表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/33

14

 畳の上に寝転がり、拓海はさっきからずっと、天井の染みを見つめていた。

 昨夜は一睡もしなかったというのに、なぜだか眠気は襲ってこない。ただ体だけが重苦しくて、拓海はごろんと寝返りを打つ。

 そろそろ、三時間目の授業が始まる頃だろうか。

 学校をサボったのは初めてだ。勉強は好きではなかったけれど、学校を無断で休んだことなどなかった。

 だけどやってみれば、それは意外と簡単なことで、罪悪感もたいしてない。

 昨日から今日までの数時間で、自分の心の中が空っぽになってしまったみたいだ。

 何も感じない。何もする気がしない。何も考えたくない。

「拓ちゃん……」

 襖の向こうから声がした。

「ちょっと、開けてもいい?」

「どうぞ」

 いつもよりぶっきらぼうにそう答えたら、申し訳なさそうな表情の、水紀が顔を出した。


「昨日は……ごめんなさい」

 拓海の前で水紀が言う。拓海はそんな水紀から、視線をそらしたままつぶやく。

「謝るくらいなら、なんであんなやつ庇ったんだよ……」

 水紀が黙ってうつむいた。

 昨晩、あの居酒屋で、兄の大輔を殴った。

 ずっと自分の前に立ちはだかっていて、でもずっとずっと憎んでいた、あの最低な男のことを……。

 それなのに水紀は自分を止めた。身重の体を張って、拓海が大輔を殴りつけようとしたのを止めた。大輔のことを庇ったのだ。

「いいの……私、全部知ってるから」

 うつむいたまま、水紀が消えそうな声でつぶやく。

「知ってて……あの人と一緒にいるんだから」

「なんで……」

 全然意味がわからない。

「あいつ浮気してるんだぞ? 知ってるなら、どうして怒らないんだよ! 水紀さん、悔しくないのかよ!」

「いいのよ。私がそうしたいんだから」

 水紀が顔を上げて、穏やかに、けれど少し寂しそうに微笑んだ。

「私とあの人の付き合いが長いこと、拓ちゃんも知ってるよね?」

 それは知っている。水紀もこの町の人間で、大輔とは小学生の頃からの幼なじみだったと。

「あの人はね、自分勝手でいつも偉そうにしてるけど、本当は臆病で寂しい人なの。みんなに迷惑かけて、自分をかまってもらいたいだけなのよ」

 なんだ、それ。いい大人のくせに。それじゃあ駄々をこねてる、小さな子供と一緒じゃないか。

「私はそんなあの人を待つって決めたの。あの人がどこに行こうと、何をしようと……必ず私の所に戻って来るって、信じているから」

 沖に出て行った船が、必ず港に戻ってくるみたいにね……水紀がそう言って、ほんの少し微笑む。

 拓海は黙って立ち上がった。

「拓ちゃん……」

「もういい」

 水紀を残して部屋を出る。

 父親も、水紀も、雫も……みんなあの男のことを庇って……。

 間違っているのは自分なのか? 悪いのは自分のほうなのか?

 わからない。わからない。わからない――もう何も考えたくない。

 階段を駆け下り、家を飛び出した。

 行くあてなんかなかったけれど、もうこの家には帰りたくなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