行動の結果
全治二週間という診断の怪我は、要らぬインパクトだけを人に与える状態だった。その為、『そんな顔、客の前に出せない』と言われ内勤業務をさせられていた。営業部の人に迷惑かけているし、妙に気を遣われるし居心地がかなり悪い。そして初芽からもメールが届く。
『チョット! 会社来てみて驚いたわよ! 大丈夫なの? 怪我の方は!』
逆に心配かけてどうするのか ……。
『大した事ない。初芽こそ大丈夫?』
直ぐ返すが返信なし。向こうは大騒ぎだろうし仕方が無いからかもしれない。
『私はいつも通りよ。職場は貴方のせいでゴタついているけどね。』
何がいつも通りだよ! とも思うが職場を荒らした本人としては強く聞けない。
そして暫くすると着信がある。
『もうエルシーラの事は、丸山部長から話聞いて分っているんでしょ? なるようになるだけ。貴方に迷惑は掛かることはしないから心配しないで』
俺は続けてきたメールに溜息をつく。目を上げると鬼熊さんと目があう。
「何、景気悪い顔してるのよ。チョット早いけどランチ食べにいかない? 暇なんでしょ?」
俺は苦笑して頷くと社食に連れていかれる。奥まった人から離れたテーブルに二人で座る。
「しかし本当に派手にやらかしてくれたわね」
鬼熊さんは俺の顔をシゲシゲ見て笑う。
「で、やらかしたのは誰のため?」
俺は苦笑いして顔を横にふる。
「誰の為でもないですよ。俺がバカだっただけです」
「確かに」
鬼熊さんは笑う。初芽の為なんて言えるようなカッコいい事ではない。
「計算でやったわけでもないのね。あの問題多い男をあの部署から追い出す為に」
俺は速攻否定した。
「計算や打算で動いていたら、こんなに落ち込んでいませんよ」
鬼熊さんは面白そうな物を見るように俺を見る。
「上司としてこんな事言ったらダメだし。あんたの昨日の行動、昨晩は寝られない程ムカツキもしたけど ……こういうバカもやらかす奴と思うとなんか可愛く感じてきた」
俺が返事に困り、微妙な顔をしたのが見えたのだろう。鬼熊さんは声だして笑い出す。
「佐藤部長は、あくまでもコチラが被害者とした立場を通し貴方を庇う気よ。だから貴方もその想いを汲んで動いて。
実際会話していた相手に飲み物かけて、その後殴るなんて行為はまともな行動ではないし、貴方が相手を口汚く罵るなんて真似は絶対していないだろうという信頼もあるから。それにこちらが刑事告発なんかしたら立場悪くなるのは向こうだから、コチラの方が有利といったら有利。でもあちらの社内で起こった出来事だけにまだ油断はできないけど」
俺は静かに頷きながら聞く事しか出来ない。言い訳は言いたくないし、今俺にできる事は冷静に物事に対処していくしかない。
「まあ今日中にだいたいの方向は見えて来るでしょう。
私の立場から今貴方に言う事は次の事だけ。高澤商事の担当は外れてもらうわ。関わる事もやめて! 余計なリスクを持ちたくないから。まあ今後の付き合いがあればだけど」
それは仕方がないだろう、高澤商事もそんな騒ぎの原因を作った男なんて社内に入れたくはないだろう。そしてどこかホッとしていた。あの会社には依然として初芽を苦労させている環境が残っている。今回の事で身に染みたが、それに対して俺は無力。それどころか案じて気にする俺の視線がより初芽を追い詰めている。しばらく二人で黙ったまま食事をすることにする。鬼熊さんの驕りのランチだが、口が開かないし、口の中が切れているから痛さのほうが先にきて美味しさなんて感じられない。ため息をつく。
「鬼熊さんはさ、秀正くんが仕事で苦悩して悩んでいる時、どうします?」
鬼熊さんは『ンッ』といって顔を上げる。
「まあ、アイツの仕事は自分で答え見つけてもらうしかないし、見つからなかったら辞めるしかない。見守るしかないわよね。
だから私は甘えてきたら抱きしめてあげるだけ」
新婚の人に聞いた俺が悪かった。ここで惚気られるのは思わなかった。
「いろんな意味で、ご馳走さまでした」
俺は頭を下げる。
午後も外勤がないために皆の事務仕事を引き受けて作業をしていた。夕方になって上機嫌で佐藤部長が帰ってくる。そして俺の方を見てニヤリと笑い手招きするので俺は一緒にミーティングルームへと入る。
「スゴイ顔になってるな! でも男の顔だ」
俺の肩をパンパンと笑いながら叩く。
佐藤部長は流石に、殴り合いはしないが結構仕事で人とやり合う事が多い人だけに、鬼熊さんとは異なりこの事態を楽しんでいる所がある。
佐藤部長が持ち帰ってきた内容は、高澤商事からの謝罪で、俺の治療費の支払い、及びあの男によって使い物にならなくなったスーツの弁償の上、慰謝料を支払う代わりに刑事告訴はしないで欲しいという要望。
そして高澤商事は本社だけでなく関東内にある支店の方にもマメゾンのサーバーを三年置くという契約も結んできたらしい。つまりマメゾンに媚を売る事で俺が勝手に行動するのを抑えてもらおうという事だろう。せいぜい三十万くらいになるであろう事案に、百万と高額の慰謝料提示してきた所でとにかく事をここで収めたいというのが見え見えである。
「この治療費や慰謝料って何処から出ているんですか? 」
俺が聞くと、佐藤部長は苦笑いする。
「高澤商事ではないみたいだ。高澤氏だと思うが、父親か給料から天引きされていくのかまで分からん」
やはりどこまでも自分で始末をつけない男である。
「あの男にまともな謝罪を期待するのは無理だ! 話し合いに乱入してきて俺に『部下の教育がなってないぞ、業者は黙って言う事聞いていれば良いんだ! ソレを歯向かいやがって! アンタの部下の所為で手痛めたから慰謝料を請求してやるからな!』と言ってくるような男だ。流石に彼の父親もそれみて庇いきれないと感じたようだ」
関係者全員さぞや頭痛かっただろう。
「また、顔を合わせた所で事態が収まるとも思えないので大丈夫です。俺はその決定と指示に従います。
……でも慰謝料はいりません」
佐藤部長は笑う。
「君がそう意固地になると、またややこしくなる。受け取っておけ。あぶく銭だパァ~と使って後癖れなく使えばいいだろ。示談を受け入れたという事で進めるからな!」
色々思う事もあるが、今の俺は頷く事しか出来ない。
「そして私はどうすれば良いでしょうか? 何か書かないといけない書類とかありますか? あと始末書も書くべきてもしょうか?」
佐藤部長は笑う。
「今回は、喧嘩でなく暴行事件で被害者という扱いだ。今後同じような事態を繰り返すような事あれば必要になるがな。残念だが今回は始末書はいらない」
馬鹿は二度としませんと言い、迷惑をかけた事を詫びた。しかし相変わらずニヤニヤと笑い佐藤部長は頭を横に振った。
こういう事しても庇ってくれたり、見守ってくれたりする上司をもつ俺は幸せ者というべきだろう。
俺は頭を下げつつ、ミーティングルームを後にした。