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同化


最近の動物虐殺事件のせいか、小日向小学校の校門にはしっかりと鍵がかけられていた。


明正はぐるりと小学校を一周した後、再び校門前に移動し、錆び付いた包丁で薙いだ。


轟、というすさまじい音とともに、校門はひしゃげ、頼りない軋みとともに人一人通れるほどの隙間が出来上がる。


「か、かかかか、かかかかかかかかかっ」


閉まりのない口の端から漏れる生ぬるい吐息と共に、地獄の軍団長のように禍々しい笑い声がこぼれた。


体の調子はいい。


シンクロの具合もいい。


ふらふらと校門の隙間を通り抜けようとしたとき、明正はひしゃげた鉄棒に足を引っ掛けて勢いよく倒れこんだ。


「かかかかかかかか」


じゃり、と口に入った砂をかじり、転んだことなど歯牙にもかけずひとしきり笑い転げて顔を上げると、紺色の飼育網に囲まれたウサギと、仕切りを立てた隣に丸くなっている鶏たちがいた。



鶏は鳥目だから逃げてくれない。


少しつまらないから前菜代わりだ。ウサギは後だ。



錠前に衝撃波を飛ばして吹き飛ばす。


音に驚いたのかウサギたちは飼育小屋の隅のほうへ移動してまるで大きな雪団子のようになっていた。


「ひゅ、」


鶏どもを薙ぐ。



噴水のように血を吹き上げ、はじめに頭を切り落とした鶏は飼育箱内を走り回り、痙攣して倒れた。


見えはしないだろうに、危険を察知したほかの鶏たちも大きく羽ばたいたり走り回り始める。


「や、っとと、おお、おおおもしろろくなて、きききた。」


羽をむしる。

突く。

薙ぐ。

えぐる。

殴る。

蹴る。

耳を切り落とす。


撥ねて逃げようとした足を切り落とし、勢いあまって転ぶ姿を、わが子が自転車に乗りこなせなくて転ぶ姿を見るようにいとおしげに見る。


気分がいい。


白い毛皮はその瞳よりも赤黒く染まる。


今、こいつらの生殺与奪は俺の気分しだい。


その小刻みに揺らした鼻はもう敵を察知するためではなく、土に転がりシミを作るためだけに存在し。


俺は今、確かにこいつらの絶対の神なのだから。


その赤瞳は砂を満遍なくまぶしながら、何も見えなくなった自分の足で転がすために存在する。



「ひゅ。」


すべての鶏たちをただの肉塊に変え。


すべてのウサギたちをただのたんぱく質のオブジェに変え。


あるものはつるし、あるものはそのままに、あるウサギだったものはうまく皮をはいで、鶏だった肉塊にかぶせてみたりした。



流れ出た大量の血で、今までの血で錆び付きかけた包丁を研ぐ。


ひとしきり子供たちの憩いの園を、恐怖の、狂気の園に変化させた。


「かか、かカカカカカカかっかかかッカカかかかかか」


手に、服に、顔に、体に、赤黒い液体を満遍なく浴びて。明正は高らかに笑った。


程なく、まるでスポンジが吸い上げていくように、明正の体に付いた血は体に吸い込まれていき、包丁にべったりと付いた血以外はどこにも、綺麗さっぱりなくなってしまった。



[おい、そろそろ行こうぜ。ここにはもう何も無いんだからよぉ。]


「ああああわかかっててるるる」


背骨が体の中心から体の端に寄ってしまったように体をくねらせ、たたらを踏みながら明正は破壊した小日向小学校の校門を後にし、道一本挟んで向かい合っている、小日向高校校庭につながる裏門を切り裂いて破壊した。



[ああ、昔は学校なんて存在がうざったかったが…今は、いい気分だ。薄い緑のライトに照らし出される宝箱みてぇなもんだからなぁ。本当に、いい気分だ。]


「ああ、アあアア、渇くククく」


[あせんなって。今ここでお前が『使いすぎ』でダウンしちまったら元も子もねーんだ。そろそろ節約して行けや]


