どんな顔で笑ってる?
夜家で本読んでノンビリしていたら携帯に電話が掛かってくる。
画面見ると『澪』とある。面倒くさいから無視しようと思ったが、その後絶対家電に掛けてきて留守電残し、メール攻撃して連絡させようとしてこられて余計に面倒になるだけ。俺は溜息をついて電車の通話ボタンを押す。
「なに?」
『なに!? 何よ、その第一声!!』
いけない、対応間違えて文句からスタートさせたしまった。
「別にいいだろ。で? 何の用? 電話とか珍しい」
そう答えると、向こうで『ったく』と声が聞こえる。
「来週そっち行くの! せっかくだから呑まない?」
正直面倒くさい。それに今顔合わすと厄介だ。
「俺が呑めないのは知ってるだろ!」
『だからいいのよ♪ 私が遠慮なく呑めるから。アンタだと襲われる心配ないし』
なんで酔っ払いの面倒をなんでみなければならない? しかし『奢るから、じゃあ来週水曜日にまた連絡するね』
切られてしまう。しかも何か用事があれば最初に断ってくるのを読まれている。
そして俺は当日、待ち合わせのホテルへと向かう。コレだと例え潰れても部屋に放り込んで、ほっとけば良いかと内心ホッとする。
少し遅れたので喫茶店を覗くとダークレッドのワンピース姿で髪を夜会巻とかいう感じで結い上げた女性が手を振ってくる。その席に近づくと相手は俺の顔見て思いっき顔を顰める。
「何、その顔」
俺はハァと溜息吐く。だから会いたくなかった。かなりマシになったのとはいえ、まだまだ痣は残っている。
「オフクロには言うなよ! 仕事中ちょっとあって」
澪は目を見開き驚きの表情をする。
「仕事中? 何やってるの!! また余計な事言って相手怒らせたんでしょ! アンタ人怒らせること天才的に得意だから」
えらい言われようである。
「こうみえても、分別あるので紳士で通ってるよ」
疑わしいそうな顔で姉が見上げてくる。
「コレだって、相手が勝手にキレて殴ってきたから」
まだ疑いの眼差しを向けてくる澪。
「俺は正論しか言ってない」
澪は思いっきり顔顰める。良い大人が、なんちゅう顔するんたと呆れてしまう。黙ってたらお淑やかに見えるのに。
「アンタのしたり顔の正論ってスゴク相手をイラだたせるの覚えておきなさい」
「だろうね、しゅっちゅう姉さん、叩いてきたよな」
そう言うと叩かれた。ふと視線を感じて見ると喫茶店の、入口の所に初芽の姿があった。隣に棚瀬部長の姿がいるところ見ると共に仕事して、ここに一息入れる為に来たのだろう。このホテルは会議室も多くビジネス利用に特化している。澪がこのホテルに泊まっているのもここのホテルで行われたイベントに参加したからだ。
視線があったので俺は頭を下げると棚瀬部長は笑みを返してくる。
もう出る所だったので近づき挨拶をする。
「清酒くん久しぶり。良かった大分顔
マシになって。この度は本当にすまなかった」
「いえ、コチラこそ御迷惑おかけして申し訳ありません」
澪も、近づいてきてお済ましして挨拶する。初芽も似たように営業スマイルで俺達に挨拶する。
「あっデートの、邪魔して悪かったかな? それににしても、美しいお嬢さんで羨ましい」
そんな、とんでもない事言ってくる。その言葉に俺より澪が先に反応する。
「ありがとうございます。しかしコレの彼女に思われるのは微妙ですね。
姉の清酒澪と申します。弟がいつもお世話になっております」
澪が名刺を出して棚瀬部長と初芽渡すと、二人はその名刺を見て吹き出す。
「失礼。姉弟揃って考えると面白くて」
澪も苦笑する。
「よく言われます。何故この苗字でワインを売っているの? って。
でも弟よりかは、まだ納得の会社選びなのですが」
何を考えたのか、姉はワイナリーに就職してそこで営業やっている。
「確かに清酒くんは下戸だったよね? 澪さんは呑めるんですか?」
澪は棚瀬部長のその言葉にニッコリ笑う。
「日本酒は悪酔いするんですが、ワインならいくらでも飲めます」
