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スモークキャットは懐かない?  作者: 白い黒猫
ニュー・クロップ
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苦みの強い珈琲

 俺は初芽の部屋の冷蔵庫を開け、溜め息をつく。冷蔵庫のメインになっているのはビールで、 その隣に何故か缶詰。そして百均ショップで買ったであろうプラスチックのカゴに一纏めにされた調味料。マヨネーズやケチャップだけでなく、塩や砂糖胡椒等冷蔵庫に入れる必要も無さそうなモノまで入っている。初芽の部屋の台所が異様に綺麗でスッキリしているのは、食材とされるモノが全て冷蔵庫に収納されていたからだ。

 朝食を作るといったものの、この部屋の食材が全て納められている筈の冷蔵庫を覗き悩む。

 俺が先日使ったパスタの乾燥麺はあるものの使えそうなのはソレだけ。牛乳は賞味期限が若干切れていて、使うのを躊躇う。野菜室には先日俺が使ったニンニクが干からびてあるだけで野菜は他になく、ミネラルウォーターが並んで入れられている。冷蔵庫に冷やさなくても良い余計なものまで入れるのはどうかとも思うが、無駄に喧嘩のなるだけなので言えてない。

 缶詰はトマトの水煮、シーチキンくらいあれば良かったが、 即つまみになるようなモノばかり。パスタの具材になんとか出来そうなものを一つ取りだし冷蔵庫を閉める。流石にこの冷蔵庫にあるものでまともな朝食が作れそうもない。

 俺はズボンのポケットに財布を突っ込み、食材を補充しに行く事にした。


 時間がまだ早いので向かうのはコンビニ型スーパー。品揃えはスーパー程はよくないものの今の俺には充分である。

 恋人の家で手料理というのは、楽しげに思えるが実は色々な問題がある。

 料理好きな女性と料理は作れないけど食べるのが好きな男性という組合せが一番平和で、彼女が彼氏の家のキッチンに調理器具や調味料など揃えて行き、侵略しても不快に思われる事は少ないだろう。しかし逆だと男性は相手のキッチンに口出しや手出しをしづらい。女性がよくやるような、キッチンへのマーキングするのもどうかという感じ。


 そもそも俺の部屋にオリーブオイルがあるのを見て、『男性の部屋にこういうのあるの見るとひく』と言われからかわれたくらいである。余計な一言は細かい男と思われる。『今の時代、自炊してたらこれくらい普通だろ!』と反論したら『私とは時代が違うと言いたいのね、ハイハイ』と拗ねられた。


 俺はもう通いなれたそのお店で、大葉、玉子、牛乳、ヨーグルト、サラダ用に既にカットされた野菜といった感じで必要最低限のものだけを買う。下手に食材を残しても、料理を殆どしない初芽の部屋に残しても冷蔵庫で腐らせるだけだからだ。

 俺は部屋に戻り寝室を覗くと カーテンと窓が開いており、 初芽は日溜まりの中で猫を抱き締めた格好のままスマフォを弄っていた。

「そろそろ起きる? ならメシ作るけど」

 そう声かけると、初芽はニッコリ笑い頷いた。

「宜しく!」

 もうスッカリ目が覚めたようで、切れ上がった瞳も生気に満ちていて輝いており、朝日を浴びて輝いて見えて俺は目を細めた。少し跳ねた髪が猫の耳のようになっていて可愛い。

「かしこまりました」

 俺はそう答えドアを軽く開けた状態でキッチンに戻る。電気ケトルに水を入れてスイッチを入れて、深めのフライパンにも水と塩を入れて火にかけた。まず皿にサラダを盛り付けパックに入ったままのヨーグルトと共にリビングにある小さなテーブルに並べ ておく。

 玉子を小さい器に割り入れ塩コショウを入れかき混ぜラップをかるくかけてレンジにいれ短めの時間でセットしてスタートボタンを押す。そして大葉を刻んでいるとポットのお湯が沸いたようだった。

 唯一俺がこの部屋に持ち込んだCHEMEXのドリップ一体型のコーヒサーバに専用フィルターと珈琲豆の粉をセットしておく。沸騰したお湯がはいったフライパンにパスタを半分に折ってを放り込んでから、落ち着いて珈琲を淹れる作業を再開させた。

