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その温もりを抱きしめて

 デスクワークだけの仕事が、これほど身体が強張るモノとは。俺は伸びをして身体を解す。ふと画面をみると社内メールが届いている。今日社内の様々な人から心配のメールを頂き、その優しさを嬉しいものの、恥ずかしくてたまらない。しかも外回り禁じられているだけに、心配して来てくれる人から逃げる事も叶わない。

 澤ノ井さんなんか『営業から追い出される為に随分強引な手を使ったんだね~やるね~!』とからかいのメールがきていた。寧ろ佐藤部長の恩を受けてしまい逃げにくくなっていると思う。

 そしてメールは久保田さんからだった。あの部署は籠っていることが多いのかそういった情報が届くのが遅いようだ。

『清酒くん、怪我させられたという話聞いてビックリしたけど大丈夫?

 大変だったね。小休憩したくなったらいつでもウチに珈琲飲みに来て! 味の意見も聞きたいし。

 そうそうあれからウチのミスター珈琲のサイト見た?

 それを見て感じたんだ、君は本当にスゴイ営業マンなんだなって。お客様から愛されていて素敵だなと思ったよ』

 そのメールから久保田さんの温かい優しさを感じてホッとした気持ちになる。そして言われた通り会社のサイトに飛んでみると、相変わらずエントリーナンバー三番の所に俺の写真がある。そしてそれの下の投票欄をみて首をかしげる。投票ボタンの横にコメント●件という項目がある。投票だけも出来るのだが、その時に一言何かコメントをすることができるというもの。『超素敵!』『カッコいいじゃん!』と簡単な写真を見た感想が書かれている。俺の所をみると一週間で167票という良く分からない検討をみせていて、コメントが他の人に比べ58件と異様に多い。クリックするとコメント一覧が表示される。

『Sさんは最高な珈琲の営業マンです!』

『いつもお世話になっています! 細やかな心遣いにいつも感謝しています』

『Sさんが推薦されているの見て速攻投票しちゃいましたよ!ミスター珈琲なれるといいね』

『淹れてくれる珈琲最高! 会話も楽しいしいつも来てくれるの楽しみにしているよ』

 明らかに知り合いという感じのコメントが羅列していて俺は言葉を失う。別にミスター珈琲になんかなりたいとは思っていないけど。思わぬところで感じる客先での俺に対する反応。色んな意味で泣きたい気分である。

 仕事を代行してくれた鬼熊さんと手下(てが)の帰りを待ち、その後の発注作業などを済ませてから帰社した。

 帰り途中に初芽からメールが届く。一緒に夕飯を食べないかと。そして初芽がデパ地下で何かお弁当を買って帰るから家で大人しく待ってろと言われてしまった。初芽にも叱られる事は決定のようだ。俺は今日何度目になるか分からないため息をついた。


 家に帰り着替え簡単に片づけしていると玄関のベルが鳴ってからドアが開き、初芽が入ってくる。初芽は合いカギもっているし、鍵も元々かかってないのだが『来たよ!』という合図でいつも彼女はそうしてくる。俺は玄関にまで迎えにいくと、初芽は俺の顔をみて目を見開く。俺はその反応に気づかない振りをして初芽の手に下がっている荷物を受け取る。

「痛くない? 大丈夫?」

 心配そうに聞いてくる初芽に俺は、『大丈夫だ、見た目スゴイだけだから』と答える。そしてテーブルにお総菜を並べ食事を始めることにする。初芽は思ったより態度は柔らかく穏やかだった。俺の顔を見て何も言えなくなったという所だろうか? そしてご飯が終わり、珈琲を淹れてソファーに並んで二人で座る。

「今回の件は、いろいろとゴメン」

 まさか謝られると思わなかったから俺は驚く。

「ゴメンって、初芽は関係ないだろ!

