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 目覚まし時計をセットしたわけでもないのに、朝早くに目が覚めた。

 台所から漂ってくる味噌汁の香り。それに釣られるように、遼二は体を起こし部屋を出る。

 六畳間にある祖父の仏壇から、細い線香の煙が漂っている。真ん中の小さな卓袱台の上には、二人分の朝食が用意されていた。

「ああ、遼二。おはよう」

「おはよ」

 当たり前のように座布団の上に座って、祖母と二人で朝食をとる。

 小さい頃に何度か遊びに来ただけの父方の祖母の家で、こんなふうに普通に暮らしている自分が不思議で仕方ない。

 祖母は遼二に、何も聞かなかった。テレビもつけず、特に会話もせず、用意された食事を、向かい合って黙々と食べる。

 東京の家にいた頃、食事はいつも一人だった。広い部屋の広いテーブルにたった一人で、冷蔵庫から取り出したおかずを食べた。

 冷たかったらレンジで温めればいいし、退屈だったらテレビをつければいい。食事しながら友達とメールしても、行儀が悪いと文句を言う人はいない。

 だからそのことに、不満なんて感じてはいなかったけれど。


「ばあちゃんは……どうしてこんな所に、一人で住んでんの?」

「ん?」

 遼二の声に祖母が顔を上げる。

「東京に来いって、何度も誘われてたんだろ?」

「ああ、ここにはじいちゃんがいるからなぁ」

 祖母の視線が祖父の仏壇に移る。

 遼二は写真の中の祖父しか知らない。遼二が生まれた頃、とっくに祖父は他界していたから。確か、祖父もこの町の漁師で、海で事故に遭って亡くなったとか、昔聞いた。

「じいちゃんを一人残して、あんな騒がしい所に行けるわけないよ」

「まさかばあちゃん、ここにいればじいちゃんが戻って来るとか、そんな夢みたいなこと思ってないよな?」

 遼二はふと、防波堤で雫に聞いた話を思い出した。

 恋人を事故で失った女が、後を追うように海に飛び込んだという、あの話を……。

「そうだねぇ……そんな夢を、見てた頃もあったなぁ……」

 祖母はそう言って笑い、ゆっくりと立ち上がる。

「遼二、覚えておきな。浜の女は一途なんよ」

 遼二はぼんやりと、小さくなってしまった祖母の背中を見つめる。

 ばあちゃんにも自分と同じように若い頃があって、じいちゃんと恋をしたりしていたのだろう。そしてじいちゃんが死んだ今でも、ばあちゃんはじいちゃんのことを、一途に想っているのだろうか。

 そんなことを考えていたら、ポケットの中の携帯電話が震えだした。


 電話の相手は莉奈だった。生暖かい風の吹く庭先で、少しだけ懐かしい声を聞く。

「もしもし……遼二くん?」

 莉奈と話をするのは、あの学校の渡り廊下以来だ。

「久しぶり」

「……ああ」

 莉奈の声はかすかに震えていた。そんな彼女に何を話せばいいのか、遼二にはわからなかった。

「遼二くん、私ね」

 小さく息を吐くように莉奈がつぶやく。

「赤ちゃん、堕ろしたの」

 携帯をぎゅっと握りしめて目を閉じた。だけど出てくる言葉は、そっけない一言だけ。

「そう」

「そうって……それだけ?」

 莉奈が少し笑った気がした。こんな自分に呆れたように。

「私がこんなに傷ついてるのに、遼二くんは何にも傷つかないんだね?」

「そんなことない。俺だって……」

 好き勝手な噂を立てられ、学校を辞めさせられた。家を追い出されて、こんな辺鄙な田舎町に島流しだ。

 だいたい全部男のせいにさせられるなんて……そういう関係になったのは、お互い納得し合ったからだろう?

「最低」

 莉奈のかすれる声が聞こえる。

「遼二くんは何にもわかってない。私が今、どんな想いでいるのか……」

 携帯を耳に当てたまま、遠くを眺める。草の生い茂った庭の向こうに見えるのは、寂しそうに波の漂う灰色の海。

「さよなら。遼二くん」

 莉奈の声がそこで途切れた。遼二は携帯をポケットにつっこみ空を見上げる。

 ああ、なんだ、そういうことか。

 莉奈の言うとおり、自分は何にもわかっていない。莉奈の気持ちなんか、わかろうともしていない。

 自分が人からどう見られているか。かっこ悪くて、ひどいやつと思われていないか……いつだってそうやって、自分のことしか考えていなくて……。

 結局同じじゃないか。見栄っ張りなあの両親と、まったく同じじゃないか。

「はっ、バカみてぇ……」

 思わず笑いがもれて、両手で顔を覆う。

 どうして涙なんか流れてくるのか……誰かに教えて欲しかった。

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