「ああ、うあ」


担いでいる作業用かばんからクラフトテープを取り出し、校舎、特別棟の窓に無造作に貼り付け、ガラスを殴り割り、音を出さずにテープをはがして鍵を開けた。






常春の夜。


昼間の名残の酷く優しい暖かさは、墓石のように凍てついた校舎にあいた暗い穴に吸い込まれていく。


転がり込むように窓から侵入する。


あと少し。



あと少しで同化できる。


再び、黒い炎のような影が明正の背後に浮かび上がる。




影から伸びる糸のようなものは明正の四肢に深く絡みつき、まるで、傀儡師と傀儡人形のようだった。











恵助たちは小日向高校の裏門側にたどり着いた。

そこは、見慣れた通学路とは大きくかけ離れたものだった。



隣にある小日向小学校の校門が、そして高校の裏門が何か圧倒的な力で切り裂かれている。


霊気が、線のように小日向高校の裏門からここまでつながっている。もし高校に行ってからここに進入したとすれば、今まだここにいるのかもしれない。


つまり容易に惨状を想像できる。


今まで、小学校が襲われたときには必ず小動物が殺されているんだから。


学生かばんからハリセンを取り出す。



「レイコ、ここで後ろから誰かこないかしっかり見ていてくれ。コッチには来なくていいからな」


もしかしたら目の前にウサギや鶏の死体があるかもしれないんだから女の子に見せるわけにはいかない。



しっかりと強めの口調で念を押すと、レイコはコクリと頷いた。


不意に霊障を受けないようにゆっくりと息を吸い込んで、霊感を鈍化させる。


今度はゆっくりと息を吐き出して、緊張を無理やりねじ伏せる。


ちょうど人一人分ほどの校門を抜けると直ぐ、散々暴力の限りを尽くした後がしっかりと残されていた。



「う…あ」



わかっていたけれどそれはとてつもない光景だった。


月明かりが曇ってくれたおかげでしっかりと見えなかったことがせめてもの救いか、鶏だったもの、ウサギだったものは見せ付けるようにつるされていたり、切り裂かれていたりするのだ。



空気は、饐えたような、生臭い鉄のにおいに満たされ、その濃厚で重い空気はひとたび吸い込んだ瞬間に、食道に附着し、塞いでしまうのではないかというほどである。


胸にどす黒い泥の渦巻きのようなものが生まれる。駆け上がってきそうになるそれを、口を押さえてなんとかこらえる。


もう一度、ゆっくりと息を吸い込んで、周りを見渡してみてもここは事後現場らしく、誰かがいそうな気配はまったく無かった。



[恵助〜あのね、日本では来るなっていうのは来ても良いよってことなんだよ〜だ。ジュワッ]


校門の外で一人待つのが退屈になったのか、レイコはそんなことを言いながら門の上を跳び越してコッチに来た。



「バカッ!来るな!」


[馬鹿とはなによ馬鹿とは!世間的には馬鹿って言ったほうが馬鹿とされてるんだから]



そんな場違いなことを言っているレイコの前に手を伸ばして視界をふさぐ。


[何をやってるの?何かあったりするわけ?]


レイコは体を傾けて向こうを覗こうとする。


恵助もそれに合わせて体を傾けて、また視界をふさぐ。


「何も無いし、ここには誰もいないみたいだから小日向高校のほうを見に行くぞ」


[それはそれでいいんだけど、ここに何があるのかだけ見せてよ]


「何も無いって言ってるだろ!少なくとも、ここに女の子が見るべきものは何も無いつーの!」



[そう、なんだ。ふーん……ところで、恵助くぅん。]


口元に人差し指を当てて、急にレイコは上目遣いになり、熱のこもったような声を上げて体をもじもじと揺らし始めた。


「何だよ急に。ダメなものはダメだって。早いところいかないと何が起こるかわからないだろ!」


[けぇ〜すけ〜、うぅ〜ん]


軽く口をすぼめて、目をつぶって、レイコは顔を恵助に寄せた。



「おい!って、え?何だよ急に?あ、ああああって、レイコってば」


[ん〜〜]


どんどん顔が近づいてくる。


二十センチ、

十五センチ、

十センチ。



「まてまてまてまて〜!訳がわからないぞ」


[女の子に恥をかかせるつもりなの?]


七センチ。


「そんなこといったって」


五センチ。

すぐそこに、レイコの唇が来ている。


「あー!わかったよ。」


恵助も目をつぶったとき、レイコはすっと恵助の体をすり抜けた。


「ああ、おい!待っ……」


[まったく初心なんだから。さーて、いったい何が……きゃああああああああああああああ]



恵助がレイコの目をふさぐよりも早く、この惨状を目撃したレイコは恵助の肩につかまり、頭を恵助の胸に押し付けて小刻みに震えていた。


「悪い。……はじめからはっきりといっておくべきだったな。」


恵助はそのままレイコの頭をなでて、静かに眼を閉じた。


そうだった。自分で言っていたくせに、まったくわかっていなかったんだから。


レイコがいったとおり俺は大馬鹿だった。本当にどうしようもない。


残った手で、顔を押さえて空を見上げた。家を出たときに出ていたように思った月は、厚く大きな雲に隠れて今は見えもしない。



「レイコ……やっぱりお前帰れ。」


小さく、低い声でゆっくりと。その声には苦渋の響きが含まれていたが、まったくの無表情で恵助は言い放った。


[え?……けい、すけ?]