彼女流のジョークが決まり二人を笑わせたところで話もうまく切れて、軽く挨拶きて別れる事になる。別れ際棚瀬部長に分からないように視線だけ交わし微笑みあい反対方向に歩き出したのを、澪にはバレていたようだ。というより喫茶店に入ってきた時コチラを見ていた初芽の目で察したと威張る。『大人の女ですね~』と、からかってくる。だからこそ名刺渡してあっさり誤解を解くというお節介やいたようだ。珍名だとこう言う時の証明が楽である。
「なるほどね~今度はああいう感じの。でも貴方は妬かないの? 男性と二人でいるの見て」
澪はニヤニヤしている。
「明らかに仕事中の二人だろ。それに棚瀬部長は結婚しているよ」
澪はつまらなそうな顔をする。
「そうよね、カーブあるソファー席に案内されて一番離れた場所に座るようでは口説くつもりもなさそうだし、顔を合わせている時の固過ぎる二人の表情も色気無さすぎる光景」
澪の視線を追うと、エントランスにある大きな鏡に喫茶店にいる二人の姿が映っていた。こういう目が妙に効くのがこの姉の怖いところ。何かを訴えるような初芽に、苦悶の表情を返す棚瀬部長。別の意味で心配になる様子に見えた。また何かあったのだろうか? 二人の会話が気になるがこの距離で聞こえる訳もなかった。
ホテルの、バーで姉と飲む。と言っても俺は『車の運転があるので』と格好つけてノンアルコールでのお付き合い。こういう所で呑めないとは言いづらい。
その日は久しぶりという事もあるのか、姉とも比較的喧嘩になることもなく楽しい時間を過ごす事は出来た。子供時代は本当に些細な事ですぐ衝突していたが、大人になると意外とこうして、語り合えるものなようだ。
「偶には実家にも帰ってきなさいよ」
そうアネキ風吹かせた言葉で姉は上機嫌で部屋に帰って行った。
一階に降りた時、喫茶店を見ると、営業は終わって照明も落ちている。
スマフォを取り出し俺は初芽にメール打つ。
『やっと解放されたよ。もう家?』
そしてホテルを出ようとしたら電話かかってくる。帰宅しているらしい。仕事しているのかキーボード叩く音がする。
『お疲れ様、素敵なお姉さんね』
思わず鼻で笑ってしまう。
「あれが? ガサツだし口うるさいし面倒な存在だよ」
初芽のフフという声が聞こえる。
『そう言いながら仲良しな感じだったじゃない』
「流石にもう兄弟喧嘩しないよ。あんあ場所で」
どこが仲良く見えていたのか? 叩かれまくってた。
『でもお姉さんも若いわね。幾つなの』
「俺の二つ上」
こたえると溜息つかれてしまう。恋人の姉が年下って女性からしてみたら微妙な感じだろう。
「今からそっち行っていい?」
『他の女の香りをさせている男を、部屋に上げたくないな~』
冗談っぽく言ってきて俺は笑ってしまう。
『……ねえ、正秀は今どんな顔してる?
どんな風に笑ってる?』
初芽がそんな事唐突に聞いてくる。
「ん? っていつものようにだと思うけど、キズありで少しワイルドに、なっているかな」
電話の向こうで笑う気配がする。良かったウケたようだ。
『………今日は仕事溜め込んでしまって。だから週末会いましょう』
断れるのは想定の範囲内のこと。
「ゴメン、仕事邪魔したね」
『ううん、かけたの私だし、話出来て嬉しかった……それに声聞きたかっただけだから……って何言ってるんだろ私。
ありがとう。お休みなさい』
そういって一方的に切られてしまう。しかしその事にというより、言われた内容にソワソワしてしまう。思わずニヤケながら俺はスマフォを胸ポケットにいれて駅に向かって歩き出した。お酒飲んだわけではないのにドキドキとした高揚した気持ちをやや持て余しながら電車に揺られ自分の部屋へと帰る。その楽しかった気持ちも、留守電に入っている母親からの叱りのメッセージで台無しになる。仕事中に問題起こしたらしい事母親にしっかり報告したらしい姉が恨めしい。俺は大きく息を吐く。母親に言い訳の電話をかけておいからシャワーを浴びて寝ることにした。そして初芽に気になっていた事を聞くことを忘れていた事も忘れてしまった。