表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/33

12

 夕方から降り出した雨は、かなり激しくなっていた。

 そんな雨の音を聞きながら、拓海は何度も布団の上で寝返りをうつ。

 眠れない……理由はさっき偶然見た、あの二人のせいだ。

 夕方、大輔の車に乗り込む雫の姿を見た。

 馬鹿なやつらだ。こんなに簡単に、不倫現場を自分に見られているくらいなら、きっと町の住人にも知られているだろう。

 そしてもしかしたら水紀だって……。

 胸の中がどうしようもなくもやもやして、拓海は起き上がり部屋を出た。

 何か飲もうかと台所へ向かう途中、まだ灯りの灯っている居間を覗くと、そこには水紀がぼんやりと座っていた。

「水紀さん? まだ起きてるの?」

 時計の針は午前零時を過ぎている。いつもだったら寝静まっている時間だ。

 水紀は拓海を見ると、ほんの少し口元を緩ませつぶやいた。

「あの人、まだ帰ってこないの」

 拓海の心臓がとくんと音を立てる。

「どうせどこかで飲んでるんでしょうけど……」

 確かに、大輔の帰りが遅くなることは、めずらしいことではない。だけどそんな時、水紀は翔太と一緒に、先に寝てしまうはず。

 それなのにどうして今夜に限って、水紀は大輔の帰りを待っているのか? 何か……いつもと違う何かを、水紀も感じているのではないだろうか?

 激しい雨音と共に、どうしようもなく嫌な感情が、拓海の頭を支配する。

「俺ちょっと、兄貴探してきます」

「あ、待って……拓ちゃん……」

 何か言いたげな水紀を残し、拓海は玄関を出て傘を開いた。


 夜道を早足で歩きながら、携帯で兄に電話をする。何度呼び出し音が鳴っても、出る気配はない。

「くそっ」

 携帯を閉じてポケットに突っ込む。

 大輔の居場所なんてどうでもよかった。拓海が知りたかったのは、二人が一緒にいるかどうかだ。もしまだ、大輔と雫が一緒にいるのなら……。

 傘に打ち付ける激しい雨の音を聞きながら、拓海の足はあの場所へ向かっていた。


 しかし拓海の予想した場所に、二人はいなかった。

「なんで……」

 真っ暗で、乱雑に物が散らかっている小屋の中を見回す。ここで二人がしていたことを思い出し、気分が悪くなる。

 拓海は扉を開けて外へ出た。強い風が吹き付けて、雨で全身が濡れる。

 じゃあ、どこにいるんだ? ここ以外の場所でも、あの二人は会ったりしていたのだろうか?

 車に乗って、どこか遠い所まで行ってしまったのだろうか?

 考えてもわからなかった。けれど、何かをしていないと気が気じゃなくて……。拓海は港を駆け抜け、家の前を通り過ぎ、まだぽつぽつと灯りが残る、酒場の方へ向かった。


 漁師仲間が集まる、行きつけの小さな居酒屋で、大輔は簡単に見つけることができた。

「ああ? 何でお前がここにいるんだ?」

 濡れた傘から雨水をぽたぽたと垂らし、息を切らしている拓海のことを、大輔は赤い顔をしながら見た。

「雫は?」

「はぁ?」

「雫は一緒じゃないのか?」

 店の客は大輔の他に、二人連れの知らない男がいるだけで、あとは年老いた店の主人が、カウンターの上を片づけているところだった。

「何言ってんだ? お前」

「知ってるんだぞ! あんたが雫にしてること!」

 大輔が拓海を見てふっと笑う。人を見下したような目つきに腹が立って、拓海はいつもだったら絶対出さないような声を出していた。

「水紀さんの気持ち、考えたことあるのかよ!」

「うるせぇ! お前、いつからそんな偉そうなこと言えるようになったんだ!」

 大輔がカウンターをばんっと叩いて立ち上がる。二人の客が同時に大輔のことを見る。拓海は体中に鳥肌が立つのを感じていた。

「命がけで海に出て、てめえみてぇなガキに飯食わしてやって、学校まで行かせてやってるのは、誰だと思ってんだ! ええ? 拓海、言ってみろ!」

 うつむいて、両手をぎゅっと握る。腕と足が、情けないほどがくがくと震えている。

 そんな拓海を見て大輔は薄ら笑いを浮かべると、また椅子に腰かけて言った。

「お前、雫に惚れてんのか? だったらくれてやる、あんな女。今さらいい子ぶりやがって……俺に抱かれて、嬉しそうに声あげてたくせによ」

 気がつくと右手を握り締めて、大輔に体当たりしていた。椅子の倒れる大きな音と、グラスの砕け散る音。床に倒れて一瞬驚いた表情をした大輔の顔を、拓海は思いきり殴りつけた。

「拓海……てめぇ……」

 反撃に出ようとした大輔を、もう一発殴る。面白いようによろけてくれるのは、こいつが酔っているからだ。

 このまま殺してやろうか? 今ならできるかもしれない――そんな恐ろしいことを考えている自分がいる。

 起き上がろうとした大輔の体に馬乗りになり、胸ぐらをつかむ。そしてもう一度右手を振り上げた時、拓海の背中を誰かが抱きしめた。

「やめて! お願い!」

 背中に当たる柔らかい感触。信じられない気持ちで、拓海は振り返る。

「お願い、拓ちゃん……もう、やめて」

 そこには水紀が、潤んだ目をして拓海のことを見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