一生に一度のお願い
『一生に一度のお願い』
久しぶりに聞いた気のするこの言葉、俺が過去に使った事あるかのかすら思い出せない。
多分俺はまだ未使用な筈。それを社会人になって言われるとは思わなかった。
相手は清瀬秀正。俺はそのタイトルのメールを選択して開く。すると買い物に付き合って欲しいという依頼の文章がある。
最後には『絶対美雪には俺達が一緒に出掛けた事は秘密で! そして初芽さんにも話さないで!』と念押してある。
そういやもうすぐ鬼熊さんの誕生日である。
大方そのプレゼント買う為の相談なのだろう。という事まさま毎年『一生のお願い』を俺にする気なのだろうか?
とは言っても断る理由もないので、そのお願いを受ける事にした。
木曜日仕事帰りに待ち合わせ場所にいくと、清くんは既に待っていて俺を見ると嬉しそうに手をブンブン振ってくる。そんな無邪気な様子はいつも通りなのだが、何か何時もと違う。違和感は見た瞬間から気付いていた。
「お待たせ」
そう挨拶する俺に会えて最高に幸せと言わんばかりにニカっとした表情を返す。
「ぜんぜん! 今日来てくれて助かった♪」
「それより、どうしたの? スーツ着て」
俺がそう言うと照れたように頭を掻く。
「コレ、ウチのチームのスポンサーのスーツで、春の出陣式用に全員で作ったもんなの、オカシイ?」
俺は上から下まで改めてその姿を確認する。ちゃんと採寸して作ったモノだけに身体にはフィットしているようだ。しかし…
「おかしくはないけど、ネクタイの結び方が、チョッと」
やはり結びなれてないというのもあるのだろう、絞めすぎて結び目が小さく皺も寄っている。
「え! そうなの? お願い直して!」
そう言って慌ててネクタイを外して俺に差し出す。此処で結び直せというのだろうか?
男二人が駅前のエントランスで向き合ってネクタイを結であげているという光景はちょっとオカシイ。
それに、人にネクタイを結ぶって意外と難しかった。
俺は近くにあった鏡状の壁面に清くんを向かせて背後から絞めてあげることにしたが、これでも不思議な光景に思える。
「最初左右このくらいのバランスで始めて……ここを潜らせて……コレでよし」
清くんはナルシストみたいに、繁々と壁面に映った自分の姿を見ている。
「流石正秀さん♪ なんか良い感じになった」
「まあ、毎日俺は絞めてるからね、ところで今日何でそんな格好しているの?」
一瞬心に浮かんだ嫌な予感を否定してもらいたくてそう訊ねる。
一生に一度の願いをするためにスーツに無縁な彼が態々オフにスーツを着る理由。まさか就職活動?
しかし最近はレギュラーに定着しているし、メールでは楽しくサッカーしているようにも見える。
サッカー選手を辞めようとしているとは思えなけれど、俺は心配になる。
すると清くんは、モジモジしだす。
「二人で指輪買いたくて……」
「は?」
ホッとするのと、ギョッとするのを同時に味わうという貴重な体験してしまった。
隣にいた女性のグループも会話を止めてコチラを見ている。
「だから、エンゲージリング……」
顔を赤らめて唇を付きだして上目使いでそう捕捉してくる。
鬼熊さん清くんの二人ってそこまで関係が進んでいたようだ。
「なんで、俺と?」
変な誤解をしている感じで興味深げにコチラを伺っている周囲にも聞こえるようにやや声を大きくする。
「正秀さん女性にモノ贈るの慣れてそうだし、趣味よさそうだし」
清瀬くんの言葉で周りの注目か一気に離れるのを感じる。
しかし俺の印象ってどういう感じなのか? そんなに女たらしに見えているのか? とも思う。
「俺はお洒落に詳しい訳ではないよ、そういうのってチームメイトの翔さんとか詳しいのでは?」
松川FCのエースストライカーの鈴木翔は、雑誌とかでもブランド品を身に着けていてお洒落そうである。
しかもメールによると良く食べに連れていってもらっているようだ。そう言うと清瀬くんは顔をしかめる。
「お洒落ですよ!! でも年収二千万以上違うような人に選んでもらうのって怖いじゃないですか! 下手に強く勧められたりしたら断りにくいし!
その点、正秀さんは俺と年収たぶん同じくらいだから金銭感覚は近いだろうし、美雪の事も良く知っているから指輪もイメージしやすいだろうし、店員が強引に進めてきても冷静に断ってくれそうだし」
『だよね?』と首を傾げて俺を見上げる。
改めて彼のいるシビアな世界を実感する。
そりゃ俺も、営業成績によりボーナス査定が高い為に多少他の人より多めの金額で頂いているけれど、流石にそこまでの差がつくほど貰っていない。
「はぁ」
気の抜けた返事だけを返してしまった。そして男二人でエンゲージリングを選ぶという不思議な体験をさせてもらう事になった。
コチラのチラリと出てくる鈴木翔は、鈴木薫の旦那様になる男性です。