 逆に俺がやった馬鹿で初芽の会社に色々騒ぎ起こして悪かった」

 初芽は顔を横にブルブルふる。

「丸山部長にも色々言ってくれたんでしょ。ありがとう。

 『なんか私が悪者みたいになってるわよね』と笑っていらしたわ。

 とりあえず今季契約分は今のままでいけることになったわ。

 ……その後の事は……私次第ね」

 切られる事が少しだけ先延ばしになっただけ。まあ途中の契約解除は誰にとってもマイナスでしかない。だからそこが良い落としどころなのだろう。俺がフーと息を吐くと初芽が笑う。

「ところで、なんでこんならしくない事やったの?」

 そこに話がふられて俺は苦笑するしかない。

「そちらも初芽は関係ないよ。知ってるだろ? アイツは超ムカつくクソ男だから普通に対応するの難しいって」

 初芽がフフと笑うけど、まだ気遣う感じで俺を見つめてきている。

「いつももっと、うまくあしらってるでしょ? 上手くやり過ごしてたのに」

 今回の事で初芽が変に俺に呵責を覚えてしまうのは避けたい。

「いつものクソ話ならばやり過ごせたけど、あの男顧客の紹介を求めてきやがったんだよね。それで『はぁ?』となって」

 初芽は俺の言葉を聞いて眉を顰める。あの男のどうしようもなさを知っているからこそのその表情なのだろう。

「オマケに、丸山部長の事をヒステリーババアなんて言いやがるから。ビジネスマナーなどいったものを最初からやり直せと言ってしまったんだよな。しかしそれでキレて殴ってくるか? 幼稚園児かよ」

 初芽は苦笑して俺に近づいてくる。

「丸山部長の為の行動なのね~。 それはそれでチョット妬けるかも」

 そういう茶化した言い方をして俺の頬にキスをしてくる。傷に障らないような優しいキス。

「初芽の為にそんな馬鹿な事して失望されたくない。

 って、馬鹿な事してかしたのは変わりないか。

 そういえばアイツはどうなるの? まさかあのまま、何も変わらず?」

 ここで聞いていい情報でもないのだろうが気になるので聞いてしまう。

「クビにはならないみたいだけど、移動は確実ね。それまでの言動にも問題があったから。顧客からきたクレームの数々、問題行動もすべて今回の件で表面化したしね。棚瀬部長も今回ばかりは戦ったから」

 俺の困ったような顔を見て初芽が柔らかく笑い俺をなでる。俺の馬鹿も初芽の職場の浄化に少しは役にたったかと思うと良かったと思うべきかもしれない。

「何やってるの、怪我人が!」

 身体に手を這わせていくとそう怒られる。

「患部は顔だけで、他は元気だよ」

 初芽は目を細めて俺を叱るように見つめてくる。

「こっちは昨日も遅かったし、今日は今日でバタバタしてすごく疲れているの!」

 俺は初芽を抱き寄せそのまま胸に抱く。

「だったら、俺の胸でゆっくり休んで」

 初芽の笑う気配がする。顔を上げて柔らかく笑う。そして身体を少し起こして俺から離れ髪を撫で顔、を近づけヤツに殴られた痕にキスをしたあと逆に抱きしめられる。

「正秀こそ満身創痍の状態でしょ。だから抱きしめさせて!」

 なんでコチラが慰められている状況になるのか? それは微妙である。

「あの……」「バカ! こういう時くらい、甘えなさいよ」

 そう遮るように言われて反論できなくなる。俺は手を伸ばし初芽の背に手を伸ばしその背をポンポンと撫でてから抱きしめ返す。何故か泣きそうな顔になっている初芽を俺は慰めるようにその背を摩る。ただ互いの体温を感じあうだけのその時間は心地よいものだった。それだけに初芽を家に送って部屋に戻ったときに余計に寒さと寂しさを感じた。そして妙にこの日の初芽の後ろ姿が心に残った。俺は腕の中に残る初芽の感触をいつも以上に意識しながらその日は眠りにつく。

 その夜妙な夢を見た。初芽が思いつめたような顔で俺をジッと見ている。何かを俺に話しかけてきているけど俺にはその声が聞こえない。必死に聞き返し、初芽も俺に何かを訴えかけてくるように口をパクパクとしているけどまったくその声がこちらに伝わってこないのだ。

 初芽を呼ぶ自分の声で目が覚める。

 時計をみると朝の五時ちょっと過ぎ。モヤモヤした気持ち悪い感情が心に澱み。それが気になってもう一度眠る気にもなれなかった。俺は大きく息を吐き頭を振った。

~ ハイロースト end ~

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