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からりと晴れることの少ないこの町は、梅雨時ということも重なって、今日もどんよりと曇っていた。
ざわざわとした放課後の教室。雫は窓の外を眺めたついでに、窓際の席をちらりと見る。
いつもの席に一人ぽつんと、拓海が座っていた。
大輔の弟である拓海。クラスの中でもあまり目立たなくて、何を考えているのかよくわからない。
昔はもう少し明るくて、一緒に遊んだりしたけれど、最近はめったに口もきかない。
あいつ、気づいてるぞ――大輔の言葉が頭をよぎる。
まさか……そんなこと、あるわけない。拓海はもう自分のことなんか、興味がないはずだから。
雫はさりげなく視線をそらし、学校指定の鞄を肩にかけると、一人教室を後にした。
くすんだ色の海を横目に、堤防沿いの道を歩く。ふと気がついたのは、松崎のおばあさんの家。
松崎のおばあさんは、小さい頃からよく知っていた。
雫が物心ついた頃から、ずっと一人で住んでいて、確か息子は東京でお医者さんをやっているって聞いたことがある。
そしてその息子から、東京で一緒に暮らそうと何度も誘われていたけれど、この町から離れたくないって、頑固に断り続けてきたらしい。
そんなことを思い出していた雫の前に、庭から出てきた遼二の姿が見えた。
「あ」
「ああ……」
お互い気がついて顔を見合わせる。
昨日、防波堤で出会った男の子。おばあさんの孫で、東京から来たって言っていた。
遼二は雫の顔を見て、ふっと冷めたような笑顔を見せた。
「あのさぁ、この町にはコンビニもないわけ? 漫画も買えねぇし……暇すぎて死にそう」
雫の前で無造作に髪をかき上げながら、遼二が言う。雫はそんな遼二の姿を、ぼんやりと見つめる。
背が高くて、整った顔立ち。テレビに出ているアイドルに、ちょっとだけ似ている。
ジャージなんか着ていても、どことなくオシャレに見えてしまうのは、やっぱり「東京の人」だからだろうか。
やがてこの町の女の子たちが騒ぎ出すだろう。こんなに「カッコイイ男の子」を彼女たちが放っておくはずはない。
「何でも売ってる雑貨屋ならあるよ」
「何でも売ってるって言ってもなぁ……」
「連れて行ってあげようか?」
遼二は少し考えた後、小さく笑って雫に言った。
「まぁ、暇だから、行ってみるか」
古臭い田舎町を、雫は遼二と並んで歩く。
何人かの顔見知りとすれ違って、何人かの女の子が遼二のことを振り返った。
「ねぇ、あんた東京から来たって言ってたよねぇ?」
雑貨屋にお目当ての雑誌はなかったらしく、遼二はその代わりにアイスを二つ買って、一つを雫にくれた。
「東京って言っても郊外だから。田舎だよ」
「田舎っていうのはね、ここみたいな場所のことをいうんだよ?」
「だったらかなり都会だな。俺が住んでた所は」
アイスを舐めながら遼二が笑う。昨日知り合ったばかりの人と、こんなふうにアイスを食べている自分が、ものすごく不思議だった。
「どうして……おばあちゃんちに来たの?」
なんとなく、聞いてはいけないような気がしたけれど、雫は隣の遼二に言った。
「家、追い出された」
「よっぽど悪いことしたんだ?」
「まぁね」
遼二がふっと笑って空を見上げる。二人の上に覆いかぶさる重苦しい雲は、ここに住む人間を、この町に縛り付ける。
出て行きたくても出て行けない。まるで何かに憑りつかれてしまったかのように。
「私も同じ」
ぽつりと雫がつぶやいた。
「私も……悪いこと、してる」
遼二は何も言わなかった。雫の持つアイスがぽたりと垂れて、乾いた地面にじんわりと染みこんでいった。