見上げてきたレイコの瞳が揺れた。声も少しだけ裏返っている。


「帰れって言ったんだ。こんなただの動物の死体を見ただけで参っちまうようなら邪魔になるだけだって言ってんだよ」



きゅっ、と少しだけ強くレイコの指が肩に食い込んだ。


「聞こえなかったのか?何度だって言ってやる。邪魔だからすぐに帰って待ってろって言ったんだ!」


自分でもそんなつもりは無かったのに、これじゃただレイコに怒鳴っているみたいだ。



初めて俺が大きな声を出したからなのか、レイコは体を大きく痙攣させて、肩に捕まっていた手を離した。


[恵助…本気で言ってるの?]


「あったりまえだろ!だいたいただでさえ悪性霊なんて厄介なのに、お前みたいな邪魔者までいたらホントに俺がこの動物みたいに殺されちまうってんだ!」



レイコは世界のすべてから孤立してしまったみたいに像が薄くなって、二、三歩分後ろに下がっていった。


レイコの様子を見ていられない。


この事件に首をつっこんだのも、ここまでレイコを引っ張ってきたのも、ましてレイコがこの状況を見てしまったのも俺が、俺がすべて悪いって言うのに。



追い討ちみたいなことを言ってさらにレイコを悲しませているんだから。


恵助はレイコに背を向けた。


「じゃーな」


俺が悪いことなんてわかってる。でも、今だけはこれが正しいんだって自分を無理やり納得させる。



[何…よ!なによ!ついて来てくれっていったかと思ったら、邪魔だから帰れですって?ふざけないでよ!いったい何様のつもりなのよ!言われなくたって帰るわよ。一人だったから殺されちゃいましたなんてことにならないように、せいぜい気をつけることね]


背中に浴びせかけられるレイコの言葉に足も止めずに恵助は校門を抜け、いっきに霊気をたどって高校の校舎へと走っていった。


[恵助の大馬鹿ヤロー!]


手を突っ張って、小さくなって見えなくなった恵助に思いっきり怒鳴りつける。




はぁはぁと肩で息をして、少し呼吸が落ち着いてきたころ、レイコは一気に空に浮かび上がり、アパートの部屋とは真逆の方向へと目を向けた。


つまり、小日向高校の方向にである。


[知らない。あいつがそう来るなら私だって好きなようにさせてもらうからいいもんねーだ!誰が言われたとおりになんてなるもんですか!]



空中で一人地団駄を踏んでから、校門側へ回り込んでみると、そこには見覚えのある二人がいた。


[あれは……]


やや不機嫌ながら、意地悪な笑みを浮べてその場で二回転半旋回する。



[あいつが必要ないって言ったって、霊感が無い二人に私がついていくのは私の勝手だもんね]



レイコは高度を落とし、鍵を開けて正門、職員玄関から校舎内に入ろうとしている二十重と初音のすぐ後ろにくっついた。









「うわー…なんでまた、人間は夜の校舎を緑色のライトで照らそうと考えたかな」


特別棟へと霊気を追いかけてくると、ひとつの窓が破られているところを見つけた。



昼間の、あるものは高い志を持って勉強しに、あるものは嫌々ながら仕方なく学校のシステムへの怨嗟を飲み込んで勉強しに、あるものは内に秘めた想いを想い人に告げに、もしくは告げられずに葛藤に流されながらすごす、良くも悪くも我らが学び舎は、色気の無い地獄の釜のそこのように禍々しい雰囲気で満たされている。



「不気味ッたらない」


窓に飛びついて校舎に侵入する。



もし普通にガラスを割って進入してくれたなら警報装置に引っ掛かったりガラスが割れる音を聞きつけた近所の人に通報されたりしただろうに、中途半端に気が利くというか…前科もちの霊なのかもしれない。


特別棟二階へとつながっている霊気を確認してから改めて霊感のスイッチを鈍化へと入れなおす。



ハリセンを二、三度振って、使えることを確認する。


姉貴曰く。


このハリセンは人間にはただのボケ担当への突っ込み用アイテムで、霊体には一発で、『余地』のあるものにはすばらしき慈悲の神の導き手のようにアッチ側への扉を開き、そのものを縛る鎖を解き放つ力を持ち、そうでないものは現世にとどまろうとしがみつく腕を切り裂き、踏ん張る足を砕き折り、杭を引っこ抜き、強制的に叩き堕とす、アッチ側への強制連行片道切符だという。


