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 いつもの堤防の上に座って、学校から帰るはずの雫を待つ。だけどいつまで待っても、雫は遼二の前に現れなかった。

「何やってんだよ……あいつ」

 堤防から飛び降りて、海沿いの道を一人で歩く。空が晴れているせいか、山の緑も、海の青さも、どれも眩しく輝いて見える。

 祖母の家の前で、立ち止まった。庭の中にいる人影を見て、遼二は「あっ」と声を上げた。


「お前……何でここにいるんだ?」

 庭先で祖母と野菜の収穫をしているのは、あの拓海だった。

「ああ、広瀬さんちの拓ちゃんだよ。あんたたち知り合いなんだってねぇ?」

 のんびりとそんなことを言う祖母の隣で、拓海は遼二に向かってほんの少し会釈する。

「知り合いって……」

「あんたのこと、訪ねてきてくれたんだよ? 友達ができてよかったじゃないか、遼二」

 誰が友達だって? 今朝あんなことがあって、雫とこいつのことをちょっと心配してやってたら、勝手にこんな所に来て……。

「ああ、そうそう。拓ちゃん、しばらくうちで暮らすことになったから」

「はぁ?」

「家出息子がもう一人増えたって、何にも変わりゃあしないよ」

 祖母が声を立てて笑いながら、縁側から部屋の中へ入っていく。遼二はぼんやりと突っ立っている拓海のことを、睨み付けてやった。

「……そういうことだから。よろしく」

「よろしくって……意味わかんねぇし」

「俺もわかんねぇけど……なんとなくそうなった」

 冗談だろう、と思ったけれど、本当にその日、拓海は家に帰らなかった。


 祖母と遼二、それから拓海の三人で夕食を食べる。

 拓海は無口で、何を考えているのかわからないし、祖母も食事中はあまりおしゃべりをしない。

 だから遼二も会話することもなく、ただ三人で黙々と食べた。


 風呂から出たら、遼二の部屋にもう一組、布団が敷いてあった。

「仲良く寝るんだよ」

 祖母の声を聞きながら、ため息をつく。拓海は風呂にも入らずに、もうすでに布団の中にもぐりこんでいた。

「何で、帰らないんだよ?」

 遼二は自分の布団の上に座り、ひとり言のようにつぶやく。

「まぁ、言いたくないなら、別にいいけど」

 開け放した窓から、生ぬるい風が吹き込んでくる。かすかに漂う匂いは、潮の香りか。

 あたりがあまりにも静かなせいで、潮騒までが耳に聞こえる。

 すると布団の中にもぐったまま、拓海がぽつりと言った。

「人を……殺したいほど、憎んだこと、ある?」

 遼二はぼんやりと考える。

 そんなことは、たぶんない。だけど反対に、自分の命より大切なものとか、一生そばにいたいほど好きだとか、そういうのもない。

 面倒なことには関わらないで、今さえよければそれでよくて……そうやっていい加減に、人と付き合ってきた。莉奈とも……。

「あんたはあるのか?」

「俺は、ある」

 拓海のくぐもった声が聞こえる。

「だけどもう、わからないんだ。誰が正しくて、誰が間違っているのか……たぶんみんな、この狭い町に縛られて、おかしくなってる。きっと俺も……」

 ふと、忘れかけていた雫の言葉が頭に浮かんだ。

 私も……悪いこと、してる――。

「雫が付き合ってるやつって……誰なんだ?」

 そんなこと聞くつもりはなかったのに、遼二は布団の中の拓海に聞いた。しばらく黙り込んでいた拓海が、やがてぼそっと口を開く。

「俺の、兄貴……奥さんも子供もいる」

 勢いよく布団をかぶり直して、それ以上拓海は何も言わなかった。

 もそもそと自分の布団を開き、遼二もその中へもぐりこむ。

 きつく目を閉じたけれど、とても眠れそうにはなかった。

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