エピローグ
ジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリ…!
ったくなんだ?ジリジリ星人のジリジリ語なんてわかんないって
ピッピピピッピピピピッピピピピッピピピピピッピピピピピッピピピピピピピピピピ…!
なんでここで、ピッピ星人まで騒ぎ出すかな。
まったく、寝ている人の横で騒ぐなんてこの星のルールをまったく分かってないじゃないか。
HAHAHA!いつまで倒れているつもりだ!そんなことじゃ強くはなれないぞ!たて、たつのだ〜!HAHAHA!いつまで倒れているつもりだ!そんなことじゃ強くはなれないぞ!たて、たつのだ〜!
なんで、家にある陽気なアメリカ軍人を模した目覚まし時計まで会話に加わって……ん?
何とか、片目だけ開けてみる。
そこは、見慣れた自分の部屋で、宇宙人が襲来していたと思ったら、それらはすべてセットしてある目覚まし時計の音だった。
「あ〜朝か。」
体を起こしてすべての目覚まし時計を止める。
アメリカ軍人の目覚まし時計は止めると、『ダダダダダッ、ぐう、やられちまったみたいだ。…弾が残っちまったよ。お前はもう立派な漢だ。俺の残弾も…使ってくれ。後は…まかせ……た』
なんて、少なくとも気持ちよく起きることなんて到底出来はしないフェードアウトをした。
「ハハハ…朝っぱらから託された側は、責任重いよな」
布団の上で、額に手を当てて少しだけうなだれる。
テレビをつける。
天気予報では今日は完全に晴れ。
かけてある制服にブラッシングして着替える。
あの夜から三日。
今日は週の始まり月曜日だ。
ニュースでは、小学校の動物虐殺の犯人が自首したと報道されていた。
「そっか。自首したのか」
時刻はいつも起きる時間より十分弱遅い。
霊に取り憑かれていた男の名前が出る前にテレビを消して、荷物を掴む。
早く行かないと二十重さんと初音さんがご立腹だろう。
「行ってきます!」
くつを突っかけ鍵を閉めて、一気に階段を駆け下りる。
アパートの間から道路に出ると、なぜかノブと、二十重さんと初音さんが待ち構えていて、案の定初音さんは怒っているようだった。
「すいません。ちょっと寝坊しました」
「いえ、つい今さっき来たところですよ」
「高柳。二十重はこういっているが、いつもの平均値より八分二十六秒。金曜より八分五十八秒遅いぞ。こうして坂本まで来ているくらいだというのに、ちょっと、だと?そう思わないか?」
「すいません。気をつけます。」
「高柳?」
初音は上目遣いで、怪訝な様子で恵助を見やる。
「へ?なんですか?」
初音さんはすい、と眼をそらせて、珍しく困ったような顔をした後、淡々と一言。
「いや、別に…なんでもない。」
「そうだぜ恵助。こんな美人をこんなに待たせるなんてなんてうら……悪いやつだ!あっはっはっはっ」
「何だよまったく朝っぱらから。大体なんでノブがここにいるんだよ」
「そりゃあお前、恵助の家の前でぼんやりと会長と副会長が待ちぼうけしてるのを見た日には黙って通り過ぎるわけにはいかないだろう」
「あー、はいはい。そうですか。そうですね。いやー、久々にノブに正論で攻められた気がするよ…あははははは……」
「何だよつれないぜ、お前。顔色はしばらくぶりにいい癖に虫の居所は悪いのかよ」
「何言ってるんだよ。俺のどこがおかしいって?こんなに元気だって。それにそろそろ学校行かなきゃ遅刻しちゃうよ。二十重さんたちも、行きましょう」
「はい。」
恵助は笑いながら歩き出した。
信行は訝しげにその背中を見やる。
「……会長さん、恵助のやつに何か、この休み中にあったんですか?あんなにへこんでいるのは久しぶりに見ますが。」
「まあまあ、あらあら。なにかあったのですかね。」
「そうですか。…何か知っているんですか。俺は何も知らないから力になることが出来ないかもしれないですけど、必要になったら言ってください。」
「そんなことはないだろう。高柳は元気さ。」
初音は小さく口元を緩め、二十重は小さく微かに頷いた。
「そういえば二十重さん、この連休中にこの間借りた全部のしっかりとDVD見ましたよ。」
「『しっかりと』か。そうか、そうか。では、『幽霊新書』二枚目、四十二分三十五秒の時何が流れていたか分かるか?」
初音は歩きながら、ノートパソコンを開いてパタパタとキーをハイスピードで叩く。
「ええ〜?そんな時間、それも秒単位まで暗記してないですよ。」
「フン、そんなことじゃまだまだだ。二十重、そのときは何が映ってるんだ?」
「それは、下弦の月が薄曇りに隠れかけていて、その雲の形がひそかに髑髏の形をしているってシーンね。これはCGじゃなくて本当に偶然こう見える夜に撮影したって言うレアものなんですよ〜」
