崩せない結論
出来るキャリアウーマンは大きく三つのタイプに分類される。男に負けずと喧嘩しながら男以上の気迫で仕事するタイプ、逆にサバサバとして女性を感じさせず男社会で溶け込み仕事してしまうタイプ、そして良い意味で女であることを武器にして仕事をしていくタイプ。
丸山部長は三番目のタイプ。インテリア雑貨を取り扱うエルシーラにおいて、女性ならではの美意識、感性といったセンスを武器に、今の地位を築いてきた。
このタイプは感性が鋭いので会話していても刺激受ける事も多く楽しいが、ビジネスに関する話となると一番気を遣う部分が多く難しい相手である。
感覚が鋭く、それに絶対的な自信もある。
つまり丸山部長の中で決定した事を覆す事が生半可なく困難。理論なんて関係ない彼女の中で感じた事が正解なのだ。
丸山部長は俺の前に座りニコリと笑う。
「その様子ならば、なんで来てもらったか分かっているのね」
俺はただ笑い首を傾げ恍ける。
「高澤商事から連絡いってない?」
俺は肩をすくめる。
「高澤商事の営業さんをさっき廊下で見かけましたが、何かあったんですか?
突然の呼び出し、なんか良い話ではないなというのは感じていますが」
高澤商事と下手にやり取りがあったと思わせるのも良くないので惚ける。
丸山部長はアイメイクがシッカリされた瞳を細める。
「貴方には別に悪い話でも、良い話でもないわ、ただ筋として話しておいた方が良いと思っただけ」
俺は内心ドキドキしながらも、ポーカーフェイスで丸山部長に向き直る。
「お話とは?」
「高澤商事とウチとの話」
そう言ってから、先程棚瀬部長から聞いたのと同じ内容の報告を受ける。
「それは……」
どう話を、続けるべきかと切り口探していると丸山部長はニコリと笑う。
「貴方を責めているわけではないわよ。
少なくともそれまでは高澤商事とは良い関係だったし、その取引もウチとしてもプラスのものだったから」
俺は曖昧な笑みしか返せない。こういう時どう出てくるか読みにくい相手だから。しかし間に耐え切れず口を開く。
「ならば、高澤商事に謝罪をうけた関係は続けるという事ですか?」
俺の言葉にフフという笑みを返す。本来ならば、かなり怒っている筈の丸山部長が上機嫌なのが気持ち悪い。そして丸山部長は顔を横にふる。
「貴方なら分かるでしょ? ビジネスは本気でやっている世界だからこそ、信頼が重要なのよ。それが出来ない相手とは組めない。だから高澤商事は切らせてもらうわ」
やはりとは思ったものの、俺は内心激しく焦る。何故かあんなヤツの為に初芽の仕事がこうも妨害されなければならない?
「馬鹿で信用出来ないのはそのやらかした馬鹿一人でしょうに、その馬鹿一人の為に契約が関わる関係を切るのはビジネス的な観点でもエルシーラさんには得な事はないでしょうに」
「何が得か損かは、貴方が考える事ではないわ! これはウチと高澤商事の問題だから。
貴方に今日来てもらったのは、紹介者である貴方に報告する義理があると思ったのと、それがどういう結果を産んだとしても貴方が気にする事はないと言いたかったから。そして一切の口出しは不要」
俺はそれにどういう表情を返したのか。多分ポーカーフェイスはしきれてなかったと思う。
「……棚瀬部長や貴方がよく褒めていた良く出来た担当者との今まで築いた関係も価値ないと」
俺の言葉に、少しだけ笑みをひき困ったように笑う。
「可哀想だと思うわ、今回の事ではなく、能力あるのに頑張るべき場所と、戦うべき相手を間違えている。でもそういう生き方を選び甘んじているのはあの人達自身よ」
なんとか、唯一丸山部長の心を動かしてくれるであろう要素をぶつけてみてこの答え。俺は絶句する。
「貴方もそう思っているのでは? あの会社には珈琲サーバーを置いて貰う以上の価値はない。貴方の今後に繋がる関係はあそこで広がるとは思えない。友達を作りに会社周りしているのではないでしょ? それで高澤に貴方が切られたとしても惜しくもないはずよ。それに貴方にはもっと面白い相手紹介してあげる」
迂闊にも固まってしまったままの俺を見て、丸山部長は優しく笑う。
「清酒くんのそういう優しさって私は好きよ。計算だけでは動かない。でももう少しクールになりなさい。
そうそう貴方の会社のサイト見たわよ。ミスター珈琲、良いじゃない。投票しておいたわ!」
もう話は終わったとばかりに、丸山部長は話題を変えてしまった。
「それにしても少しは私にもあんな可愛い顔しなさいよ! いつも私の前では可愛げない顔して」
別に丸山部長相手にすかしているわけでも、気取っているわけではない。ただ今のこの状況で、あの写真のように無邪気に笑う事は出来ない。俺は今、廊下で丸山部長に謝罪する為に待っている初芽の事を思うと無力感に苛まれる。予定があること理由にお暇することにした。それは初芽にとってキツい時間の始まりを早める事ではあっても、あそこで立たせたままでいるのも辛い。
帰る時同じ状態で待つ初芽の姿がまた見える。初芽は俺の表情を見て状況を察したのだろう。小さくため息ついて笑った。
すれ違うときにスマフォを確認するふりをして指差し『メールスル』と唇だけで伝える。初芽の唇は多分『ダイジョウブ』と答えた。俺はいつまでもここにいるのも不自然だし、丸山部長に意味有りげにいるのを見られても不味い。軽く会釈してから離れる事にする。背後で初芽が呼ばれて部屋に入っていく気配を感じる。何の役にも立たない祈りにも似たエールを送ることしか出来ない。自分の不甲斐なさと無力さで情けなくなる。俺は車に乗り込み暫く何もできなかった。大きく深呼吸して視線を上げる。そしてキーを取り出す。時間は午後五時四十九分。なんとも中途半端な時間。気分としてはもう全て放り出して帰りたい所。しかしまだ何も終わってない。俺はもう一度溜息をつく。