25
主のいない部屋を片付ける。
漁師だった父は意外にも読書家で、部屋には本がたくさんあった。
拓海は無造作に積まれた古い本の中に、一枚の写真が挟まれているのを見つけ手に取った。
それは、家族が揃って写っている珍しい写真だった。何かの記念日のようだけれど、何の記念日なのかはわからない。
気難しそうな父と、控えめな笑顔の母。拓海はちょうど今の翔太くらいの年ごろで、無邪気にカメラに向かって笑っている。そしてその後ろで、ふてくされたような態度の大輔。
拓海は思わず、写真の中の大輔を睨み付ける。
こいつのせいだ――こいつのせいで、雫は……。
「おう、なんだ、お前いたのか?」
突然襖が開いて、大輔の声が聞こえた。拓海の心臓が、ぴくんと反応する。
大輔は拓海の持っていた写真を取り上げると、ふんと鼻で笑ってから、指で弾き飛ばした。
「親父のやつ、こんなもん、大事にしまいこみやがって」
拓海は畳の上に座ったまま、そんな大輔のことを見上げる。
「なんだ、何か文句でもあるのか?」
大輔が睨むように拓海を見下ろす。
どこまでも拓海の前に立ちはだかる大輔。拓海が精いっぱいの反抗をしても、大輔と雫が別れても、主の父が亡くなっても、その関係は結局変わることはない。
大輔から視線をそらし、両手を握り締める。
悔しかった。いつまでも自分は兄の下なのだ。どんなに頑張っても、どんなに強がっても……。
大輔がふっと笑って、拓海の前にしゃがみ込む。そして畳の上の本をぱらぱらとめくりながら、ひとり言のように口を開く。
「拓海。お前俺のこと、最低な人間だと思ってるだろ?」
当たり前だ。奥さんと子供がいるくせに、雫にあんなことをして。
「だけどな、俺たちの親父だって、雫の母親だって最低だろうが。こんな腐った町で、腐った人間に囲まれてりゃ、誰だってそうなる」
「……言い訳ばっかりするなよ」
つぶやくような拓海の声に、大輔が顔を向ける。
「だったら、自分だけはまともな人間になればいいじゃないか。何でも人のせいにして……何しても許されるなんて思うなよ」
「ふん、だったらお前はどうなんだ? ビビッてばかりで何の行動も起こせなかったくせに。自分がまともな人間だって、胸張って言えるのか?」
「俺は……俺は、あんたとは違う」
「同じだよ。お前の頭ん中は、雫とやることしかねぇんだろ? え? 違うか?」
唇を噛みしめて、大輔のことを睨み付ける。だけど反論できないのは、たぶん大輔の言った通りだからだ。
勝ち誇ったような顔つきの大輔に、拓海はつぶやく。
「俺、この家出るから」
「はぁ?」
「雫を連れて、この町を出る」
一瞬驚いた顔をした大輔が、すぐに声を上げて笑い出す。
「おもしれぇ、できるもんならやってみろ。てめぇみてえなガキがいなくなれば、こっちはせいせいするわ」
そして立ち上がると、部屋の隅にある箪笥の引き出しから何かを取り出し、それを拓海に押し付けた。
「これ持ってどこへでも行っちまえ。親父がお前のために貯めた金だ」
ふんっと鼻で笑って、大輔が部屋を出て行く。拓海は手の中の通帳をじっと見つめる。
見覚えのないその通帳には拓海の名前が印字されていて、中にはわずかながらの金が、毎月同じ日にきちんと入金されていた。
「……拓ちゃん」
そんな拓海の背中に、水紀の声がかかる。
「こんなことを言っても、信じてもらえないだろうけど……」
水紀の声を聞きながら、拓海はページをめくり続ける。
「あの人はあの人なりに、家族のことを考えてるつもりなの。拓ちゃんのことだって……伝え方は、間違ってると思うけど」
通帳の最後の日付は、つい最近だった。つまり父が病で倒れてからも、金は入金されていて……きっと、大輔が。
「こんなもん、頼んでない」
記帳された数字を睨み付けながらつぶやく。
本当は拓海もわかっていた。母が亡くなっても、父が寝たきりになっても、当たり前のように学校に行き、普通に暮らせたのは、大輔のおかげだったってこと。
自分は大輔に養われ、守られていたってこと。
すっと視線を移すと、畳の上にさっきの家族写真が落ちていた。
いつから――いつから、こんなふうになってしまったのだろう。
大輔が、自分が、二人の関係が……少なくともこの写真の頃の自分は、大輔のことを憎んだりしていなかったはずだ。
「兄ちゃん、兄ちゃん」
そう呼びながら大輔のあとを追いかけて回った。鬱陶しがられても、邪険にされても、それでもたった一人の兄さんだったから……。
「拓ちゃん……」
水紀が心配そうにつぶやいた。どうしてだかあふれた涙が、通帳の上にぽたりと落ちる。
殺したいほど憎んでいる兄なのに、拓海は今でもその背中を追っていた。
こんな自分に、振り返ってもらいたくて……。