さらに、タイミングさえ合えば敵の悪意の塊を飛ばされたときにそれを防いだりも出来るということらしい。



「要は最高のタイミングで霊体の方をブッ叩けって事、だよな」


ひとつ半深呼吸をして一気に階段を駆け上がる。


階段を駆け上がったとき、正面の渡り廊下に見えたのは薄暗闇に、まるで傀儡のようにふわふわゆれながら渡り廊下を進む繋ぎを着た一人の男だった。










[おいおいおいおい。ここまできて後ろにいるやつはいったい何なんだ?もうあんまり力が残って無いって言うのによぉ]


ちょうど明正が立っているところは渡り廊下を渡りきるところだった。


「な、ナなななにがが、どういい、イウコッこっととと」


頭を小刻みに振りながら、緩慢な体の動きでやっと振り向くと、そこには一見華奢に見えるハリセンを持った青年が立っていた。


「どうすスレスればばいいあああ」


[お前が手に持っているものは何だ?]



手元を見てみるともう、柄の部分の木から根が伸び、手に食い込んで体の一部になってしまっているように一体感のある血塗られた包丁があった。


「ほう、ちう」


[そうだ。包丁だぜ?じゃあそれはいったい何のためにあるか知ってるか?]


「りょ、りょうううりいぃ」



[違う。もっと簡単なことだ]


「あぐぅう?」


[切るためだ。斬るためだ。つまり、殺すためにあるんだゼェ]



「う、ううううううぶうううう?ころ、コロスゥ?」


影の言葉に反応して、めちゃくちゃに明正は包丁を振るった。当然、まだまだ十メートルほど先にいる恵助にあたるわけが無い。


[おい、落ち着け!……やっぱりいい加減やべぇか。]


明正の背後に浮かぶ影には定期的にノイズのようなゆれが起こっていた。


「ああああぐうううううあああ」


[やべぇ!血が、切れる!]



明正が、ひときわ大きく体を痙攣させて崩れ落ちた。


脳がセーブする力を影が取っ払っているために、体を起こそうと体をよじる筋肉の力だけで背骨が軋む。


「アアアアあああああああああアアああアアアアアあ」


包丁を持つ右手を突っ張って、無駄に空を切り裂き、左手は体を掻き毟り、指を体に食い込ませていたずらに血を流し始める。




「拒絶反応、か?ここしかない!」


恵助は一瞬気おされていたが、霊と男のシンクロに乱れが出たのを見逃さずに一気にハリセンを振り上げて駆け寄った。


振り上げられたハリセンは薄ぼんやりと光を放ち、暗い闇に軌跡を残している。


[なんだ?あれは……やべぇ!ただのハリセンじゃねぇぞ]


「や、ばいイイぃいい」



[おい明正、思いっきり包丁を振りやがれぇ!今すぐにだ]


「あ、うぉああああああ」



無理やり影は明正の腕に自分を食い込ませ、大振りで一薙ぎ。


薙いだ包丁からは校門などを切り裂いたときよりずっと小さな衝撃波が飛んだ。


体制が悪かったので、衝撃波を放った明正自身も激しく回転しながら渡り廊下の先へと吹き飛ばされ、勢いあまって左腕が掃除用具の入ったロッカーにぶつかり、吹き飛ばされた勢いは殺したものの鈍い音を立てた。


「アガ、おお、折れ、オレ、折れたアアあ」


[うるせぇよ!今は痛くねぇだろーが!俺様に貸して少し黙りやがれ]


そんなやり取りしている影と明正。


一方恵助に向かうは、空気を切り裂く耳鳴りを伴う轟音と衝撃波。


見えない、視ることが出来ないそれだったが、進むと同時に振動で渡り廊下のガラスを次々に割っていたためにタイミングを合わせ、恵助はハリセンの一撃でそれを弾き飛ばした。



[なにぃいいいいいい!]


明正のダメージで『明正自身』が弱まったのか、『アキマサ』はずるずると体を引きずりながら起き上がることができた。


しかし、衝撃波を弾き飛ばした痺れが解ける数秒の間だけの静止で再び恵助は明正へと走り出す。


[やべぇ!やべぇやべぇやべぇやべぇ!どうするどうするどうするどうする?あと少しだって言うのによぉ]


立ち上がろうと左手を突いて起き上がろうとしたが、力なく腕は折れ曲がりまた転がって仰向けになってしまった。



[アアああああああああああああああああああ!]


