猫のような女の子
会社の三十周年祝いに向けての企画イベントの動きは社内にいれば嫌でも感じる。社内に向けてイベントを盛り上げる為もアイデア公募もあったので、せめてもと渾身の企画書を作成して送ってみたもののそれで気が晴れるわけもなく、ますますのモヤモヤと苛立ちを抱えて過ごす事になる。一番良いアイデアをだした人には自動お掃除ロボットが当たるという感じで、お祭り的要素強い募集に、ガチの企画書を作って提出しただけに、そのイベントにおいては浮いていたかもしれない。そう思うとさらに気分が盛り下がる。
そして四月となり、再び昨年と同じような一年が始まる。
取引先を回ると、それぞれの会社では人事異動などあり、担当が変更になったり、部署の長が昇進により変わっていたりと変化しているのに、俺の生活は去年のまま。俺自身もサブチーフという役職はついたものの、多少面倒くさい業務が増えただけで仕事が面白くなった訳ではない。
Joy Walkerさんを訪れたら、丸顔に丸い目に、ちょこんとした鼻をもつ見慣れない女の子がいた。予め新人が入る事が分かっていただけに、入った瞬間にこの子が俺の新しい担当である事を察し、嫌な印象だけは与えないように気を付けて笑いかける。
『ボインのカワイコちゃん』と聞いていたので、もっと色っぽい女性が入るのかと思っていたが、新人の女の子は可愛いというよりカワイイ感じのタイプ。具体的なイメージで言うと最近のグラビアに多くなってきたちょっとロリっぽい感じ。手を出すなと言われたものの、手を出したら犯罪に思える程幼く見えた。就職活動でも使ったと思われるスーツに包まれているものの、胸は確かな存在感を発している。巨乳好きでもないけれど、下手な前情報のせいで変に意識してしまう。逆にそうなると胸にだけは視線は向けられないもので、顔をひたすらジッと見てしまう事になり、無駄に視線だけが合う事になる。目がバッチリと合うとその子は慌てたように視線を剃らすことで、何とも不思議な空気に。
そんな彼女をみていて、猫みたいな子だなとも思う。それはシャム猫とかのツンと気取った感じでなく手足が短くポッテリとしたマンチカンみたいな猫。好奇心に充ちていながら初対面の俺に警戒心に似た緊張の視線を向けてくる、そういう風に見えた。
「初めまして! タバコワカバと申します!
宜しくお願いします」
ガチガチに緊張しながら俺に挨拶してくる女の子に向かって、俺は緊張感を何とか解かせるようにできる限り優しくみえる笑顔を返し、名乗り名刺を交換する。名刺を見ると『煙草わかば』とある。人の事言えないが、凄い苗字もあったものだ。彼女も俺の『清酒正秀』という名刺をシゲシゲと見つめコチラを見上げてくる。公園にいる、俺があげた食べ物をクンクンと確認していた鼠色の子猫の姿と重なる。
「煙草と清酒なんて、これはまた凄いコンビが出来上がりましたね」
俺の言葉に、煙草さんの表情がフッと柔らかくなり無邪気な笑顔になる 。
「そうですね! 名コンビになれるようにがんばります」
単なる担当と業者、珈琲や備品のチェックをして揃えるだけで、窓口でしかない関係に名コンビも何もあったものではない。俺は内心苦笑しながらも表情には出さず『そうですね』と答えておいた。
そういう事は井上さんが教えるべきでは? とも思ったが俺が煙草さんに珈琲サーバ管理の仕事について説明する事に。素直な性格なのか、メモ帳を手に頷きながら俺の説明を聞いている。余りにも 一生懸命に俺の話を聞いている所を見ていると、昔やった家庭教師のバイトを思い出す。
「こういった所は、テストに出やすいから、覚えておくように!」
って思わず言いそうになる。
だからなのだろうか? 余計に煙草さんが幼く見えて、逆に偉そうに社会人としてのアドバイスまでしていると俺がオッサンに感じた。
変な気遣いをして疲れて会社に戻る。気分を入れ換える為に珈琲を淹れて席につき溜め息をつく。その様子を鬼熊さんが見て笑う。馬鹿にしているのではなく、優しさはある生温かい眼差しでの笑み。
「鬼熊さんから見て、俺ってどのくらいガキですか?」
俺とさっき会った煙草さんは四歳違い。つまりは鬼熊さんと俺と同じ年齢差。加えて言うならば初芽と俺の年齢差。二人から見て、俺はあそこまで幼い存在ではないとは思うが、そう感じられていたら逆に凹む。
鬼熊さんは目を丸くする。でもぐにニヤニヤと笑い出す。
「何かあの子に言われたの?」
俺が高澤商事にも行ってきた帰りだから誤解されたようだ。
「違いますよ、今日Jaywalkerさんの新しい担当に会ったのですが、それが入ったばかりの新人で、話をしていると若いな~と思って」
鬼熊さんはなんとなく状況を想像したのか笑う。
「まあ、営業に入ってすぐは、まだ青い所があって可愛いなと思ったけど、早いうちに態度もデカクなり、そう思える時代が非常に短かったのがアンタの面白くない所で」
俺はその言葉で若干ホッとする。
「職場で青さ、幼さは必要ないでしょ」
鬼熊さんは、ウーンとうなる。
「可愛気までないのが、アンタの困った所。御年配の方には可愛く接する事出来ているのに」
ちょっとその言い方にムッとしてしまう。相手の地位が高いからって諂ったりした覚えはない。
「俺、そんなに媚たりしていませんよ」
鬼熊さんは苦笑する。
「媚ではないの、背伸びしないで若造ですという姿勢で向き合えるというのかな?」
イマイチ、鬼熊さんの言わんとしている事が理解できず首をかしげる。
「俺、鬼熊さんにも、そんな偉そうな態度で接していませんよね?」
鬼熊さんは、困ったように笑う。
「まあね……私を頼らず頑張ってくれているし、積極的にサポートもしてくれている。部下としてはコレ以上ないくらい最高だと思うわよ」
珍しく鬼熊さんが俺を褒めている言葉を言うが、なぜか全然嬉しく観じなかった。俺に何かが足りないというのを暗に言われているのが解ったから。
「ねえ、清酒君、今週末ウチで呑まない? 御馳走するよ」
釈然としない気持ちで黙り込んでしまった俺に、突然鬼熊さんはそんな言葉をかけてくる。
「呑むって、俺まったく酒ダメなの知っているでしょ!」
鬼熊さんは二コリと笑い頷く。
「アンタが言った事でしょ、あの子を酒に誘って話聞いてあげてと!
だから四人で呑みましょう! 家呑みだとみんなでハジケられるからいいでしょ」
逆にまわりがその状態になると、素面の俺がキツい状況になるのだが……。初芽の介抱もするためにも俺も参加した方がいいのかもしれない。
「分りました! あいつにもメールで聞いてみます」
鬼熊さんは、首を横にふる。
「さっき、メールでもう約束したから大丈夫よ! そしたらあの子、上司と部下でたまには腹割って話したら? って言われたからアンタも誘ったの」
俺は苦笑いをする。
「鬼熊さん、そんな酒呑まないと言いづらいくらいの不満が、俺にあるのですか?」
鬼熊さんはブッ吹き出す。
「いや、私はもう、いつでも言いたい事を言う性格だから。でもアンタも宴会ムードたまに楽しむのも良いでしょ」
確かにたまには賑やかな雰囲気を楽しむのも良いのかもしれない。俺は素直に頷いた。




