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弁当天国、応用的には地獄。


まただ。


また、この夢を見る。


触れただけで肌が切れてしまうほど細いテグスのようなもので作られた荒縄で体を縛られているような。



それだけじゃなくてその荒縄で人形を操るように手足を無理やり動かされるような夢。


体の節々がギシギシと悲鳴を上げ、一度息を肺に入れるだけで体が内側からはじけそうなほど痛む。



まるで今すぐにでも、体が塩になって崩れてしまいそうな。


まるで灼熱の業火の中で、一人踊っているような。


まるで凍てつく氷の中で、一人たたずんでいるような。


漆黒の影が迫ってくる。


同じく自分から影に迫って行く。


とにかくあれは俺を呼んでいる。


すぐに行かなければならない。


なんとしても。どんなことをしても。



そこに行かなきゃならない。


俺は行かなければ壊れてしまう。



渇く。


渇く。



どんどん渇いていく。



夜が来るたびに。


疼く。


疼く。



どんどん疼いていく。




夜が来るたびに。



あそこに行かなきゃならない。


止まらない。止まりはしない。


俺はこのまま壊れるのも、渇き死んでしまうのもいやなんだから。



行けば渇きは止まりそうな気がするんだから。



あの、瑠璃色の小瓶の中身を飲みさえすれば。


この疼きは、止まりそうな気がするんだから。











ギシリと、体がきしむ。


軋んだ勢いで四肢が千切れ飛んでしまいそうだ。


いつからか。たまにこうなるようになった。


息を吸い込めば内側から押しつぶされてしまいそうで。


鑢で出来た鎖が体中に巻き付いて、傀儡人形のように勝手に体を動かされているような感覚。

どこかに逃げ出したいけれど、逃げ出す前から、どこにも逃げられやしないのだと理解している自分がいて。



でも必死に体を揺らしてみれば、その鎖はさらに四肢に残酷に食い込み。


いっそ、このまま体が弾け飛んでしまうならどれだけ楽だろうと思ってみても、けっしてそれはかなわない。


誰に教わったわけでもなくこの苦痛を識っているから。



でも、この夢は体に食い込み、ぎりぎりと体を締め上げる。


精神を食み、肉体を食み、魂さえ食んでいく。



どんどん細く、小さく、薄くなっていく影。


薄くなっていくカゲ。


そして、消えてしまう直前にそっと鎖の上に添えられた手を握る。



ゆっくりと深海から浮かび上がるような、だるさを伴う快感が訪れる。



体が軽く、温かくなっていく。


[…………!]




――もう少しだけ。


[……………!]



――あと少しだけ。


[っ!起きろー!]


布団が弾け飛ぶ。



勢いよく体が引き起こされて、やっとまぶたを開けるとこそにはいつものようにレイコの顔があった。



「おはようレイコ。今日も綺麗だけどもう少しだけ優しく起こしてくれると、とても俺は嬉しい。」



一瞬だけ目を開いて返事をしたものの、恵助は再び甘い泥土に飛び込もうとしている。


[寝ぼけて、自分で何を言っているのかわかっていないんでしょうけど!いいかげんおきなさいよね!遅刻しそうなんだから!]



レイコがだいぶ慣れた様子で指を鳴らすと、恵助がしっかりと握っていた布団は弾け飛び、押入れの前にたたんだ状態でふわりと落ちた。



[ほら、ぐずぐずしないで準備しよ準備!]


「ああ、毎朝悪いね。助かるよ。」


高校に入学してからはや二週間がたとうとしていた。



[もう慣れたよ。ほら、お弁当の準備もしておいたから早いところ行きましょう]



レイコは毎日のように弁当を作っておいてくれる。


最初のころはどうやっているのか聞いてみたりしたが、そのたびになにやら不思議な笑みを浮べてお茶を濁すばかりなので、突っ込みを入れるのはやめておいた。


「サンキュ。」


ハズレが多い福袋弁当を受け取り、さっと準備を済ます。



その間につけていたテレビからは、どこかの動物園でオカピといわれる馬みたいな珍しい動物が生まれたことが報道されていた。


今日は曇りの金曜日。


明日、明後日と晴れだから行楽にはもってこいの週末だとも。



レイコは、その動物が気に入ったのか一人でひとしきり歓声を上げてから、真顔で。


[恵助。ビビッと来たよ。あそこの動物園に必ず私の記憶の残滓がある。]



