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祖母が亡くなって、遼二は久しぶりに家族全員と顔を合わせた。
両親とは何度もぶつかり合いながらも、何とか莉奈との結婚を認めてもらえた。
だけど小さなわだかまりは完全に消えるわけでもなく、今は家から離れた町のアパートに、莉奈と二人で暮らしていた。実家に顔を出すことはめったにない。
「じゃあ俺、先に帰るから」
葬儀の後片付けがまだ残っているという父に、遼二は声をかける。
「ああ」
背中を向けたまま父が答えた。遼二はそんな父を残して祖母の家をあとにする。
誰も住む者がいなくなったこの家は、近々取り壊されることになっていた。
父が育った家。遼二が父と遊びに来た家。祖母とひと夏を暮らした家。
祖母は会えたのだろうか。先に逝ってしまった、愛する祖父に……。
「遼二」
庭先から、最後に祖母の家を眺めた時、父が遼二に声をかけた。
「莉奈さんの具合はどうだ?」
父の口から莉奈の名前が出ることはめったになく、遼二は少し戸惑った。
「……つわりが、ひどいみたいで」
「今が大切な時だからな。大事にしてやりなさい」
それだけ言うと、父は遼二に背中を向けた。
子供の頃、広くて大きく見えた父の背中は、いつの間にか細く小さくなっていた。
「父さんも……体、大事に」
一瞬だけ動きを止め、しかし何も言わずに父は祖母の家に戻っていった。
一年前、体調を崩した父は、開業していた医院を兄に任せ、ほとんど家の中にこもりがちになった。最近も、病院通いが続いているという。
ゆるやかな坂道を上って、駅のホームに立つ。もうこの町に、足を運ぶこともなくなるだろう。
上り列車を待ちながら、遼二はぼんやりと考える。
自分は変わっているつもりはなくても、周りは少しずつ変わっている。後悔しない生き方を、自分は果たしてしているだろうか?
――遼二くん、今、どこ?
最寄りの駅に着いたところで、莉奈からメールが届いた。「もうすぐ着く」と打ちかけて、直接電話をかける。
「今、駅。具合どう?」
「私は大丈夫。遼二くんは?」
あの夏、莉奈と一緒に野菜の収穫をしていた祖母の姿を思い出し、胸の奥が熱くなる。
「俺も大丈夫。もうすぐ帰るよ」
「うん。待ってる」
夕暮れの商店街を歩きながら電話を切る。
どこからか漂ってくる揚げ物の匂い。遠くで車のクラクションが響き、店先からは派手な音楽が流れてくる。
行き交う人々が急ぎ足なのは、みんな帰る場所があるからだろう。
「お母さぁん」
ビニール袋をぶら下げた、一年生くらいの女の子とすれ違う。肩先で揺れる黒髪を見て、なぜだか惹きつけられるように振り向いた。
「お肉、一人で買ってきたよ!」
「よくできました。これでカレーが作れるね」
商店街の片隅で、女の子が自慢げに笑っている。そんな女の子の頭をそっとなでる母親の姿に、遼二は「あっ」と声を上げた。
「雫?」
ゆっくりと振り向いて自分を見つめる彼女は――間違いない。七年前に別れた、あの雫だった。