 お湯を数滴たらし粉を蒸らしてからお湯を静かに落としていくと部屋に珈琲のアロマがひろがっていく。泡の上がり、粉の脹らみ具合、完璧である。その薫りに誘われたのかラフにTシャツとパンツ姿の初芽が部屋から出てきて、俺の作業を見てつり釣りあがった目が猫のように細められる。ブラシかけたのか跳ねていた髪もシッカリ直っていた。

 リビングのテーブルに腰掛け頬杖ついて俺の方を見てた愉しげに笑う。腹黒猫(マール)は珈琲の香りがイマイチ好きではないようで、初芽から離れ窓際の風通しよ良い場所に移動していた。

「珈琲淹れている時は、正秀って最高に格好良いよね~」

 俺は照れもあり、あえて冷静な表情を返す。

「珈琲淹れている時だけ?」

 入ったばかりの珈琲の入ったマグカップを初芽に渡す。

「だけ!」

 こういう言い方をしてくるのは、彼女なりの 照れと愛情表現。『ありがと。いい薫り』 とマグカップを両手で抱えるように持ち初芽は微笑んだ。

「スーツ姿の俺とかには、キュンときたりしないの?」

 冗談めかして聞くと初芽はブブと笑う。

「ないない、それはない」

 別に俺は自分がイケている男だと思っている訳ではない。ただこういった憎まれ口の掛け合いをするのが俺達なりのじゃれあいなのだ。

 俺は肩をすくめて、キッチンに戻る。パスタがゆで上がっていたのでざるにあげ、フライパンはキッチンペーパーで軽く水気を拭き取ってからコンロに置きオイルをたらしパスタ麺を戻す。さんまの蒲焼きの缶詰をあけ中身をフライパンに投入して味を整え皿に盛る。レンジから器を出し箸でかき混ぜいりたまごにしてパスタの上にのせて大葉を散らしなんとか料理らしきものが出来上がる。

 嬉しそうに俺の作った料理を食べていた初芽が俺の視線に気がついたのか顔を上げる。

「あのさ、ちゃんと食事してる?」

 俺の言葉に、初芽は若干気不味そうな顔になる。

「食べているわよ。ただ作ってないだけ!」

 初芽はそう言ってニコリと笑う。俺はその笑顔を見て嘘だと感じる。仕事の事でイッパイイッパイになり自分の事が後回しになっているのだろう。まともに三食食べているかかなり怪しい。

「酒はないけれど、俺の所に寄ってくれたら、簡単な夜食くらいなら食えるよ」

 初芽はフっと笑う。

「アンタの所行ったら、寝させてもらえなくなりそうだから遠慮しておく」

 俺は溜め息をつく、本気で心配しての言葉をこんな冗談でかわされるのは楽しくはない。

「初芽が離してくれないからだろ。

 ま、コチラは若いからそれでも大丈夫ですけど。お姉さまにはもう睡眠不足はキツイですか」

 言った後に少し後悔する。初芽はムッとした顔をして俺から視線を外し食事を再開する。四歳の年齢差なんて関係ないと思っていても、お互いにムッとした時にその事を話題にして、こういう嫌な空気にしてしまう事が多い。俺も小さく溜め息をつき、食事に集中することにした。

 沈黙が重くて顔を上げると同じタイミングで顔をあげた初芽と目がバチリと合ってしまう。

「ゴメン」「チョッと悪かった」

 同時に似たような言葉が二人の口から飛び出す。俺は言葉を続けるのを止め、初芽の次の言葉を待つ。

「正秀の気持ち嬉しいよ。ただ私もう、三十のいい大人だよ。自分の事は自分でちゃんと面倒みれるから! だから心配しないで」

 初芽は、そう言って笑う。綺麗な笑みだけど、何て言うか何処か空ろな笑み。

「別に大人だから、女性だからというの関係ないよ。好きな人の事は、どんな事でも心配するの普通だろ?」

 俺がそう言うと初芽はビックリしたようだけど、その後何故か困ったような顔をする。

「生意気に一丁前の事言って!」

 そんな言葉を言い明るく笑って話を流そうとする初芽。俺はその言葉にただ曖昧な笑み返すだけで、それ以上何も言えなかった。気分を落ち着かせる為に珈琲を一口飲む。いつもよりその味が苦く感じた。



コチラのシリーズの作中で登場した手料理のレシピは拍手先で紹介しております。

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