15
いつもの堤防の上に座って、学校から帰るはずの雫を待つ。だけどいつまで待っても、雫は遼二の前に現れなかった。
「何やってんだよ……あいつ」
堤防から飛び降りて、海沿いの道を一人で歩く。空が晴れているせいか、山の緑も、海の青さも、どれも眩しく輝いて見える。
祖母の家の前で、立ち止まった。庭の中にいる人影を見て、遼二は「あっ」と声を上げた。
「お前……何でここにいるんだ?」
庭先で祖母と野菜の収穫をしているのは、あの拓海だった。
「ああ、広瀬さんちの拓ちゃんだよ。あんたたち知り合いなんだってねぇ?」
のんびりとそんなことを言う祖母の隣で、拓海は遼二に向かってほんの少し会釈する。
「知り合いって……」
「あんたのこと、訪ねてきてくれたんだよ? 友達ができてよかったじゃないか、遼二」
誰が友達だって? 今朝あんなことがあって、雫とこいつのことをちょっと心配してやってたら、勝手にこんな所に来て……。
「ああ、そうそう。拓ちゃん、しばらくうちで暮らすことになったから」
「はぁ?」
「家出息子がもう一人増えたって、何にも変わりゃあしないよ」
祖母が声を立てて笑いながら、縁側から部屋の中へ入っていく。遼二はぼんやりと突っ立っている拓海のことを、睨み付けてやった。
「……そういうことだから。よろしく」
「よろしくって……意味わかんねぇし」
「俺もわかんねぇけど……なんとなくそうなった」
冗談だろう、と思ったけれど、本当にその日、拓海は家に帰らなかった。
祖母と遼二、それから拓海の三人で夕食を食べる。
拓海は無口で、何を考えているのかわからないし、祖母も食事中はあまりおしゃべりをしない。
だから遼二も会話することもなく、ただ三人で黙々と食べた。
風呂から出たら、遼二の部屋にもう一組、布団が敷いてあった。
「仲良く寝るんだよ」
祖母の声を聞きながら、ため息をつく。拓海は風呂にも入らずに、もうすでに布団の中にもぐりこんでいた。
「何で、帰らないんだよ?」
遼二は自分の布団の上に座り、ひとり言のようにつぶやく。
「まぁ、言いたくないなら、別にいいけど」
開け放した窓から、生ぬるい風が吹き込んでくる。かすかに漂う匂いは、潮の香りか。
あたりがあまりにも静かなせいで、潮騒までが耳に聞こえる。
すると布団の中にもぐったまま、拓海がぽつりと言った。
「人を……殺したいほど、憎んだこと、ある?」
遼二はぼんやりと考える。
そんなことは、たぶんない。だけど反対に、自分の命より大切なものとか、一生そばにいたいほど好きだとか、そういうのもない。
面倒なことには関わらないで、今さえよければそれでよくて……そうやっていい加減に、人と付き合ってきた。莉奈とも……。
「あんたはあるのか?」
「俺は、ある」
拓海のくぐもった声が聞こえる。
「だけどもう、わからないんだ。誰が正しくて、誰が間違っているのか……たぶんみんな、この狭い町に縛られて、おかしくなってる。きっと俺も……」
ふと、忘れかけていた雫の言葉が頭に浮かんだ。
私も……悪いこと、してる――。
「雫が付き合ってるやつって……誰なんだ?」
そんなこと聞くつもりはなかったのに、遼二は布団の中の拓海に聞いた。しばらく黙り込んでいた拓海が、やがてぼそっと口を開く。
「俺の、兄貴……奥さんも子供もいる」
勢いよく布団をかぶり直して、それ以上拓海は何も言わなかった。
もそもそと自分の布団を開き、遼二もその中へもぐりこむ。
きつく目を閉じたけれど、とても眠れそうにはなかった。