「またまた…二十重さんも冗談が…」
「正解だ。」
ノートパソコンにその時間の『幽霊新書』の映像が流される。まさに、二十重の言ったとおりのシーンだった。
「うそっ」
「本当だ。高柳もこれくらいになってから出直して来い。」
「ぜひそうなってもらいたいですね。」
「マジですか?」
「二十重は大マジだ。」
初音はかちりとノートパソコンを閉じる。
それを後ろで見て、信行は恵助に耳打ちをする。
「なあ、会長さんたちは結構不思議な世界の人たちなのか?」
「まあ、そんなところだね。」
「そうか〜。恵助、がんばれよ」
ノブはバシッと、恵助の肩をひっぱたいた。
「っって〜ノブッ!いつもより強烈だぞ。少し考えてくれよ」
「まあ、久しぶりに顔色がいいもんだからな。」
そんなやりとりをしているうちに学校についてしまった。
散々霊によって破壊された校舎は傍から見たらとても安全に生活できる様子ではなかったものの、イヤに逞しい校長の方針により土曜日にすべての活動があった部活、職員総出で掃除をして、あとはガラスを張り替えただけで休校にはならないとのことだった。
もっとも、とうぜん損壊がひどい、開かずの間近辺などは立ち入り禁止となっていた。
世間的にはどこかの不良が進入して荒らしまわっただの、地盤沈下による効果だの、地中深くで亀裂が生まれて出来た力場が原因だのと専門家が騒いでいた。
そういえば今年の夏ごろ発売の心霊特集に載せるとかで日曜日にどこかの雑誌のインタビューを受けた学生もいたらしい。
雑誌の体のいいネタ作りだったのだろうが本当に霊による損壊だと知ったらインタビューアーも驚くに違いない。
今日も、塀の外にインタビュー狙いの記者のような影があったことと、心の片隅にここまで騒ぎになってしまったことに申し訳なさがあった以外は普通の学校生活だった。
それと、たまに食べると学校の購買のパンは、酷くうまいことが分かった。
昼食後も普通の、退屈で、少し難しい苦手な数学をこなして。
学校が何事もなく終わり、開かずの間が使えないため柔道場で少し初音さんにひねられた後今日は解散になった。
恵助は家にも帰らず制服のままで夕飯の食材を買いに街に繰り出し、そのついでに街角をじっくりと練り歩いた。
とくに、歩き回っても傷むようなものを持っていなかったので街の南端を越えて聖地公園がある小さい山を登って、公園の端のベンチに座った。
冬が影も形もなくなって昼間はもう暖かいって言うのに、夜になると風は時々冷たかった。
独り。
すこしだけ、ぼんやりとして。
独り。
すこしだけ、ため息をついた。
日が沈んできて、公園端の方まで暗いカーテンが引かれるころ、恵助は重い腰を上げ、少しだけ遠回りして家路についた。
未だにスイッチは最鈍化。
スイッチを鋭敏化させて何もみえなかったらと思うと、どうも最鈍化のスイッチを切りたくなかった。
街に出て、無駄に道を曲がりながら、後一キロほどで家に着くというところの遮断機さえない小さな線路で、何か引っ掛かった。
何か、いる気がした。
これは霊感によるところではなく、単なる直感で、だ。
イヤだったけれど、スイッチを鋭敏化にシフトさせる。
すると、線路の中心でうずくまってシクシク泣いている、まだ小学校に上がるか、あがらないか位の男の子がいた。
「どうしたんだ?こんなところで泣いていたら危ないだろ?」
恵助は隣にしゃがみこんで男の子を観察した。
[お母さん。お母さんはどこなの?]
頭を振って、男の子は恵助の制服の端を掴んだ。
さらに視ると、どうやらこの子はここで線路にくつを挟んでしまった母親と一緒に電車に引かれて死んでしまったらしい。
母親は角度的に息子が生き延びたように見えていたらしく、もう成仏できたらしい。
だからこそこの子はここに一人取り残され、縛られているってわけだ。
「ボク、上を見れるかい?」
[うん。]
「じゃあ、あそこでお母さんが呼んでるのは分かるかい?」
空では、きれいな星が瞬いていた。
[ああっ、ほんとだぁ。]
「そう。じゃあ、お母さんのところにいけるね。」
[でも、ボク…]
また、男の子は下を向いた。
恵助がそこを覗き込むと、枕木がまるで手のようになって少年の足を掴み、同化しかけていてとてもこのままでは上にはいけそうにない。
これが、この子が母親を待ちながら、会えるまで待ち続けるため、ここにとどまり続けるために力を使ってしまったツケ。
ここに自分を押さえつけるイメージだ。
「大丈夫。ボク、名前は?」
[カズユキだよ]
「そっか、カズユキ君。これからこの木を何とかしてあげるから、もう迷わないでまっすぐお母さんの声がするほうにいくんだよ。」
[お兄ちゃんこれ何とかできるの?]
