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スモークキャットは懐かない?  作者: 白い黒猫
シナモンロースト
26/102

餓えを癒やすモノ

 鬼熊さんにああ言ってみたものの、俺から何かアクションを起こすということは出来なかった。恋愛に対してここまで臆病になっている自分にも驚いていた。大喧嘩して別れた事は今まであったものの、その時は相手に対してかなりの怒りを覚えていた状態だっただけに、こういうキツさはなかった。

 基本、去るもの追わずそれが俺の恋愛のスタンス。しかしいつもよりポケットの中のスマフォを意識している自分がいる。

 だったら自分からかければ良いのだが、完全に切り捨てられるのが怖くて行動に移せない。そして時間だけが過ぎていく。宛のない連絡を待つ時間って、こうも長く虚しいものなのか……。

 俺は改札を出て今日何度目になるか分からない溜め息をついた。駅近くにある定食屋で夕飯を食い、ご飯では満たされないカラカラに空かした心を抱え家に向かう。アパートの前の街灯がジジジジと鈍い音をたて光が不規則なリズムで点滅している。それに鬱陶しさを覚え一度見上げてからアパートの入り口に入ろうとした時、後から俺の名前を呼ぶ声がした。

 ふり返り辺りを見渡すとお向かいのアパートの花壇の前に人が立っているのに今気が付いた。不安定な街灯がその人物を浮かび上がらせるまでもなく、俺は直ぐにそれが誰か察する。

「初芽?」

 心が求めすぎたからこそ現れた幻覚だろうか? 初芽はオズオズと戸惑う俺に近づいてくる。鼻腔に感じるコロンの香りにこれは現実で、目の前の初芽は本物だと実感する。しかし家の前に初芽がいること意図が読めず、アホみたいに何も出来ず突っ立っている事しか出来なかった。

「正秀……」

 初芽の口から自分の名前が呼ばれ、俺の胸がドクンと動く。

「……怒っているよね……やっぱり」

 初芽が苦し気に顔を歪めるのに気が付き、俺は慌てて顔を横にふる。

「あ、いや、ただ驚いて」

 初芽の猫のような目でジッと見上げてくる。その瞳は怒りの感情は感じられず、むしろ逆で、哀しみ、怯えといった色を帯びているように感じる。勝ち気な初芽がこんな表情しているなんて何かあったというのだろうか?

「あの、」「ゴメンナサイ!」

 俺の言葉を遮るように初芽はそう言って頭を下げた。そして顔を上げ俺を真っ直ぐ見つめてくる。

「私が悪いの。正秀の好意を、私が勝手に腹立てて、八つ当たりしてしまったの。私が馬鹿だから。

 だから、貴方が繋いでくれたこの仕事、私が責任もって取り組んでシッカリ形にしてから、貴方に報告と謝罪しようと――」

 俺は潤んだ瞳で微かに唇を震わせて俺にそう訴える彼女に上手く返す言葉が見つからなかった。だからついその華奢な身体を抱き寄せた。どのくらい家の前でまっていたのだろうか? その身体は冷えていて夜露の香りが微かにした。

「俺こそ悪かった 。初芽を傷付けた」

 いつもと違って幼く感じる初芽を宥めるようにそう耳元で囁く。彼女が俺の胸の中で首を横にふる。互いに『ゴメン』という間抜けなやり取りを繰り返す。そして二人で我に返り身体を離す。

「部屋でゆっくり話そう。

 ……鍵持っているんだから、部屋で待っていてくれたら良かったのに」

 俺の言葉にフッと初芽が吹き出す。

「あれだけ怒らせた相手の部屋に勝手に入って待っていられる程、厚顔ではないわ」

 確かに突然部屋いられたら、さっき以上に驚いたかもしれない。

「でも 、君に風邪ひかれる方が嫌だ」

 初芽の手をとりアパートへと誘う。彼女の冷たい手の温度が心地良かった。玄関を二人で入るとすぐ広がるリビングに入って改めて向き合う。俺達は会話するでもなく立ったまま、ただ二人で見つめ合う。

 今の感情をどう表現したら良いのだろうか? 嫌われたのではなかったという大きな安堵感。そして初芽の瞳からまだまだ感じられる俺への愛に対する悦び。そして強い欲求。

 どちらともなく抱き合いキスをする。今までしたことない程深く激しいキス。そのままリビングの壁に初芽を押し付け、その衣類を脱がしていく。そして俺の背広も初芽によって剥ぎとられていった。これ以上なく生々しいけれど、熱病にかかっているときのような非日常的な浮遊感を帯びた時間を過ごす。その後妙に冴え渡る五感を、惚けた思考で感じるマッタリとした空間だけが残る。脱ぎ捨てた衣類に囲まれ裸の状態で抱き合い互いにの体温をただ感じていた。二人の間には会話はないが、気まずさはなく寧ろ心地よい静寂だった。


グゥゥゥゥ


 その時間を終わらせたのは、初芽の身体から聞こえるなんとも間抜けな音。

「もしかして、晩飯まだなの?」

 俺の質問に真っ赤になる初芽。初芽の代わりにお腹が再び声を挙げる。

「シャワー浴びてきて、その間何か食うもの作るから。

 どうせ、ここ最近碌なモノ食べてなかったんだろ」

 俺はそばにあった初芽のブラウスを手にとり彼女の身体に羽織らせる。初芽は何故かフフフと笑う。

「正秀の世話焼き女房ぶりが、早速復活したなと思って」

 俺が笑いの意味を視線で尋ねると、そんな言葉が帰ってくる。『女房』って何だろう! 俺は若干ムッとしてしまう。

「ならば、裸にエプロンとかいう姿をお望みで?」

 態とそんな言葉を返すと、今度は初芽の顔が思いっきり顔をしかめられたので、少し気が晴れた。初芽の視線が俺の身体に向けられそれが上から下へと移動する。いきなり顔を赤らめ、俺のワイシャツを投げつけてくる。

 馬鹿なやりとりであるけれど、そんな事が出来ている事が嬉しかった。初芽にキスをしてから離れ、簡単に衣類を身につけて料理に取りかかる事にする。初芽は自分の衣類をたぐり寄せて、風呂場へと消えていった。

 冷蔵庫をいつになく楽しい気持ちで開けている俺がいた。自分のためではなく愛する人のために作る料理ってこんなにも楽しいモノなのかと、今更のように気が付く。冷蔵庫を除いてニヤニヤしている俺って、確かに世話焼き女房タイプなのかもしれない。まあそれでもいいだろう。思いっきり腕をふるって美味しいものを作ってあげよう。俺は冷蔵庫からひき肉とピーマンと玉ねぎを取り出した。

~ シナモンロースト end ~

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