なんていっている。


恵助はさっさと手を動かしながらいつものように振り向くと、そこには当然のように、いつものようにレイコはふすまから頭だけすり抜けさせて着替えを覗いていた。



「仮にあっても、たぶん俺たちが行く前にその珍しい動物が残滓を引き連れて中国に行っちゃうだろ。だから、残念だけどあきらめてくれ。」


[のりが悪いわね。ちょっと動物園に行くくらい良いじゃない]


ムーっとむくれながら、レイコは手を突っ張って顔をしかめた。



「考えてみてくれって。レイコと動物園に行くって事は、俺は『男独りぶらりと動物園へ珍しい動物めぐりの旅』をしなきゃならないんだぞ。そんな道行き悲しすぎるって。」



[そんなことないって。だって私がいるんだから。]


「じゃあ、そのうちな」


[絶対だからね。じゃあ、遅刻しちゃうし早く学校行きましょ〜]



「わかったよ。じゃあ、行ってきます。」


[いってらっしゃ〜い]


レイコと一緒に玄関をくぐり、はじめは少し不安を覚えたさびた階段を軽快に駆け下り、隣の家とのわずかな隙間を抜けて一階のおばあさんに挨拶を済ませて道路に出ると、そこにはひそかに、毎晩寝る前の御伽噺を楽しみにしている子供のように目を輝かせている二十重さんと、およそ表情を読み取ったりなど出来ない、いつもどおりの平静な初音さんが待ち構えていた。



「おはようございます。二十重さん、初音さん」


「おはようございます、恵助君、それにレイコさん」



二十重さんの視線が恵助の左側に移動するのを確認して、レイコは恵助の右側に回りこむ。


[ふーん、見えてないくせに]


――何をすねてるんだよ。



オカ研に本入部してから毎日二十重さんたちはここに迎えに来るようになった。


というか、何か用事がある休み時間、放課後のバイト、レイコの記憶探しの時間以外は朝も、昼休みも、放課後も実質的には行動をともにしている状態だ。



どうやらそれが気に入らないのか、レイコは毎朝の挨拶のときは機嫌がすこぶる悪い。


「おはよう。しかし、昨日より三分二十三秒、平均より二分四十九秒ほど準備が遅かった。高柳、あまり二十重を待たせるのは許さないぞ。」



言葉は、穏やかで静かなくせに抑揚がつかないというだけでこれほどまでに恐ろしい響きになるのかというほど、朝からナイフのような言葉を投げかけてくる初音さんにも、少しだけ慣れてきた。


「わかりました。明日はもう少し早く出てきます。」


「あらあら。私たちだって来たばかりなんだからそんなに早く出てくることもないんですよ」


そういいきるや否や、二十重さんはぱちんと胸の前で合掌するように手を合わせ、学校への歩を進めながら



「昨日はどうだったんですか?何か特別なことは?ポルターガイストやラップ現象、枕元に霊が立つその他もろもろのことは起こったんですか?」


なんて、カウボーイの投げ縄のように質問を投げかけてくる。



[何それ!私は悪霊じゃありませんから!]


「そう毎日毎日特別なことは起こりませんって。それに、レイコはそういうことするタイプじゃないですし」


[そうそう。どんどん言っちゃって〜]


レイコはボクサーのような動きで二十重さんを牽制している。



当然、二十重さんは気付きもしていないけれど。


レイコの奴、実はそれほど不機嫌じゃないみたいだ。見えていなくても自分を意識されているのだから、当然といえば当然かもしれない。



「そうですか。それはレイコさんに悪いことを言いましたね。なにか、変わったことがあったりしたらぜひ教えてくださいね。」


二十重さんは目を輝かせたまま恵助の顔を覗き込んだ。


「そう、ですね。なにかあったら、ですけど。」



なはは、なんて曖昧な笑い方をして、照れ隠しに顔を背ける。


「そういえば昨夜放送されていたあれを見ましたか?」


「あれって、何のことですか」


「高柳。先週も同じことを二十重は言っている。『本当にあった投稿怖い話』を見たのかといっているんだ」



「ああ、すいません。昨日レイコとチャンネル争いをして負けちゃって、同じ枠のバラエティ番組を見ていたんです」



そう答えてから、ああ、昨日チャンネル争いをしていたとき、家の中にはラップ現象もあったし、レイコの引き起こしたポルターガイスト現象もしっかりあったことを思い出した。




――レイコ、悪霊だったのか?


