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いつものように呼び出されて外へ出る。薄暗い港のあたりまで来たら、仕事用のライトバンに乗った大輔が雫を呼んだ。
「早く乗れ。誰かに見られたらまずいだろ」
その言葉にせかされて、雫は戸惑いながら助手席に乗り込んだ。
小さな町を出て、海沿いの国道を大輔の車が走る。外はもう薄暗く、ぽつぽつとフロントガラスに水滴が落ちてきた。
「どこ行くの?」
車で出かけるなんて、初めてだった。会う場所も、やることも、いつも決まっていたから。
「飯食いに連れてってやるって言っただろ?」
前を向いたまま、どことなく機嫌良さそうに大輔が言う。だけど雫の気持ちは重かった。
「拓……知ってたよ」
隣にいる大輔の横顔につぶやく。
「私と大ちゃんのこと」
「やっぱりな」
大輔がハンドルを切った。どこかの店に行くのかと思ったけれど、車は海沿いの寂れた駐車場に止まった。
「まぁ、あいつには何もできやしねぇよ」
大輔の手が雫の髪に伸びる。いつも頭をなでてくれた、大好きだった大輔の手。けれど雫はさりげなく身体をそらした。
「お腹、すいたよ」
「あとでちゃんと連れてってやる」
「やだ。今すぐ連れてって」
顔をしかめた大輔が、雫の身体を乱暴に引き寄せる。
「やだっ! いやなの!」
「わがまま言うな。すぐ終わらせっから」
「じゃあ私と結婚してくれる?」
雫の声に、大輔の動きが止まる。やがて狭い車内に、乾いた笑い声が響いた。
「何言ってんだ、お前。頭でもおかしくなったか?」
「おかしくなんかないよ。奥さんと別れて、私と結婚して欲しいの」
「馬鹿言ってんじゃねぇ。お前だけは、そんなこと言わねぇって思ってたのによ」
掴まれた腕を、雫は必死に振り払おうとする。だけど大輔の強い力にはかなわなくて……。
無理やり身体の動きを抑えられて、心までが縛り付けられていく。
「もういやなの! こういうのは!」
「騒ぐな。大人しくしてろ」
「やだぁ! もうこれ以上、誰かを傷つけたくないの!」
暗闇の中に雫の声が響いた。
本当はいつまでもすがりついていたい。先がないことは知っていても、それでも大輔と、身体だけでも繋がっていたい。
だけどもう、奥さんのことも、子供のことも、そして拓海のことも……傷つけたくはないのだ。
痛いほど強く手首を掴まれた。短い悲鳴をあげた雫の唇が、大輔の唇にふさがれる。
身体中がぎしぎしと痛んだ。涙を流しながら歯を食いしばる雫の顔を、大輔は一度も見ようとはしなかった。




