表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/33

11

 いつものように呼び出されて外へ出る。薄暗い港のあたりまで来たら、仕事用のライトバンに乗った大輔が雫を呼んだ。

「早く乗れ。誰かに見られたらまずいだろ」

 その言葉にせかされて、雫は戸惑いながら助手席に乗り込んだ。


 小さな町を出て、海沿いの国道を大輔の車が走る。外はもう薄暗く、ぽつぽつとフロントガラスに水滴が落ちてきた。

「どこ行くの?」

 車で出かけるなんて、初めてだった。会う場所も、やることも、いつも決まっていたから。

「飯食いに連れてってやるって言っただろ?」

 前を向いたまま、どことなく機嫌良さそうに大輔が言う。だけど雫の気持ちは重かった。

「拓……知ってたよ」

 隣にいる大輔の横顔につぶやく。

「私と大ちゃんのこと」

「やっぱりな」

 大輔がハンドルを切った。どこかの店に行くのかと思ったけれど、車は海沿いの寂れた駐車場に止まった。

「まぁ、あいつには何もできやしねぇよ」

 大輔の手が雫の髪に伸びる。いつも頭をなでてくれた、大好きだった大輔の手。けれど雫はさりげなく身体をそらした。

「お腹、すいたよ」

「あとでちゃんと連れてってやる」

「やだ。今すぐ連れてって」

 顔をしかめた大輔が、雫の身体を乱暴に引き寄せる。

「やだっ! いやなの!」

「わがまま言うな。すぐ終わらせっから」

「じゃあ私と結婚してくれる?」

 雫の声に、大輔の動きが止まる。やがて狭い車内に、乾いた笑い声が響いた。

「何言ってんだ、お前。頭でもおかしくなったか?」

「おかしくなんかないよ。奥さんと別れて、私と結婚して欲しいの」

「馬鹿言ってんじゃねぇ。お前だけは、そんなこと言わねぇって思ってたのによ」

 掴まれた腕を、雫は必死に振り払おうとする。だけど大輔の強い力にはかなわなくて……。

 無理やり身体の動きを抑えられて、心までが縛り付けられていく。

「もういやなの! こういうのは!」

「騒ぐな。大人しくしてろ」

「やだぁ! もうこれ以上、誰かを傷つけたくないの!」

 暗闇の中に雫の声が響いた。

 本当はいつまでもすがりついていたい。先がないことは知っていても、それでも大輔と、身体だけでも繋がっていたい。

 だけどもう、奥さんのことも、子供のことも、そして拓海のことも……傷つけたくはないのだ。

 痛いほど強く手首を掴まれた。短い悲鳴をあげた雫の唇が、大輔の唇にふさがれる。

 身体中がぎしぎしと痛んだ。涙を流しながら歯を食いしばる雫の顔を、大輔は一度も見ようとはしなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