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 雨上がりの風を受けながら、雫は港に戻る船を見ていた。

 ――この町を、一緒に捨てよう。

 震える手でこの身体を抱きしめ、かすれる声でそう言った拓海。

 嬉しかった。拓海の真っ直ぐな気持ちと、温かなぬくもりが嬉しかった。だけど――だけど自分は、その想いに応えることはできないのだ。

 くしゃっと髪をなでられる。大きくて包み込むようなその手を、雫はよく知っていた。

「よう、雫。髪、切ったのか?」

 何事もなかったように、平然と声をかけてきたのは大輔だった。雫はゆっくりと顔を上げ、大輔を見上げる。

 大輔に会うのはあの日以来だ。

 食事に連れて行ってやると乗せられた車の中で、大輔は嫌がる雫の身体を抱いた。

 最初から強引な人だと知っていた。いつだって雫の気持ちなどお構いなしで、無理やり恥ずかしいことをさせられたこともある。

 だけどそれでも、付き合ってきたのは……大輔が自分を必要としてくれていると信じていたから。

 けれどあの夜、激しく身体を求めながらも、自分のことを少しも見ていない大輔に、雫は心を決めた。

 もう大輔にすがりつくのは終わりにしよう、と。

「雫?」

 大輔がつぶやいて自分を見る。気づくと涙があふれていて、右手で大輔の腕をつかんでいた。

「何だ? おかしいぞ、お前」

 ふっと力が抜けたように笑って、大輔が雫の隣に腰をおろす。

「俺と別れたいって言ったのは、お前のほうだろ?」

 大輔の前でこくんとうなずく。

 そう、こんな汚れた関係を断ち切りたいと言ったのは自分のほう。それなのに、どうして涙なんて出るのだろう。

「大ちゃん、あのね……」

 喉の奥から、振り絞るように声を出す。

「私……子供ができたの」

 ゆっくりと視線を移し、大輔が雫のことを見る。一瞬強い風が吹き、雫の短い髪がふわりと揺れた。

「……なんてね。驚いた?」

「馬鹿。脅かすな」

「もうすぐ水紀さんの赤ちゃんが、産まれるんだもんね」

 大輔がすっと顔をそむける。大輔だってきっと、いつまでもこんな関係を続けるつもりはなかったはずだ。

 夕焼け色に染まる海。ゆらゆらと漂う波を見ながら、雫がつぶやく。

「大ちゃん。私のこと、一瞬でも可愛いって思ってくれたことある?」

 大輔は黙って、雫と同じ海を見ている。

「ほんの一瞬でも……好きって思ってくれたこと、ある?」

 雫たちの後ろを、のんびりと軽トラックが走り去る。割烹着姿のおばさんたちは、おしゃべりをしながら通り過ぎる。

「馬鹿が……」

 ふわっと頭に触れる、大輔の手のひら。

「雫は可愛いし、好きだから抱いたんだ」

 両手を伸ばして大輔の肩に触れる。ゆっくりと顔を近づけ、人目も気にせずその唇に口づける。

 そういえばこんなふうに、自分からキスすることなんて、一度もなかった気がする。いつだって、求めてくれるのを待っているだけで、自分から求めようとはしなかった。

「大ちゃん……嘘でも、ありがとう」

 立ち上がって背中を向ける。大輔は海を見たまま動こうとしない。

 重たい一歩を踏みしめ歩き出す。そしてその時初めて、雫は自分の想いに気がついた。

 ――私、大ちゃんのことが、好きだった。

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