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 女の子なんて単純だ。

 喜びそうな言葉をかければついてくるし、優しくしてあげればキスだってできる。

 だからさっきも、急に泣き出した雫を慰めて、抱きしめることくらい簡単にできたはずだ。

 だけどそれをしなかったのは……。

「お兄さん、いい男だねぇ。これも持っていきなよ」

「……どうも」

 雑貨屋のおばさんに大福をもらって、遼二はそれを袋の中に押し込んだ。

 夕暮れの帰り道をぶらぶらと歩く。

 のんびりと自転車を走らせるおじさん。騒ぎながら自分を追い越していく小学生たち。

 ふと見上げた空に、ぞくりとするほど真っ赤な夕日が見える。

 ――私ね、赤ちゃん、堕ろしたの。

 なぜだか頭に浮かんだ、莉奈の言葉。

 遼二は携帯を取り出し、莉奈のアドレスを呼び出した。そしてそのまま、削除ボタンを押そうとして手を止める。

 消せばすっきりするはずだった。一瞬で終わることなのに、罪悪感のようなものが押し寄せてきて、どうしてもそれができない。

 携帯をポケットに突っ込み顔を上げたら、目の前を歩いてくる男と目が合った。

 ああ、こいつは……何度か雑貨屋のおばさんに、話しかけられている所を見たことがある。確か、「拓ちゃん、拓ちゃん」って呼ばれてたやつだ。

 そんなことを思いながら、すれ違いかけた時、その男――拓海がぼそっとつぶやいた。

「さっき……雫に何したんだよ?」

 遼二が振り返って拓海を見る。拓海は遼二と目を合わせないまま、続けて言う。

「泣いてたじゃないか……あいつ」

「どこから覗いてたんだよ? 趣味悪いね、あんた」

「覗いてたんじゃない! 勝手に見えたんだ!」

 焦った顔の拓海を、からかうように笑ってやった。

「もしかして好きなのか? 雫のこと」

「そ、そんなこと言ってないだろ!」

 こいつ、本当にわかりやすいやつだ。

「まぁ、俺には関係ないけどね」

 そう言って立ち去ろうとした遼二の腕を、拓海がつかんだ。

「雫は……何で泣いてたんだ?」

「知るか」

「あいつが泣くなんて……きっと、よほどのことだから……」

「知らねぇよ。勝手に突然泣き出したんだ。俺は何にもしてないし」

 腕を振り払って拓海を見た。拓海はそんな遼二から、さりげなく視線をそらす。

 二人の間を、生ぬるい風が吹き抜けた。遼二は黙り込む拓海を眺めながら、ほんの少し息を吐く。

 自分だって、気にならないわけじゃない。

 目の前であんなふうに泣かれたら……あんなふうに、辛そうに泣かれたら……気になるのは当たり前じゃないか。

「……雫はバカだ」

 じっとりとした空気の中に、拓海のつぶやくような声が浮かぶ。

「バカだ、あいつは……あんな男と付き合うなんて……」

 その声を聞きながら遼二は思った。

 よそ者の自分は、雫のことを知らない。突然声をかけてきたこいつのことも、何にも知らない。

 なんとなくじれったくて、見ているともどかしくて……だけど遼二は思うのだ。

 自分もこの二人みたいに、不器用にかっこ悪く、生きているのではないかって。

「これ、食う?」

 何気なく取り出した大福を、拓海の前に差し出す。

「いらねぇ。俺それ、大っ嫌いなんだ」

 軽く笑って、遼二はそれを自分の口に入れる。

 空を見上げたら、夕日が山の向こうに沈みかけていて、また少しだけ莉奈のことを思い出した。

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