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「東京に帰る?」
「そう。明日、莉奈とな」
家族が寝静まった時間、呼び出されて外へ出た拓海に、遼二が言った。
「莉奈って彼女? あ、元カノだっけ?」
「そんなのは、どっちでもいい」
拓海の前で、遼二がふっと笑う。
莉奈っていう女の子は、拓海も見かけたことがあった。小柄でふわふわした髪をした、なかなか可愛い子。
一週間ほど前に遼二を訪ねてこの町に来て、それからずっと松崎のばあさんの家に居候しているらしい。少し前の拓海のように。
なぜそんなことになったのか、詳しい事情は知らないけれど、きっと家に帰りたくない理由があるのだろう。それは拓海にも、なんとなくわかった。
「帰るって……彼女を送ったら、また戻ってくるんだろ?」
「どうかな……すぐ戻ってくるかもしれないし、もう戻ってこないかもしれない」
「それは東京の家で、また暮らすってこと?」
「自分から出て行くって言ったくせに、カッコ悪いけどな。でもこのままじゃ、なんとなくいけない気がして……」
遼二が拓海から視線をそらし、夜空を見上げる。真っ暗な闇の中に、ぼんやりと光る蒼白い月。
「うまくいくかは自信ないけど……一歩踏み出してみようかと、思ったわけよ」
一歩踏み出す――その言葉を、拓海は頭の中で繰り返す。
「だからまあ、一応あんたには挨拶しとこうかと思って。あと雫にも、よろしく言っといて」
拓海は黙って遼二の顔を見た。そんな拓海に遼二が笑いかける。
「何だよ、俺と別れるのがそんなに寂しいか?」
「バカ、そんなんじゃねぇ」
「じゃあ、何だよ?」
遼二に聞かれ、拓海はぼそっと口を開く。
「俺もあとから行ってもいいか?」
「は?」
「雫を連れて……俺も東京に行く」
遼二がじっと拓海のことを見る。
「約束したんだ。雫を、この町から連れ出してやるって」
ゆっくりと空を見上げる。夜空に浮かぶ月が、流れる雲に隠されていく。
「無理……だよ」
拓海の耳に響く、遼二の声。
「金はあるのか? 仕事だってないだろ? 俺の家には泊まらせてやれないぞ?」
「わかってる。あんたに迷惑はかけない」
遼二が黙り込む。おそらく拓海の計画が、現実的ではないとでも言いたいのだろう。
自分だってそう思う。実際、考えただけで足がすくむ。だけど自信がなくても、一歩を踏み出すっていったのは遼二のほうだ。
「……わかった。待っててやるよ」
暗闇の中で、遼二の顔を見る。すると肩の力が抜けたように、ふっと遼二は拓海に笑った。
「なんてな。本当は俺も、めっちゃビビってるんだけど」
そして拓海の背中をぽんっと叩く。
「先に行って待ってる。雫、ちゃんと連れて来いよな?」
闇の中に消えていく遼二の背中を見送ってから、この前聞いたばかりの雫の携帯にメールする。
直接電話で話せなかったのは、やっぱり怖かったからだ。
雫は来てくれるだろうか? 自分のような男と一緒に、本当にこの町を捨ててくれるだろうか?
携帯をパチンと閉じて家に戻る。足音を忍ばせて、軋む廊下を歩きながら、拓海はずっと雫のことを考えていた。




