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特に娯楽もないこの町の人間は、いつだって新しいことに飢えている。
だから東京からやってきた遼二が、暇なおばさん連中や、町の女の子たちの噂話のネタになるのは当然のこと。
前の学校を退学させられたという噂も、祖母の家で暮らしているという話も、どことなく謎めいていて、さらに女の子たちの興味を引いた。
つまり遼二はこの寂れた田舎町で、良くも悪くも最初から目立っていたのだ。
「雫っ」
いつもの学校の帰り道。そんな遼二が雫を呼んで、さりげなく隣に並ぶ。それがどういうわけか、最近の日課になっていた。
「お帰り」
「相変わらず、暇そうね」
制服姿の雫と、私服姿の遼二。高校を辞めたと言っていた遼二は、アルバイトをするわけでもなく、毎日をぶらぶらと過ごしている。
「ねぇ、なんでいつも私のこと待ってるの?」
「俺、友達いないから」
堤防沿いの道を二人で歩く。すれ違った中学生らしき女の子二人組が、振り返って自分たちを見ているのがわかる。
「あのね、私じゃなくても、あんたと友達になりたいって女の子、そのへんにたくさんいるでしょ?」
「そうかな?」
「きっと彼女になりたいって思ってるよ」
「別に俺、彼女なんていらないし」
潮風に前髪を揺らしている、遼二の横顔をちらりと見る。きっと今まで何人もの女の子と付き合って、何人もの女の子と別れてきたのだろう。
女の子の扱いに慣れている感じは、初めて会った時から気づいていた。
「ああ、でも俺、雫とだったら、付き合ってもいいかなぁ?」
いたずらっぽくそう言った遼二を、横目で睨む。
「馬鹿じゃないの? あんた」
雫の隣で遼二が笑った。雫は何も言わずに歩き出す。
雫とだったら、付き合ってもいいかなぁ――そんなセリフ、冗談でも言わないでよ。
「雫?」
突然立ち止った雫のことを、遼二が不思議そうにのぞきこむ。
どうしてだろう……拭っても拭っても、なぜだか涙があふれて止まらない。
そしてそんな雫の頭の中で、いつかの拓海の言葉が渦を巻く。
――少しは人の気持ちも考えろ。
わかってる。そんなことは、わかってる。
大輔と身体を重ねる度に、自分はたくさんの人を傷つけている。
心まではいらないのに。ただ一瞬だけ、私を必要として欲しいだけなのに……。
「泣くなよ……」
耳に遼二の声が聞こえた。涙が伝わる雫の頬に、遼二の指先が触れる。
うつむきながら右手を伸ばし、雫はそっと、その指先を握った。
誰でもいい。誰かにすがりつきたい。
そうしないと今にも自分が、壊れてしまいそうだったから。