口からでた言葉、言葉にしなかった想い
「でも、意外だった。清酒さんって、もっととっつきにくい人かと思ってた」
俺は急にそんな事を言ってきた清瀬くんを見下ろす。俺の顔を見て、清瀬くんは慌てて首を横に振る。
「清酒さんって、何ていうか、もっと賺した……嫌、自信家でどんな事も颯爽とこなして、周りについて来いみたいな」
苦笑いしてしまうしかない。
「何なのだろうな。俺ってどうも人から性格悪く思われるみたいで」
清瀬くんは俺の言葉に慌てる。
「違います! エリートで出来る男! って感じで。
シュッとしていて、俺みたいに挫折とか劣等感をしらないみたいな」
そんなに偉そうなヤツに見えているのかと、脱力する。
「悪い意味ではなくて、良い意味ですよ! 俺、勉強出来ない馬鹿だから、頭良いヤツってつい構えてしまう所あって」
必死でフォローする清瀬くんに、笑顔を作り頷く。悪気がないのは理解出来ていると伝える為に。
「単に俺は、格好つけなだけ」
言ってみてその言葉に自分で納得する。頑張っていても、我武者羅な所を彼のように人に見せられない。
「そんな事ないっすよ。話しをしてみると分かるけど、包容力があるというか大人です。なんか兄貴って頼りたくなるというか」
清瀬くんの言葉がくすぐったくて今度は俺が視線を逸らす。
「包容力なんてないよ、あれば良いなと思うけれと、気に入らないヤツとまで関わるのは面倒でおざなりになる」
「営業なのに?」
清瀬くんは悪戯気にそんな言葉返してくる。
「だから営業に合ってない。人の好き嫌いが激し過ぎる。好き那相手だとニコニコ相手するけれど、そうでないと途端に慇懃無礼になる」
清瀬くんは、俺を何故か面白そうに見ている。
「俺もそうかな。でも俺の場合モロ顔と態度に出るから相手にもコチラの気持ち伝わってしまうんですら。
清酒さんは、好きですよ!
なんか今話していてそう、強く思いました素敵だと!」
こう真っ直ぐ言われると、嬉しいものである。相手が男性であっても。
「俺もだよ。だから本音を漏らしたのもあるだろうし」
「じゃ、俺達両想いっすね!」
俺はその言葉に思わず吹き出しながらも頷いた
「何二人で話しているの?」
八時過ぎになったからか、鬼熊さんも起きてきたようだ。
「男同士の男の、会話! おはよ!」
俺も鬼熊さんに、笑顔を作り挨拶すると、鬼熊さんは清瀬くんに対してとは違った普通の笑顔で挨拶を返してきた。
「裸で? 服着なさいよ。
初芽はまだ寝てるの?」
俺は頷く。
「仕事で疲れていたみたいだったから」
鬼熊さんはチラリと俺を見上げてくる。
「まさか、昨晩やったからとか言わないよね」
こういう事真顔で言ってくるのが、この方の怖い所である。服をとりに離れてた清瀬くんが立ち止まりコチラをみて顔を赤くしている。
「やるはずないでしょ。職場、実家の次にそういうことやりたくない場所でしょ!」
鬼熊さんはフフフと意味ありげに笑う。社会人に入っての最初の彼女が社内の子だったからその事を笑っているのだろう。その相手が余りにも公私を分けない子で、社内であろうとベタベタ甘える行動をくることでキレて別れた過去がある。
「一晩一飯のお礼に、飯でも作りますか?」
このまま恥ずかしい話題になるのを避け、話を替えるためにそうきりだしたのだが、鬼熊さんはブッと笑い顔を横にふる。
「そういう気遣いする人だったのね。
朝食も食べては見たいけど、几帳面過ぎるアンタに今の冷蔵庫見られるのはチョット怖いかも。
それより珈琲淹れて。そっちの方が興味あるな」
そこまで神経質ではないつもりはないし、さっき清瀬くんご炭酸水を出した時に冷蔵庫の中チラリと見えたけどそんなに乱雑でもなかった。まあ、昨晩の料理の残りがラップされ突っ込まれていたのをさしているのだろう。しかしその事を指摘するとやぶ蛇なので止めた。
「良いですけど、何で淹れたら?」
サイフォンとかフレンチブレスとかエスプレッソメーカー複数の道具の並んだ棚を見る。鬼熊さんらいく珈琲好きの人の棚である。気分によって変えているのだろう。