「こう見えて、お兄ちゃんはすごいんだ」
力こぶをつくる様なしぐさの後、恵助は買い物袋をとりあえず置いて、学生かばんから浄霊ハリセンを取り出した。
二、三度振ってから、変形した枕木のイメージをひっぱたく。
まるで、少年の足に高圧電流が流れたように急に枕木の手は弾かれて脚から手を離し、元のただの枕木へと形を戻していった。
「これで大丈夫。」
少年の霊は開放された足を何度か踏みしめて光を放つようなまぶしい笑顔を浮かべて、
[ありがとうお兄ちゃん!]
というなりふわりと浮かび上がった。
「声がするほうに真っ直ぐだよ。もう迷っちゃだめだからな〜」
[うん!バイバイッ]
手を振って男の子は真っ直ぐに上に昇っていった。見えなくなるころ、周囲を見渡さずに再び、すぐに恵助は最鈍化のスイッチを入れた。
ハリセンをしまって、買い物袋を拾って家に帰る。
カンカンと寂しい音をさせて家に入り、夕飯を作って余りを冷凍にしてしまった。
「つまらない、な。」
カーテンを開けて窓を全部開けた。
空にはまったく雲がなくて、冬の放射冷却の夜のように星がきれいだった。
「はあ。」
また、少しぼんやりして、ため息をついてしまった。
なんだよ。俺はいつからこんなに暗くなったんだ。
「あ〜、月が、星がきれいだなぁっと」
一人でそんなことをいったとき、窓がからりと半分閉まった。
「まったく、立て付けが悪いのかな」
すべてまた開け放つ。
が、また、窓は半分閉まった。
「え………あれ?これ、は?」
振り向けなかった。
その代わりに、窓をまた全開にしてみた。
フレームがカタカタとゆれて、今度は勢い良く全部しまった。
そして、服の裾が引っ張られる。
振り向く前に、恵助は霊感の最鈍化スイッチを切る。
ゆっくり、ゆっくりと振り向くと、そこには照れたように笑うレイコがいた。
「レイコ……」
[あなた、私が見えているの?]
恵助の言葉を受けて演技がかった様子で、レイコは初めて会ったときみたいに言ってきた。
「はは、まあね。」
[私はレイコ。苗字は忘れちゃったから、ただのレイコよ。記憶のかけらを探しているんだけど、あなたがよかったら、協力してくれないかしら。]
「こんな俺で役に立てるなら。」
[あなたの名前は?]
「高柳…恵助だ」
[契約、完了だね。恵助]
レイコは首をやや傾けながら、俺の顔を覗き込むようにそういった。
「レイコ。……お帰り。」
よかった。
何でレイコは戻ってこれたのか、とか、あの時は本当に消滅してしまったみたいに感知できなかったのに、とか、そんな陳腐な言葉じゃなくて、とっさに出た言葉がお帰りだったことに恵助は嬉しくなった。
恵助の言葉を受けて、レイコも嬉しそうに微笑んで。
[ただいま。っていうか、この間日曜には復活してたんだけど、あなたぜんぜん気付かなかったんですもの。今日だって朝初音さんは気付いてくれたのに気付いてくれなかったし。だから気付いてくれるまで何もしないで待ってようと思ったんだけど、恵助、一人でつまらないなんていうんだもん。わたしもいつまでもこのままじゃつまらないなあって。]
肩をすくめて見せた。
「それなら、すぐにいってくれればよかったのに。」
[まあ、その代わり、面白いものを見れたからよかったけどね〜]
「……まて、面白いものって…?」
[ん〜、日曜には復活してたのよ?私は。]
「日曜……ああっ、ってことはつまり?」
[いや〜、いいのよ。だって恵助は男の子だもんねぇ。そりゃあ、プルートがどんなものなのかばらされそうになったら霊感の有無なんて簡単に白状しちゃうってもんよね〜。納得、納得。]
「ちょ、待てよ!」
ぎゃいぎゃいと、下の階の迷惑も忘れて騒いだ。
こんなことなら、やっぱりレイコと契約しなきゃ良かったかも、と思った。でも。
どちらからともなく、二人は壁に寄りかかるように座り込んだ。
「レイコ…」
[ケースケ…]
二人は同時に名前を呼び合い一瞬困った顔を見合わせて笑った。
「これからもよろしく。レイコ。」
手を差し出すとレイコは軽く光るその細い手で、優しく握り返してきた。
あの、楽しい日々はもう少し続いてくれそうだ。
「うん。よろしくね、恵助。」
栗色のレイコの髪は頷いた拍子に揺れ、月光が当たってまるで純金で出来ているように、綺麗だった。
――――――――第一章終幕
第一章、完結です。
第二章は今構想を練っているところなので、同じ世界観の親戚作品(小日向一年後の世界)をアップしていきます。
これは某所で初めて区切りまで完結させたカキモノです。今見直すとうぉこれやべぇですよ。となってしまいます。
でも、思い入れはすごいです。
あなたが、よんでいる間少しでも、退屈ではない時間を過ごせたなら、うれしいです。
では、また他の作品でお会いできるとうれしいです。