鏡合わせの対話
秋になったが、俺の生活は変わらず。新婚旅行も終わり鬼熊さんも職場に戻ってきて俺の前では変わらない様子で生活している。元々半同棲している状態だったので、実際結婚前と後で、そこまで生活も変わってないのかもしれない。鬼熊さん、清瀬くんと俺の関係も変わらない。初芽と俺の関係も何も変わってない。プロポーズの言葉等なかったかのように。 しかし俺の中では気持ち悪い蟠りとなりあの時の初芽の姿は残り消えない。
俺からしてみたら秋になった事は喜ぶ事でも何でもないが、夏が終わった事は嬉しかった。人をオカシクするような暑さはなくなり、背広での行動がかなり楽になったからだ。そしていつもの様に外回り。 Joy Walkを訪れていた
「どうしたら清酒さんみたいに客先で自然に話出来るんでしょうか?」
煙草さんは俺に向かってシャッターを切りながらそう質問してくる。
「まあ慣れもあるんだろうけど、下手に気張らないで接するというのがあるのかな」
撮影した画像を確認して気に入らなかったのか顔を顰める煙草さん。
「気張らないですか~」
「昔営業したての時、気合い入れすぎてこう言う流れで会話作るぞ! と頭の中で脚本作って挑んでいました。でも実際生身の人間相手にその通りになる事筈も訳ない。そこで状況に身を任せようと開き直ったら楽になった。そういうものでは? 会話って」
「確かに! 私筋道決めて話そうとして挑んだものの、実際は話それまくってしまう。そうなると最初の筋道を気にしたまま進めてしまい流れもグダグダとなり、結果微妙なインタビューなっている事多いかもしれません!」
大真面目な表情で俺の話を聞く様子が何か可愛らしい。決して彼女を見下しているのではないが、なんか見ていてニヤつかせる空気が煙草さんにはあった。可愛がりたく、構いたくさせる魅力というのだろうか? 老人ホームで猫とか犬を飼い利用者に癒しを与える動物セラピーに近い効果なのかもしれない。この毒気が一切なく他愛ない会話は、色々心に引っかかりを覚えて刺さくれている俺の気持ちを紛らわす効果はあった。
「それに変に緊張した態度は、相手も緊張させてしまう」
再びカメラのシャッターを押す煙草さん。そして画像チェックして嬉しそうな顔をする。気に入った感じで撮れたらしい。
「カメラ撮る時と同じなんですね。『撮るぞ!』という態度でいくと、相手も構えてします」
別に俺は取材を受けている訳ではない。煙草さんは新しく会社で買ってもらったカメラの試し撮りに付き合っているだけ。いつもの作業している俺を撮影して機能を確かめているのだ。デジタル一眼カメラなので撮った画像も消せば良いだけなので気楽なものである。
俺はいつもの通り点検作業して、彼女はカメラの操作の確認作業をして、交わされるのはどうでも良い雑談。とはいえ彼女なりに社会に出て色々悩んでいる事もあるのだろう。大抵聞いてくるのは仕事の事。俺の仕事の事だったり、彼女の仕事の事だったり。人に接するというのが事で自分に近いものを感じているのだろう。あらゆる事から学ぼうという仕事の姿勢が、何とも健気で好感が持てる。だからこそ彼女を応援したいという気持ちも沸き、相談ともいえないこういった質問に真面目に答えていた。彼女に対する疚しさというか申し訳なさも依然と残ってもいるし……。
「それはあるのかもね。コチラが壁作れば、相手も壁作る所あるからね」
煙草はその言葉を聞きファインダーから顔を離し俺を真っ直ぐ見つめて来て、笑った。
「ですね。清酒さん初めてお会いした時も柔らかく接してくれたので、私の緊張もかなり解れて対応する事出来ました♪」
いやいや煙草さんは、あの時かなり緊張していたし、俺も単なる窓口でしかない女の子相手だと思っていたのでアッサリとした対応だったと思う。しかし何気に彼女の中で美化されている自分がむず痒い。
「私にとってはこの編集部はもうすっかり馴染みの場所だけに、気の抜けた感がそう見せていいたのかもしれないですね」
煙草さんクスクス笑う。
「私はまだ最初は特に緊張して固くなってしまうんですよね。清酒さんはいつもどんな切り口で会話入っていきますか?」
俺はもう、あまり意識もしてなかった事考える。
「ウ〜ン、天気とか時事ネタ? あっ!
あと私も煙草さんも使える、とっておきのネタあるじゃないですか」
煙草さんは丸い目を、ますます丸くして俺を興味ありげに見上げてくる。
「名前ネタ、『こう言う名前ですが、珈琲売っています』とか言うと大概ウケる。煙草さんも同じくらいインパクトある名前なんだからそここら話広げると入りやすいのでは?」
煙草さんは眉を寄せて、ウ〜ンと悩む素振りを見せる。
「そうなんですけど、『こんな名前ですが嫌煙家です』とかウッカリ言うと相手の方が愛煙家でという失敗もあって」
彼女の場合は苗字が悩みの種だけにそこは複雑な感情になる話題のようだ。しかし剥くれていても暗さとかドロついた感情がないために惚けた感じになるのが煙草さん。
「ウチの部長に言われたのですが、珍名というのは、それだけで得していると。人に一発で覚えてもらえるし、何だか人を笑わせるネタを持っているから。だからそうその苗字も嫌がる事ないのでは? むしろラッキーだと」
そう俺が言うと、生真面目な表情で煙草さんは頷く。しかし必死で納得させようとしている顔である。
「そうですね、そう前向きな気持ちで考えるようにします……」
二十年以上その苗字で生きてきたらいい加減慣れてくると思うのだが、未だにに色々悩んでいるようだ。本人は真剣に悩んでいるのだろうがなんか傍から見るとギャグでしかない。
悩んでいる人相手に笑えるというのも不思議な状況なのだが、煙草さんに関してはそう言う事がありえる不思議な人だった。
ここで笑った事の仕返しという訳でもないが、この時撮影した写真がとんでもない活用をされ後日慌てる事になる。先日の泣かせた件もそうだが、煙草さんは初芽とは異なる意味で俺を振り回す女性である事を俺は忘れて、この時はカメラ内にある自分の画像データの事等気にもせずに互いに笑顔で楽しく別れた。