「ネルドリップで! 他のは余り技術もいらないでしょ!」
鬼熊さんは棚からガラスサーバーを出しキッチンカウンターに置き、冷蔵庫からジプロックに入ったネルを取り出し俺に渡す。
「確かにね」
朝食用意するのに邪魔だから、リビングで作業してと命じられ受け取った道具をを手に移動する。その時チラリと部屋を覗く初芽に気がつく、俺が笑顔を向けるとおずおずと近づいてくる。
「キグ、色々ごめん。
それとクレンジングと洗顔フォーム借りちゃった」
鬼熊さんは笑顔で気にしないでという表情をして、『オハヨウ! よく眠れた?』と朝の挨拶をする。すっぴん顔の筈の二人は同じ年の筈だけど、お酒でやらかしてしまった後だけにおどおどしている様子の初芽の方が幼く見えた。ジッとその顔を見つめていた俺の視線に気が付いたのか、見つめ返してくる。
「正秀もゴメン、悪酔いしたみたい」
流石に記憶を飛ばす程までは酔っ払っていなかったようだ。俺も笑いながら首を横にふる。気にしないで良いと。
「丁度良かった、珈琲煎れる所だったから」
初芽を俺の言葉に、気まずそうに少し俯く。慌てて洗面所で寝癖とかを直してきたのかショートヘアーが濡れていて、毛先に水滴がぶら下がっている。俺はそれが重力に、耐えきれず落ちる前に、思わず手のひらで受け止めた。初芽は髪を手でとかすように動かし濡れを分散させる。俺は自分の指先についた手をズボンで拭う。
清瀬くんも服着て戻ってきた事で、ややぎこちなくなっていた空気も吹き飛び、元の明るい空気が戻てきた。
四人で朝食を食べ、珈琲を楽しみ、午後ちょっと前においとまする事にする。鬼熊さんと清瀬くんは何処かに出かけるらしいから。
二人きりになり道を歩く俺達に不自然な沈黙が降りる。
「あのさ」
その沈黙を破ったのは俺の方だった。初芽は何故かビクリと身体を震わせ俺を見上げてくる。
「俺は初芽からしてみたら、まだまだガキで頼りないかも知らないけど
俺に何か言いたい事あるなら秘せずにぶつけて。初芽が俺に抱えている不満も受け止める度量はあるつもりだから。悪い所があれば直すし」
俺の言葉に初芽は何故か傷ついた顔をして、頭を横にふる。
「違うの、正秀に不満があるわけではないの。問題は私の方なの」
そう言う言葉を言ってくる初芽に、引っ掛かるものを感じ一言返そうと思ったけど、黙って聞くことにした。
「私が不満に感じているのは自分自身なの。なのにそれを正秀に八つ当たりしただけなの。だから本当にゴメン」
あの時の言葉は、酔っ払っているとはいえ、明らかに俺への本音の不満の言葉だった。その感情が顔にも出たのだろう。俺が言葉を発する前に初芽が口を開く。
「正秀は、本当に最高に良い男だよ!
私よりもシッカリしているし、男らしいし、優しいし……エッチも上手いし」
ニッコリ笑って最後の言葉を言う初芽に、この会話の流れをおちゃらかしてウヤムヤにしたい意志を感じた。多分楽しく過ごす分には最高だけど、全てをさらけ出して甘えるには頼りない。そう言う事だろう。
俺もここでお道化た言葉を返せば、いつものような少し浮かれたカップルに戻れたのだと思うけど、俺は『フーン』という音だけを返しそのまま前を向いて歩き続ける。またチョット居心地悪い空気が戻ってくる。
腕に突然重みを感じる。初芽が腕に抱きついてきたようだった。俺は腕を抱きしめるようにしている初芽に視線を向け思わず笑ってしまう。ガキっぽい俺の感情なんてお見通しなのだろう。
「この後どうする? 映画か何か観る?」
俺の言葉に初芽は少し悩む。
「マールが待っているだろうから、私の部屋に行く?」
俺の頭に、あの小憎たらしい猫が浮かぶ。
「ウーン。
今は初芽を独り占めしたい、俺の部屋こない?」
初芽はフフフと笑う。
「仕方がないわね~
だったらシャワー貸して! 昨日のままで少し気持ち悪い」
笑みと頷きで承諾意志を伝え、二人で決まった目的地へと歩きだした。
~ ライトロースト end ~