ほろ苦い桜餅
レセプションの方は新しい相手との出会い、様々な新しい情報も聞けて、楽しくなかったか? というと嘘にはなる。だが精神状態が最悪なだけに、笑みをより無理して作っている事もあり顔の筋肉がえらく疲れた。そのあと仲良い相手と飲み会へと移動した部長と別れ会社に戻ったのは七時ちょっと前だった。
スマフォを確認しても、初芽からの連絡はいまだにない。ため息をつきエレベーターから降り営業部に戻る。
自分の机の上を見ると、紫色の謎の紙袋が置いてある。俺が首をかしげると、手下がよく気づいてくれましたという顔をする。
「おかえりなさい! 清酒さん。それjoy walkerの煙草さんから頂いたものなんです」
いつになく親しみのある笑顔で迎える手下が怖いというのと、煙草さんが俺に何を? 二つの意味でビビる。
「ああ、ただいま。しかし何だ? コレ」
俺は恐る恐る紙袋を覗くと、封筒と何か紙に松永堂と書かれた紙につつまれた小さな何かが入っている。手紙を取り出しそっと開く。
『(株)マメゾン 営業二課 サブチーフ 清酒正秀様
先日はお見苦しい所をお見せして申し訳ありませんでした。
清酒さんのアドバイスに従い、例の和菓子屋さんとも向き合う事ができ、お陰で今では良好な関係に戻る事が出来ました。
清酒さんの言葉がなければどうなっていた事かと思うと恐ろしです。
本当にありがとうございました。
ささやかなのですが、その和菓子屋さんの桜餅をお礼に送らせて頂きました。
このお店の商品、店長こだわりの餡子が絶妙で美味しいいですよ。またお店手作りの塩着けの桜の葉の香りがまた素晴らしく、最高なんですよ。
清酒さんもぜひご賞味下さい
joy walker 煙草わかば』
これって、どう受け取れば良いのだろうか?
俺は戸惑いつつ、顎に手をやり考える。視線の端で鬼熊さんがニヤニヤ笑っているのを感じた。
「煙草さん、清酒さんに直接お礼言えなかった事、残念がっていましたよ!
でも、清酒さんってそうやって人としっかり向き合って仕事されているんですね。なんか俺感動したというか」
いつになく笑顔で俺に接してくる手下を俺はチラリと見る。
「怒られるという事だけにビビって、清酒さんがどうしてそのように言ってくれてたのかも気付かなかった事、反省したというか。俺コレからはちゃんと受け止めますので宜しくお願いします」
笑顔だけど真面目にそう言われて、俺は目眩を感じる。その視線に見つめられるのも苦しくて、視線を紙袋に戻し、包みを取り出し開いてみると桜餅が四つ入っていた。
とりあえず、受話器をとり電話を掛けることにする。
「はい! joy walker編集部 煙草わかばでございます」
心の準備ができてない時に限って、相手はすぐに出てくるようだ。
「マメゾンの清酒と申しま」
「清酒さん! 先日は本当にありがとうございました!」
挨拶を言い終わらない内に、煙草さんのテンションに高い言葉が返ってくる。俺は思わず受話器を耳から離した。
「いえ、差し出がましい事をしたようで、逆に申し訳なく思っています」
そう謝罪の言葉を切り出すが、電話の向こうで煙草さん『いえいえいえいえ!』という声が遮る。
「とんでもない! 清酒さんの言葉があったから、私は動くことできたんですよ!
松永堂さんと今では、本当に仲良しで孫のように可愛がってもらっています。Twitterでの情報発信のアドバイスさせて頂くなど楽しくお付き合いさせてもらっているんですよ。
それも全て清酒さんのお陰なんで。ですからお礼をどうしてもしたくて。
で、だったらその松永堂の商品を楽しんでもらうのが一番かなと思いまして。
あっ清酒さん甘いの大丈夫でした?
……良かった~。
その商品はですね小豆は――」
俺には、この松永堂さんの店主の気持ちが手にとるように分かった。彼も俺のように煙草さんに八つ当たりをしてしまい後悔していたのだろう。そこに怒る訳でもなく笑顔で戻ってきて謝罪され、さぞ良心が傷んだ事だろう。俺のように。
俺は、いつのまにかお礼から桜餅がいかに素敵であるのかを語る煙草さんの言葉を半ば呆然としながら聞いていた。謝罪を拒絶されるのでもなく、このような形で受け取ってもらえないというのは、ハッキリ言うと心苦しい。
ひどく疲れて、電話を切る事になる。
俺は、改めて桜餅に視線を向けため息をつく。
「どうしたの?」
鬼熊さんに声に俺は苦笑し首を横にふる。
「いや、ハッキリって相手にしてみたら余計なお世話な事言って、申し訳ないと思っていた事に、このようにお礼を言われると戸惑いますよね」
鬼熊さんはフフフと笑う。手下は『そんな事ないですよ。清酒さんの真剣な想いはちゃんと煙草さんには通じていますし』と事実とズレた事を言ってくる。
「泣いている女の子を慰めて、優しくアドバイスしてあげるなんて、貴方もなかなか」
ニヤニヤそう言う鬼熊さんに、事態がえらく事実と異なる形になっている事に慌て顔を横にふる。
「いや、俺だったら絶対ひいて何も出来ないのに、清酒さんはそこを冷静に対応したようですよ!」
煙草さんが手下に俺とのやりとりをどう説明したのかが気になる。何故か彼の中での俺の株が上がっているのも気持ち悪い。
「ただ、正論を言っただけですよ
……あの、この桜餅一緒に食べない? さすがに四つは多いから」
コレ以上話を続けるのが辛いので、俺はそう切り出す。二人は嬉しそうに頷く。俺が少し二人から離れたくて珈琲を淹れに離れようとすると、先に手下が『ならば珈琲淹れてきますね』と走っていってしまう。
ため息をつき椅子に座る俺を、鬼熊さんが不思議そうに見ている。
「なんか、相手から想定外どころではない形で反応返ってきたら戸惑いますよね」
鬼熊さんは肩をすくめ笑う。
「ま、好意は素直に受け取っておいたら? そしてこの子とこれからキチンと向き合っていけば」
俺はフーと溜息をつく。
「そうします」
色んな意味で打ちのめされた後だっただけに、俺は素直にそう答えた。
手下が珈琲を持ってきて三人で桜餅を一緒に食べた。確かに小豆のホッコリ感を残した餡子の甘さは程よく桜餅は美味かった。しかし俺にはその後味は何て言うかほろ苦かった。