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スモークキャットは懐かない?  作者: 白い黒猫
ライトロースト
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最強のストーカーになれるスキル

「確かにそういった弄られる様な可愛さは無いわよね」

 俺ではなく、先に鬼熊さんがケラケラと笑いながらそう答える。初芽と清瀬くんよりも冷静な鬼熊さんは、お酒でそんなに顔は変わっていないが、笑いの沸点が異様に低い所からみると、やはり酔っているのだろう。

「頭良さそうだし、商売相手に冷静沈着に話を進めて、バリバリ仕事してそう。

 いいよな~エリートサラリーマン! そういったのスゲー憧れる!」

 清瀬くんが体を前後に揺らしながら、俺の方を妙にキラキラした目で見つめそんな事を言ってくる。こういう風に自分の事を目の前で言われている本人としては困るモノだ。

「そんな事ないよ。俺がやってるのは君とは違って誰でも出来る仕事だし。普通に仕事しているだけだよ」

 苦笑しながら答えるしかない。すると鬼熊さんが溜め息をつく。

「普通ね~それアンタが言う?」

 鬼熊さんの声のトーンが、若干職場で俺を注意するときの本気な雰囲気を出した事で部屋のテンションがやや下がる。その微妙な空気に気が付き鬼熊さんは誤魔化すように笑う。

「清酒くんは自分を普通だと思っているけれど、全然普通じゃないのよ!」

 俺は何故そんな事言われるか分からず、鬼熊さんを怪訝な気持ちで見る。すると人の悪い顔で鬼熊さんはニヤリと笑う。

「この人部内で何て言われているか、知ってる?

『最強のストーカーになれるスキルを持つ男』って」

 佐藤(さふじ)部長辺りが、揶揄って言いそうな表現である。部長の性格を知らない清瀬くんと初芽はキョトンと俺を見てくるので、俺は首を横に振る。

「部長がまた、余計な事言っただけでしょ?」

 鬼熊さんもフフと笑い頷く。

「でも言い得て妙になのよ。まあ立派なストーカーになるには執着心に欠けて、冷めているから無理っぽいけど」

 鬼熊さんは、一応フォローはしてくれるようだ。しかしあまりフォローになっていない。

「記憶力が気持ち悪い程スゴイの。

 最初に配属された時、会社の住所と電話番号。自分の職場から支給された携帯番号の暗記を義務付けられるの。この人ったらジーと紙数秒見てさっさとしまって終わりよ」

 普通に受験を乗り越えて来たらそれくらい簡単な事だと思う。

「たかだか十二桁の数字二つに、住所一つなんて覚えるだけで、なんで……」

 初芽が苦笑して、清瀬くんは目を丸くして俺を見ている。

「俺なんて、半年前に買った自分の携帯番号まだ覚えてないよ」

 清瀬くんはそう呟く。

「大抵の人は『はい』と言いつつ戸惑う表情をして一週間くらいはコッソリ自分用のメモ持参で対応しつつ覚えていくものよ。それだけでなくても社会人になって覚える事が他にもいっぱいあるし。

 清酒くんは全てにおいてそんな感じで、いつ何処で誰に会ってどんな会話したかという事を異様に覚えているから怖いのよ。清酒君が会った人物なら、聞けばたいていどんな人物だったか覚えているから、その記憶を皆頼ってしまう」

 俺は慌てて顔を横に振る。

「ちゃんとメモや記録つけてるからですよ」

 鬼熊さんは目を細めてこちらを見る。

「午前中誰から誰に電話来ていたとか、とった本人が忘れていたような事も覚えていたわよね?」

 なぜ鬼熊さんがその事を殊更異常な事だと言ってくるのかがわからない。

「それはソイツが大声で叫んでいて、ホワイトボード見て確認して答えたからとかだろうし、一日分くらいのそんな出来事覚えているでしょ。あと会話の流れで、人や仕事関係の話とかって思いだせますし」

 鬼熊さんは苦笑する。

「まあそれはそうなのだけど、アンタはインプットされたデーターの検索とアウトプットの精度が人より高いのよ。

 だから回りの人にも同じだと思わないで。それだけじゃなく、貴方は器用だから苦労もしないで何でも出来る。他の人も皆、同じくらい物事をこなせると思わないであげて。今度の新人くん、少し追い詰められているから」

