてきたのでお礼を言って受け取る。
「商品開発に行けば、豆の原産地とかに行けるのかな? それ楽しそう」
「勝手に、夢みてなさい。
開発行けるかどうか分からないのに」
鬼熊さんが意地悪い笑みを浮かべてる。俺が目を細めて見つめ返すと肩を竦める。
「佐藤部長が簡単に手放すか分からないし。
今度の新グループ、本当は貴方の名前が上がってたのよ。まあ白鶴部長やらが横槍入れてきて話なくなったけど。
ああいう新しい事業に関わると三年は動けなくなるから、そこは良かったわね」
俺の知らない所で、色々動いているようだ。
「鬼熊さんとしては、どうなんですか? 俺は営業に残って欲しい? 出ていって欲しい? どちらなんですか?」
鬼熊さんは笑う。
「仕事においてはいると便利だから、手放すのは惜しいかな? でも貴方の頭の中にあるビジョンというのは見てみたい。そこまで営業出てやりたがっているモノがどんなモノなのか」
なんか俺が大見得切ったかのように思えてこっ恥ずかしくなる。
食べ終わった秀政くんは、マールの方に近づき嬉しそうな声を上げた。
「お~完食してる♪
美味かったか~良かったな」
可哀想に、撫でにいってまた引っかかれていた。しかし俺と違って引っかかれても怒る事なく笑っている秀政くんは大物なのかもしれない。マールはシャーと怒り、憎たらしい顔を秀政くんに返しながら、ここにやって来た時に入れられていたであろうペットキャリーバックに入り不機嫌アピールを再開させている。まあ性格の曲がり具合は相変わらずで、元気そうなので帰る事にした。
平日という事もあるし、新婚家庭。長居するのも悪い。
次の日、秀政くんからメールが届く。
『七面鳥チーズも、旨そうに食ったよ!
アイツ結構グルメ? 七面鳥なんて俺も食った事ないのに』
あの家であの腹黒猫はかなり甘やかされているようだ。
鬼熊さん情報によると、秀政くんは構い過ぎて嫌われているとか。しかし懲りずにチョッカイかけるから怒られる。しかし秀政くんを引っ掻きまくりながらも、餌はチャッカリ食べる。それなりに鬼熊さんの家を楽しんでいるようだ。だから奴の事を気にする事は止めた。