[そ、そんなわけないでしょ!大体悪霊が弁当なんか作るわけないでしょ。]



そう、弁当を作る悪霊はいないだろうが、レイコの弁当には地雷が埋めてあることが多々あり、その意識が遠のいて、息が苦しくなる味を考えるとレイコは悪霊なんだろうかと真剣に思ったりしてしまうのだ。


――…まあ、そうだな


[何よその間は〜!]


――なんでもないって。


また二十重さんのほうへと向き直ると、二人はそれぞれのかばんの中から大量のDVDディスクを取り出し始めた。



「それは……いったい?」


「二十重に、おそらく高柳はその番組を見ていないといったら、わざわざDVDに焼いてもっていくなんていいだした。」


「恵助君、こっちの三枚が『幽霊新書』一枚あたり二時間くらいですからちょっとした映画みたいな感じです。こっちの五枚が昨日までの『本当にあった投稿怖い話』で、これは投稿された内容を再現VTRにまとめてあって、とても面白いですよ。それとこっちが『こぼれるハラワタ・忍び寄る恐怖』シリーズ全十三巻で、徹底的にリアルさを追求したそのつくりには感動すら覚えました。それに…」



次々とDVDを扇のように広げながら説明を延々としている二十重の横で、初音は説明が済んだDVDを受け取り、それを恵助へと押し付け、その間に次なる心霊番組のDVDを二十重に渡していく。



その様子を唖然と見つめる恵助の腕にはどんどんDVDの山が出来ていく。


いったいどんな仕組みなのか、明らかに恵助の腕の中にあるDVDの体積は二十重さんのかばんのそれを凌駕していて、ついに松下コンツェルンは四次元ポ○ットならぬ四次元かばんを開発したのではないかという勢いだ。



「ちょ、ちょっと良いですか二十重さん。こんなにたくさんだととても観きれないですし、それに学校において置けないです、って!初音さん、何気に積み上げるペースを上げないでください!」



[そんなオカルトいんちき番組なんてどうかと思うけど。幽霊なんて眉唾だしね。フフフ、さあ、恵助の腕力、バランス力はどこまで持つのでしょうか。実況は私、レイコがお送りします。]



ふわりと恵助の両肩に手を置いて、レイコはこの状況を楽しんでいるようだ。


――ちょっとお待ちなさいセニョリータ。じゃああなたは何だというのデスカ。そもそも、少しくらい手伝ってくれても良いじゃないか。



腰の辺りに出した手の上のDVDはもう頭の辺りまで積み上げられている。


[やーよ。がんばってね、ケイスケクン。おおっっとDVDがたわんだぁ!そしてそのまま重力に引かれてぇ〜]


「ああああああああああああああああああああああ!」


[たぉおおおおれたぁあああああ!]


K-1のアナウンスのようなレイコの実況と恵助の悲鳴、そしてドガンラガシャ〜ンとものすごい音を立ててDVD山は崩れ去った。下には恵助を埋め立てて。



「あらあら〜、恵助君たら無理でしたら言ってくださればよかったですのに」



口元に人差し指を当てて、困ったように二十重さんは小悪魔ッぷりを発揮し、その横では初音さんが珍しく微笑を浮べ、レイコはおなかを押さえて爆笑していた。


「何でも良いですから、この重しを何とかしてください〜」


恵助の弱りきった声が、通学路に響き渡った。




余談だが、ある家の人はこの声で起きて、会社に遅刻せずにすんだとか。



そんなこんなでそんなことをしているうちに、あっという間に恵助たちは学校についてしまった。









紺色のつなぎを着た百八十センチを超える巨躯の男は、ふらりと体を揺らした。


知らない家の塀に寄りかかり、手を額に当てて、混乱する思考をまとめようと記憶をたどる。



ええと。



確か、昨日は朝起きて、飯を食わずに現場に行って。


[ちがう]