 笑顔であるものの目が本気であることにから、鬼熊さんはやはり俺に一言いたかった事があったようだ。別に今度の新人をそこまで厳しく追い詰めるまで指導していたつもりはなかった。俺自身が鬼熊さんに言われてきてこなしてきた事だったから、それで良いと思っていた。

 まあ相手の様子もお構いなしに、独りよがりの仕事の仕方をしていたかも知れないと反省はする。しかしそれは初芽のいない所で叱ってもらいたかったとも思う。

「スゲー! それってやはり優秀って事ですよね。俺、人の顔と名前を覚えるのって苦手で、どうしたらそうなれるんですか?」

 どう答えるかと悩んでいたら、清瀬くんがそんな事聞いてくる。

「メモ術でかなり改善出来るよ。日記をつけるみたいに、一日の行動記録と会った人の特徴、どんな会話して何を感じたかというのを記録していくと。後から見返しても分かりやすいから」

 爛々として答えを待っている清瀬くんへの返答を先にしてしまう。

「アンタは同じミス繰り返しがちだし、試合や練習での記録も自分でつけなさいよ。自分を見直す意味でも良いかもねーー」

 鬼熊さんは、俺をもう見ておらず、今度は清瀬くんに向かって指導を始めたようだ。その言葉に清瀬くんは目を輝かした感じで素直に頷いていて聞いている。この素直さが清瀬くんの魅力というのがなんとなく分かる。二人の世界が出来ていて、もう俺の事なんて二人には関係なくなっている。俺が口を挟むのも野暮な気もして俺はそれ以上何かを言うのもやめた。

「通りでね……」

 隣の初芽の声に俺はそちらに目をやる。俺の肩に手を乗せ、トロンとした目で顔を近づけてくる。

「初めて会話したとき、いきなり苗字呼ばれて、何、この人、気持ち悪いと思ったけど、それが正秀の仕様だったんだ。そうか~そうやって、なんでもかんでも見ているのよね~アンタは」

 お酒が入っている事で、俺にしだれかかってきて初芽の体重が俺にかかってくる。

「あの時、なんも下心ないのは、初芽だってわかってるだろ」

 鬼熊さんらもこちらのやりとりに気付いて楽しげな視線を送ってくる。

「なに、清酒くんがそうやってナンパしたの?」

 からかうような口調に、俺は苦笑して首を横に振る。

「雨宿りしてたら、偶々彼女が隣にいただけです。目があって初芽も俺の顔知っている感じだったから、そういう場合は挨拶するでしょ! それだけです。

 仕事関係の人ナンパするのって、後々面倒臭い事になるだけですし、やりませんよ! そんな事」

「どうせ、私は面倒な女だからね~」

 いきなり横から引っ張られるように抱き寄せられ、耳元でそんな言葉を呟かられる。初芽の目が座っている。

「意味違うだろう! 面倒なのは状況がという事で、気恥ずかしいのもあるし」

 初芽の絡み酒が、このタイミングで何故かきたようだ。

「年上だから、恥ずかしいって?」

 チラリと視線を鬼熊さん達に向けると、黙ってコチラを見ているだけで口をはさむ気配はない。まあこういう状況に言葉はさみにくいというのもあるのかもしれない。初芽がさらに顔を近づけてくる。キスしそうな距離感であるがそんなに色っぽい状況でもない。『どうなの? どうなの?』と詰め寄られるとだんだん頭にもくる。

「あのさ、俺は初芽の年を気にした事ないけど、それを気にしてるのって、初芽だろ? 年下男と付き合うのを恥ずかしいと思っているのは初芽では?」

 言った後に少しまずかったかなと思った。隣に鬼熊さんと清瀬くんもいる。初芽は少し離れ下を向く。様子を窺うために顔をのぞき込もうとすると、視界が急に激しく天井へと移動する。後頭部に鈍い痛みを覚える。こんな状況で押し倒されたようだ。

「アンタはそうよね。そうやって私の問題にする、すべて……」

 どうしたものかと覆いかぶさって、黙り込んだ初芽の様子を窺ったら、彼女は寝ていた。

「清酒くん、頭大丈夫?」

 少し起き上がり、鬼熊さんがそう尋ねてくるので、俺はやや呆然としながら頷く。

「あの、すいません。初芽少し飲み過ぎちゃったみたいですので」

 鬼熊さんは『そうみたいね』と言いながら笑った。


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