仰向けに倒れたまま上を見ると、すぐそこにハリセンを持ったガキは近づいてきている。



もう衝撃波を放つほどの支配力は残っていない。

次にさっきと同じくらいの力を出しちまったら、支配が解けて俺様自身の維持も難しい。



何か、この状況を何とかできるものはないか周囲を見渡す。


転がっているのはロッカーからぶちまけて転がっているほうきとモップ。手も届かない上に使えもしない。



足音が近づいてくる。



後数秒で送られちまいそうだ。


「いつまでもしがみついてないで、早いところあるべきところに還れ!」


頭の上でガキのそんな声が聞こえた。


クソッ!クソックソッ!こんなところで!ここまで来て邪魔されてだめになるなんてクッソヤローがぁぁ!



声のしたほうを身のうちにある総ての恨みをこめて睨み付ける。







と、唐突に状況を打破するものが見えた。



[アアアアアアアアアアアアアアア!あっったぜぇ!神様とやらがいたならまだ俺様の味方だったみたいだぜぇ!]


まっすぐ上、渡り廊下と校舎側のちょうど間のところに、収束した微弱な念動力を放つ。


そこには地震や大規模な火事などが起こったときに被害の拡大などを防ぐために設置されているシャッターがある。



イメージする。


巨大な手のひらでシャッターをつかみ、引き摺り下ろしてふたを閉じる。


空間を分断する。


あの、存在の危機を、恐怖を遠ざける。



[っらああああああああ!閉まれぇコラァ!]


ガリガリとコンクリートと鉄がこすれる音が、危機が接近する音を掻き消した。


眼を見開いて『敵』が見えなくなるさまを凝視する。


予想外の出来事に眼を見開いて、敵はさらに走るスピードを上げようとしていたみたいだったが、直ぐに顔が見えなくなる。



間に合うわけがねーだろうが。自然と口元が緩む。


腰まで隠れ、シャッターが閉まりきった直後、その向こう側に敵がぶつかった音がした。


「くそっ!上の渡り廊下から回るしかないか!」


一度シャッターを殴りつけ、恵助は直ぐにきびすを返して走り出した。


[くはっ、ぐかははははっ]


ぶるぶると体中を揺らし、何とか体を起こす。どうやら『明正自身』は限りなく弱まったらしい。今の影が操る『アキマサ』でも動くことができるようだ。



地面を這いずる足のもげた羽蟻のように、転がるモップへと近づき、柄をへし折って破ったつなぎで腕に縛りつけ固定する。


[あのヤロー、クソッ!俺様をここまで苦労させやがって!ブッ殺す!必ず殺す!苦しめて苦しめて地獄の底まで苦しめて然る後に殺してミンチにして霊魂引っ剥がしてまた殺してやるぅぅ]


壁に体を押し付け、何とか立ち上がる。


後は階段をひとつ上がるだけだ。そうすれば、アレがある。それさえ手に入れちまえば。



体を揺らしながらやっと階段を上りきった。転びそうになって何とか開かずの間の扉にぶつかって倒れこまずにすんだ。


また、念動力を絞って錠前を破壊する。


わかる。

直ぐそこで俺様を呼んでいる。



くそ狭い道を、導かれるように抜け。


山のように積み上げられているガラクタをどかして小さな箱を掘り起こす。



箱を開くと、薄ぼんやりと目標の小瓶が光を放っていた。


[ついに、ついに見つけたぁっ。]


座り込んだまま天井を仰いでオオとも、ゴオとも聞こえる雄たけびを上げてから、アキマサは二つある瑠璃色をした小瓶の片方の中身を飲み干した。



アキマサは三度ほど、大きく体を痙攣させる。


痙攣させるたびに、まるで、皮膚の下を虫か何かが這いずり回っているように血管や肉がうねり、体が一回り大きくなっていく。



そしてまるで、アキマサの眼窩がなくなっているように見えるほど瞳孔が開き、白目がなくなっていった。


[はぁああああああああああああああああ]


ノーモーションで浮かび、立ち上がる。



[気分がいい。やっとひとつになれたんだからなぁ。]


[で、俺様をてこずらせたやつを殺すんだろ?]


[そうだな。でも、その前にこの学校内に進入したやつらがいる。]


[そうか。そいつらを殺して血をすってから、全力でブチ殺すんだな?]


[ああ。そうしよう。]


[俺様もそうするつもりだぁ]


ぶつぶつと自分同士でそんなことを言った後、アキマサは開かずの間を飛び出した。


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