ああ、その前にコンビニによって、飲み物を一本買って。ついでにクラフトテープをひとつ買って。



現場でいつものように作業して。



それで。



ああ、あんまりにもこびりついて。錆び付いて砥石が必要だから、店に寄ったんだ。


あのいけ好かないやつが、着いてきていて砥石を買っているのをみて


「お前がこの近所の動物殺して回ってるんじゃねえのか」



なんてぬかしやがったから、すれ違いざまに思いっきり殴り飛ばしてやった。


うずくまった奴に一発蹴りを入れて。



そんなの俺のせいじゃないに決まってんだろうが。



[違う]



頭の中がぐるぐる回って、なんだか熱があるみたいだ。


軽い吐き気を押さえつけて、なんとなく足が進むまま歩いたら、見えたのが小日向高校とその隣の小日向小学校だった。


自分が卒業した学校だ。


小学校を取り囲むフェンスに重い体をもたれさせて、空を見上げてみた。



空は、重く、薄暗い雲に覆われていて、気持ちの悪い今の気分を象徴し、さらに悪化させてくるように感じる。


[チガウ]


最近、記憶の混乱と欠落がひどい。



気がついたときには、とんでもなく苦しい悪夢にうなされて朝目が覚めて。


昨日の記憶がごっそりと抜け落ちているなんてことがざらだ。




[あはははははははははははははは!『抜け落ちてる』とは笑わせてくれるぜ]


病院に行ったほうがいいんだろうが、借金返すために名義を二束三文で売っちまったから、いったいいくら請求されるかわかったもんじゃない。


それに、今医者なんて信じられるわけがない。


ゆっくりと息を吐き出して目を泳がせると、今背を預けているフェンスのすぐ横にウサギとウコッケイを飼っている飼育小屋を見つけた。


[都合が良いじゃないか。ついに見つけたんだから。]

都合がいい?



[もう準備は出来たんだからよぉ、さくっと済ませて、その勢いでもってだなぁ]

す、済ませる?



[そーそー。昨日までのようにさくっと]

そんなこと俺はもう…



[そんなことって何だ?そうさ、おめーは覚えてんだよ。自分でやろうと思ってやったことなんだから、ほんとに忘れてるわけがねぇ。]


やろうと思った。俺が?動物を…殺してる?


[最初はむしゃくしゃして。今じゃ渇くからだろ]


渇…く。渇いてる。俺は、渇いて、いる。



[残り……片割れは小日向高校の開かずの間だ。わかるだろ?]


あ、ああ。ああ。わかった。わかってる。わかってるさ。



こんや、やっと。



この渇きから開放されるんだ。








手を突っ込んだバッグの中には、砥石と、クラフトテープと、乾いた糊のような血がべったりとついた包丁が入っていた。











教師、生徒ともにどこかやる気にかけた、ゆったりとした授業の終了を告げるチャイムが鳴った。


廊下を全速力で走り去っていく音が響き始める。


「これで、授業を終わります。」

教師の言葉と、日直の号令によって、出走のラッパは吹き鳴らされた。


必要以上に強い力で開けられた教室のドアはきしみ、我先にと駆け出すクラスメイト半数以上によって、今にも弾け飛びそうになっていた。



時間は十二時四十三分。


昼休みになってから三分。

たった三分。されど三分。



比較的早く授業を終わらせる教師だったものの、もう食堂は埋まり、購買の人気商品はかなりの品薄になっている時間だ。


恵助はゆっくりとかばんから弁当を取り出し、一度だけ深呼吸をした。



回りでは女の子たちが瞬時に机の配置換えを済ませて、仲良しグループで昼食をとりやすいような陣形と、お互いを牽制するバリケードを作り上げている。


やけに軽く感じるそれをしっかりと手に持ち、ジュースの自販機に行列を尻目に一気に階段を上る。



以前宣言されたとおり。二十重さん達は昼時になってある程度の時間がたつと教室に弁当、パンなどを持って押しかけてくるようになった。


当然、そんなことを繰り返してもらっていると、親戚だということでおさまった二十重さん騒動の炎がやっとくすぶるくらいまでに治まってくれたのに、それじゃあこっちの身が持たないということでいつの間にか恵助は開かずの間で昼食を済ませるようになってしまっていた。



[けーすけー、今日も開かずの間に行くわけー?]


