壁に耳あり
殴られてから二週間たちようやく元の顔に戻ってきたように思う。まだ痣は残るものの、かなり見られるようになったと思う。一週間の社内謹慎を経て外回りしたときは、流石に行く先々で驚かれまくったものだ。『情けなくも、見事に転んでしまって』なんて言い訳もかなり苦しかった。
「ようやく、顔の痣目立たなくなってきたわね」
丸山部長は俺の顔を見てしみじみそんな事言ってくる。別に高澤から契約切られた訳ではないが、丸山部長も俺に新しい顧客を紹介してくれるというので訪れていた。
「この年ですっころぶなんて恥ずかしいです。転ぶのが下手になったみたいで」
そういって肩を竦めると、丸山部長は小さく息を吐く。それもそうだろう、もう少し酷い状態の時にも一度呼び出され会っているだけに、あれを転んだというのは、自分でも無理のある言い訳だとは思っている。しかし立場としては人と揉めた事をペラペラ人に公表する事でもないし、ここでは相手が相手だけに余計に言えない。
「ごめんなさい。私の所為でそんな事になったんでしょ」
俺は思わず顔を上げて丸山部長の顔を見てしまう。
「何の話か……」
「聞いて知っているの。私に対しての暴言に言い返してそうなったと」
反応できなくなった俺を見て、丸山部長はフッと笑う。
「風潮してまわるなんてことしないから安心して。知ったからには、黙ったままでいられなくて。私は悪口言われるの慣れているから流してくれれば良かったのに。しかしクソババアと言われたのは流石に初めてだけど」
俺は苦笑して、顔を横に振る。『丸山部長が、気にされる事はありません。俺が勝手に馬鹿やっただけなので』と穏やかに返すしかない。誰がこんなにペラペラと内情をはなしまくったんだ! と内心憤りを感じながら。
マメゾンに帰り、俺はそこにいた手下を呼びミーティングルームに呼び出す。俺が動けなかった時に代わりにエルシーラに赴いたのはコイツだったからだ。
「一つ確認しておきたいんだが、丸山部長に俺の事どう話した?」
俺が呼び出した時の顔が怖かったからか、若干ビビっていた手下はポカンとした表情を返す。
「え? あの段階では状況読めなかったので、急な用事が出来ていけなくなったと誤魔化したのですが」
嘘を言っている雰囲気でもない。コイツはポーカーフェイスが苦手だ。
「そうか……」
手下は恐る恐る俺の様子を伺っている。
「どうかされたんですか?」
俺は一瞬でも疑ってしまった事に少し申し訳なさを感じる。しかし手下以外ウチの社の人がエルシーラに絡んでいない。俺の知る限りは。
「いや、丸山部長は俺の怪我の原因知っていた。しかも高澤での会話の内容まで知っていたから気になって」
手下は驚いた顔をして、ハッとしたように顔を横に振る。
「俺言っていませんよ! しかも高澤で清酒さんと、あの男がどんな会話したかも知りませんから」
そういえばそうである。詳しい内容知るのは鬼熊さんと部長と総務の人だけ。そこから漏れるとは思えない。
「別にお前を疑ったわけではなく確認したかっただけだ。ウチから漏れたのではなければそれで良いから」
手下は「なるほど」と相槌をうつ。
「あの方は顔広いので、意外な所で広がっているのでしょうね」
俺もその言葉に納得するしかない。改めて丸山部長という人物の怖さを感じた。別に疚しい事しているわけではないが、どこでどう人が繋がっているのか分からない。それだけに注意が必要だ。
「ところで、高澤の方は問題ないか?」
手下は笑う。
「清酒さんのお陰で、皆さん気持ち悪い程気を遣って下さっている状態ですよ。『ご苦労様です』『いつもお世話になっています』とかあそこで言われるなんて」
俺も笑ってしまう。あそこは業者に対してあからさまに蔑んだ態度をしてくる所だった。
「でも、それに調子のるなよ。直ぐに元の状態に戻るだけだから」
手下は素直に頷く。
「あとアイツは資材管理課に移動になったようですね。行動は相変わらずなようで、昼休憩二時間とってるとか、そこで営業の人捕まえては愚痴言いまくるとか、悪口言われまくってました……。
ってその辺りで漏れたのでは? あの部屋レンタルグリーン、レンタルマットとかもあるし、そういった人いようがいまいが関係なく彼等は様々な事話していますから」
確かに良いのか? と思う内部事情をあの部屋でペラペラ喋っているのを、俺も聞いた事ある。
「そういうのって怖いな。関係ないとは思わず、俺達も気を付けるべきだな」
「ですね」
俺の言葉に真面目な顔で手下は頷いた。気にはなったがここで高澤の事コレ以上話し合っても仕方がない。真面目に業務の事に話題を戻す。俺がそのように求め教育したのだが、簡潔に報告と相談てくる様子を見て部下の成長をしみじみ感じる。
「しかし、最近お前は叱る所なくて寂しいな。一人前になったらなったでつまらないもんだな」
そうボヤくと手下は少し照れたような顔をする。
「そんな! まだまだですよ! だからもっと色々鍛えてください」
俺はそう言われると苦笑するしかない。
「今の俺に言える事は、話し相手をキレさせて殴られるようなマネは絶対するな! ってことだけだよ」
手下は非常に困ったように顔で笑う。
「俺はそこまで口立たないから大丈夫ですよ」
その返答に苦笑するしかない。
「確かに俺は、一言多い」
そう呟くと手下は慌てる。
「いや、清酒さんはビシリと言いにくい事も言える所がスゴイんですよ!
だから気付けた事も多いですし!
部長とかにも意見ビシビシ言うの見ていつも尊敬しています!」
どちらかと言うと苦手とされていたと思っていた相手から、こう言われると戸惑うものがある。
「そこは、程々にな」
「あ、はい」
少しテンション下げて頷く。
「流石に俺も初年度から、こんなふうに態度デカくはなかったから……」
そう言ってみたものの、俺は最初からかなり生意気だったかもしれない、と手下を見て思う。鬼熊さんが『可愛くない』と良く言ってくるのはそこなのかもしれない。思えば配属当時使えなくて右往左往しているコイツの姿に苛立ちもしたけど、今にして思えばそれはそれで可愛かったのかもしれないと思う。それに言葉も求める事も、キツかったかもしれない。
次俺の下にくる新人には、もっと優しく上手く指導してやらなければと思う。その前にこの短気さをなんとかして寛大さを身につける必要があるのかもしれない。来年への移動はないという話だし、もう一年この営業で頑張るかと俺は手下と話しながらそう心に誓う。




