珈琲な男
「良いんですか? こんな素敵な物を♪」
目の前で目を輝かせ、身体中で喜びを表現している女の子を俺は内心苦笑しながら見つめている。その相手は Joy Walker煙草さん。
例の八つ当たりの事もあり、若干苦手な相手となっていた。というのは彼女があまりにも良い子過ぎるからだ。こちらの行動を尽く善意として受け取りこうした弾けんばかりの喜の表情と言葉を返してくる。俺としては今となっては永遠に受け取って貰うことのない彼女への謝罪の気持ちを紛らわす為に、ちょっとしたお菓子とか、ウチの会社の販促商品を煙草さんに貢いでいた。こちらの姑息な謝罪行為は全て好意ととられているようで、ますます彼女の中で俺が優しい人という位置付けになっているのもどうしたものかと思っている。そしてそう言った俺の謝罪の品に対して何だかのお返しをしてくる所で、俺の謝意を台無しにしてくれていた。
彼女が手にしているのは、ウチの会社で販売しているコーヒー豆に付けられているチェーンマスコット。例のコーヒー擬人化マスコット。広報遊びに行った時に貰ってきたものである。
人気アイドルグループVanguardの出演するTVCMも始まり、売上も跳ね上がり企画そのものは成功したと言えるようだ。
しかしアイドルにも可愛いモノに興味のない初芽は『僕を飲んでみない?』とアイドルが言って煽るそのCMを白けた目で見て『サムい!』と言って、マスコットも『要らない!』と速攻断っていたのを思い出す。
真逆な様子でマスコット五つを大事そうにニマニマして喜んでいる煙草さんを見てコレが所謂普通の女子な反応なのかと思う。
やはりここは一般的な女子の意見も聞いておくべきかもしれないも思い口を開く。
「やっぱり煙草さんはそういうのが好きなんですね」
煙草さんは俺の視線に照れたように笑う。
「子供ッポイと思われちゃいました? まあ女子なのでこう言う可愛いのは好きですよ。でも、このマスコットは良いんですが、Vanguard五人はキャラは正直言って違いますよね、なんか皆珈琲らしくないというか……あっVanguard自体は好きなんですよ!!」
ミーハーな言葉が帰ってくるかとばかり思ったら企画へのダメ出しコメントで少し驚く。煙草さんは俺の顔を見てハッとした表情になる。
「いえ、これはマメゾンさんの演出にケチつけているんじゃなくて、彼らは若いというか珈琲というイメージではないじゃないですか珈琲というと、もう少し年齢上で落ち着いているというか」
慌てて必死に言葉を続ける煙草さんがなんか可愛くて笑ってしまう。
「いや、気を悪くしたのではないですよ。煙草さんは結構鋭い意見言うんだなと驚いただけです」
俺がそう言うと今度は、真っ赤になって顔を横に振る。随分忙しく表情の変わる子だ。
「実際あのCMには私が男であることもあるんだろうか、色々思う所はありましたから」
煙草さんはそんなに面白い話だとは思わないのに楽しそうに俺の話聞いている。
「私の彼女なんて、あのCM見て、キモくてサムい! って言ってましたしね」
煙草さんは吹き出す。
「彼女さんキツいですね~」
キツいというか、ハッキリしているのが初芽という女性。
煙草さんと色んな意味で真逆なタイプ。話すようになって分かったけど、煙草さんは非常に人当たりが柔らかい。他人とハッキリ境界線を引き挑むように接する初芽に比べ、この子は逆に大丈夫か? と思う程無防備。自然体の長閑な様子で人と接してくる。
この人懐っこさが、この会社に選ばれた理由だろう。相変わらず猫っぽい。初芽のところの性格悪い猫ではなく、好奇心旺盛で人懐っこくじゃれてくる猫の方。
「じゃあ、煙草さんは誰だったら珈琲のイメージに合った男性なのかな?」
こういう感じで話がしやすい所は、記者として向いているのかもしれない。
煙草さんは、真面目な顔をして『ウ〜ン』と悩む。そんなの適当に答えれば良いのに大真面目で考えるのがこの子の素直な所なのだろう。そして何か良い人物が浮かんだ様子で明るく笑う。そういった心の動きが本当に分かり易い。
「いるじゃないですか! もう! マメゾンさんなんでそれを思い付いかなかったのかしら?! ねえ」
目をキラキラさせて話す様子は本当に若くて眩しいと思う。そう思う俺は年とってきたという事だろうか?
「私が最も『珈琲な男!』って思うのは清酒さんです!
大人の雰囲気で、温かくて、甘くないけどホッとする」
その言葉を聞いて、俺は固まってしまう。そして真っ直ぐな視線に晒されて照れてしまう。
この子の怖い所は、こう言った言葉をお世辞とか計算とかでなく本気の言葉で言ってくる所である。だから俺も言葉に詰まる時がある。
「珈琲好きなだけに、そう言って頂けるのは嬉しいですが、私をイメージキャラクターにしてもだれも買いませんよ」
取り敢えず営業スマイルを作りそう答えると、ブルブルと頭を横に振る。
「私は買います!
あと彼女さんもそれだと納得ですよ!!」
俺はその言葉、吹き出して笑ってしまう。
「冗談じゃなく本気ですよ!」
そう一生懸命な様子で訴えるのがなんか可笑しくて、暫く笑い続けていた。こんなに人前で大笑いしたのは久しぶりなのかもしれない。
笑っている俺を複雑な表情で見上げている煙草さんの様子も、なんか可愛くて笑いが止まらない。
「ありがとうございます。嬉しいです」
手をつい伸ばして頭を撫でたらビックリされてしまった。猫って突然の接触は驚く動物だったのを思い出す。ランチの友であるグレーの猫も、俺の顔見ると寄ってきて、懐いてきているけど撫でようとするのは嫌がる。そして煙草さんは人間の女性。普段そんな女性にボディータッチなんてしないのだが、煙草さんは若いというわり小さい子に見えてしまい、ついそういう行動をしてしまう所があるようだ。しかしそういった態度はセクハラにもなりそうなので今後は気を付けないと心に留めた。