レイコは一瞬俺の左側に移動しかけて、ふわりと右側に移動する。

――まあ。せっかくノブに治めてもらった話をまたややこしくするのはゴメンだし。


[ふーん。前にも話したけれど、あそこ、なんだか嫌な気配がするよ。悪霊に近いような。]

――そうか?俺は感じ取れないな。まああれだけの呪物が転がっていれば禍々しい雰囲気くらいかもし出していて当然かもしれないし。



[ふーん。]

――ふーん、ふーんってどうしたんだよいったい


[べつに〜。なんでもありませんけど。]


――じゃあその不機嫌ですって書いてある顔は何なんだよ。


[なんでもないって言ってるでしょ!ほら、着いたからその話は終わり]

――なんなんだよ



小首をかしげながら恵助はかわいい熊のキーホルダーつきの鍵を取り出し、中に入っていった。


慣れとは恐ろしいもので、はじめはあれほど中に入ることに抵抗があったのに今ではそれほどでもない。


山と積まれているものをすり抜けて部室の中心部へと到達すると、部活動のときとは違いちゃんと電気がついていて、さらに初音さんのパソコンにはコードがつながっていてが昼のニュースが映されていた。



「遅くなりました。」


「あら、そんなことはないですよ〜。つい今さっき私たちも来たところです。」


そういえば二十重さんは朝もそんなことを言っていたなぁ、と思って初音さんを見るとどうやら本当にそれほど遅くなかったらしくせっせと弁当を食べられる準備をしていてこっちに突っ込みを入れてくる様子もなかった。


恵助も四角く並べられた机に座り、弁当をおく。


レイコが用意してくれる弁当は三種類。




ひとつは見栄えが異常に悪くて、コケのような色と焦げたような色と炭のような色で構成されていて、見たところ素材がわからない上に味がとんでもないハズレ。



ひとつは見栄えが異常に悪くて、コケのような色と焦げたような色と炭のような色で構成されていて、見たところ素材はわからないが味はいける不思議なアタリ。見栄えが悪いときにはこっちの確率が高い。




また、小さく深呼吸をする。


パカリ、なんて間抜けな音をさせてふたを開けると、今日は白米とキレイに焼き色のついた卵焼き、それに小さなサラダとから揚げや、タコ形ウィンナーが入っているという出来のよさそうな弁当だった。



――キ…キタ――――――!



きれいな弁当を見て、背中に悪寒が走る。脳内で思わず絶叫してしまう。


[どうどう〜今日は特に上出来だと思うのー。食べてみて感想くれると嬉しいな〜]


レイコは左右に移動し、俺の肩越しに弁当を覗き込みながらそんなことを言っている。



そして、最後のパターンはとてもキレイに、おいしそうに、上手に出来ていて、一番とんでもない味がする特急ハズレ。


つまり、これだ。



そして、我が家の冷蔵庫内に、昨夜は『鶏肉』はなかった。


じゃあ、この『から揚げのようなもの』は、いったい『何揚げ』なのか。


ぞくりと、背中に悪寒と一滴の冷たい汗が走る。


二週間、週末をさっぴいて十日間のうちで弁当を作ってもらったのは八日間。

この弁当は今日で三回目。



見栄えが悪いほうは五回中一度だけ地雷が埋まっていただけで後はおいしくいただけたが、

『よく出来た。上出来だ。会心の出来だ』

とレイコが評する過去二回、ともにハズレだったのがこのパターンである。



そして、十日間のうちで作ってくれなかった二日間は、このパターンの弁当を食べたときにうまいことリアクションが出来なかったからレイコが次の日は作らないと怒ってしまったからである。


――ありがとな、レイコ。


レイコにお礼を言っておく。というよりも本当にレイコには感謝してる。



朝自分で弁当なんか作れないし、昼食にパンばかりじゃ栄養が偏るからといって弁当を作ってくれるレイコは何気に栄養のバランスも考えてくれているし。


ただし、いったいどうやって作っているのか、その手法に問題があるんだろう。



初音さんはイメージに合わないファンシーなデザインのバスケットの中のサンドイッチをほおばりながら、例によって何を言うでもなく、こっちの様子を見ていた。


小さく咳払いをして、割り箸を割る。


ゆっくりと箸を伸ばして、一番失敗しにくそうなタコ形ウィンナーをつまむ。


[どう?タコさんウィンナー!]


