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空から雨が落ちてきた。今夜は天気が崩れると、テレビのキャスターが伝えていたから、めずらしく予報は的中したようだ。
ざくざくと草をかき分けて歩く大輔の後を、雫は黙ってついて行く。行き先は決まっている。あの寂れた漁師小屋だ。
ぎいっという音を立てて扉を開けると、大輔は雫の腕をつかんで、小屋の中へ押し込んだ。
そしてそのままいつものように、乱暴に床の上に押し倒す。
風は今日も強かった。唸るような海風の音を聞きながら、雫は大輔の下で目を閉じる。
「誰なんだ?」
突然降りかかってきた、その言葉。
「え?」
雫は閉じた目を開いて、大輔を見る。いつもなら何も言わずに服を脱がし始める大輔が、雫に話しかけるなんてめったにないことだった。
「さっきお前といた男。誰なんだよ?」
ちっと舌打ちするように大輔が言う。雫は思わず笑みを漏らした。
「やだ、大ちゃん。もしかして妬いてるの?」
「ふざけるな。誰だって聞いてるだけだ」
雫は両手を開いて大輔の身体を抱きしめた。自分のことを、少しでも気にしてくれているとわかっただけで、どうしようもなく満ち足りた気分になれる。
「松崎さんちの孫。東京から来たんだって」
「ふん。来た途端に女とデートか? ませガキが」
「やっぱり大ちゃん、妬いてるんだ」
眉をしかめた大輔が、雫の胸に顔をうずめる。いつも以上に激しく求めてくるその身体を、雫は全身で受け止めた。
「雫。また学校サボったな?」
あれは中学生の頃。雫はよく学校を休んで、港に戻って来る船を眺めていた。
「うるさいな、大ちゃんには関係ないでしょ」
船から降りた大輔が雫の後ろを通りかかり、くしゃっと髪をなでていく。
その大きな手の感触が好きで、雫は毎日この場所で待っていたのだ。
「そんなに暇だったら、俺が遊んでやろうか?」
「冗談でしょ?」
「冗談じゃねえって」
大輔が雫の前で笑う。十歳年上の大輔の笑顔を見ながら、雫は見たこともない父親の顔を想像する。
雫には父親がいなかった。母は結婚せずに、雫のことを産んだからだ。
生活に追われていた母は、雫の面倒をろくに見ることもなく、現実逃避するかのように男たちと付き合った。
学校から家に帰ると、母が知らない男と寝ている。そんな光景を雫は何度も見てきた。行き場のなくなった雫は、いつも港から海を眺めていた。
私は誰からも必要とされない子――そんな雫を求めてくれたのが、大輔だった。
大輔の求めているものが、自分の身体だけだということは、初めからわかっていたけれど……。
「……お腹、すいたな」
背中を向けて服を着ている大輔につぶやいてみた。
「たまにはご飯とか、食べに行きたい」
「馬鹿なこと言うな。家帰って飯食ってろ」
大輔が振り返って、制服のスカートを雫に向かって投げつける。それを胸に抱きしめながら、雫はぽつりとつぶやいた。
「大ちゃんには……水紀さんが、いるものね」
大輔は何も答えない。
「ご飯を作って待っててくれる、水紀さんと翔太くんがいるものね」
「いい加減にしねぇと怒るぞ?」
大輔が振り向いて雫をにらんだ。
「……わかってるよ」
かすれる声でつぶやく。どうしてだか涙が出そうだ。
大輔と繋がって、一瞬だけ幸せになって……だけどその後、今まで以上に寂しくなる。
するとそんな雫の髪を、大輔がくしゃっとかきまぜた。
「いい子にしてろ。そしたら今度、飯おごってやる」
「ほんとに?」
顔を上げて大輔を見る。大輔はふっと雫に笑いかけ、いつものように上着を羽織ると、小屋の外へ出て行った。