レイコは体を揺らして、俺が弁当を食べる瞬間を見逃さないように凝視している。



レイコが見逃さんとしているんだから、たとえ天地がひっくり返ろうが大地震が起きようがもう逃げ場はない。


出来るだけ自然に目をつぶって、タコさんウィンナーを口の中に放り込んだ。



「うん。……うま……イぃ〜!」


ああ、口の中はカタストロフィ土石流。



目をつぶっていたのに、きれいな花がたくさん咲いた川原を垣間見てしまう。


しょっぱくて、えぐくて、苦くて、甘くて、辛くて、甘くて、苦くてえぐい。


ウィンナーの本来の味は口に入れた一瞬だけ。



一瞬、普通においしかったから、まさか後からこんな衝撃的な味が追いかけてくると思わなかったから!



警戒警報が発令されていたのに災害が来なかったと思って家から出たとたん大洪水にさらわれてしまったみたいなうかつさ。


飲み込んだタコさんウィンナーはのどを通った瞬間に毒蛇になって、らせん状に回転しながら食道を下り、胃の中を我が物顔でのた打ち回っている。



正直、敵を殺すのに毒薬はいらぬ。レイコのタコ形ウィンナーさえあればいい。


しかし。しかし、オトコ高柳恵助。


三度目の正直、今度こそレイコに気づかせずに食べきって見せようじゃないか!



弁当を作るうえで、前日に研いでおいてタイマーセットしてある米についてはまずハズレということはない。


一気に三個の卵焼きを口に放り込む。



ざり、と強烈な存在感を主張する卵たち。


かなりの殻が混じっているのか二度咀嚼すれば一度は殻をかんでしまう。そして味のほうは、殻をかじった瞬間に『これは溶け残りの砂糖ではないんでしょうか』といいたくなるほどそれはそれは甘口に作られていた。


このままかんでいるのはきついので口の中のすべてを使って、胃のほうへと送り込む。



自然と箸は白米をつまもうとしていたが、この後から揚げと、残り二体のタコウィンナーをしとめなければならない。


箸の軌道をずらしてサラダを片付けに入る。



そのとき、またこの近辺で起こっている学校の動物を殺して回る男のニュースが流れていた。


「怖いですね。動物たちに罪はないのに。」


「罪がない、抵抗する力もない小動物だからこそこういう下種なことをするんだろう。この手の犯行はエスカレートしやすいから、下手をしたら次は人を襲うかもしれない。まったく食事がまずくなる話だ。」


ニュースには監視カメラの映像が映し出されていた。つなぎのようなものを着た、大柄の男のようだった。


時間が時間なため、服の色や、顔などは良く映っていない。


が、なにか、男には黒い影がまとわりついているように見えた。


「あのカゲは何なんですかね。男に巻きついているように見えますけど…」


「…………いったい、何の、話だ」


初音さんはこっちを見て、いつになく歯切れの悪い返事をしながら手ではよどみなくサンドイッチを口に運ぶ。



「監視カメラの映像が全体的に黒っぽいのは夜だからじゃないんですか?」


二十重さんも、あのカゲには気付いていないようだ。


まるで、鎖か蛇のように男に絡み付いて見えるカゲには。


[恵助、あれ、コッチのものじゃない?]


――やっぱりそうか。この学校のほうに近づいてきているし、今日バイトないし、今夜あたり町の散策もかねて少しコッチのほうに来てみるか。



[な、危ないよ恵助。警察も張ってるだろうし、そんなことやめなって。]


――まあ、そうなんだけど、もし幽霊関係だったなら見えない人が近づくのも危ないだろ?もし本当にただの危ない人だったなら警察に任せちゃえばいいだろうし。


[そんなこと……!]


ちくりと、再び悪意の念をぶつけられたような気がして、周囲を見渡してみる。やっぱり、どこからなのかわからなかった。



――どうかしたのか?レイコ。


[ん、なんでもないよ。]


――ならいいんだけど。


「ああ、映像が夜だからですかね。なんだか目が悪くなったみたいで。勘違いだったみたいです。」


恵助は、なはは、なんてあいまいに笑って、顔を青くしたり赤くしたり白くしたりしながら弁当の残りを平らげた。



レイコはそんな俺にところどころ怪訝な顔をしていたものの、ばれることなく何とか弁当を食べきることが出来た。






もっとも、次の時間の体育は、いつもとなんら変わりない内容だったにもかかわらず拷問のようだった。




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