Introduction 新しい出会い
そのとき、先生達が階段を上がり切り、こちらへ向かって来た。…正しくは、さっきから早く来ないか早く来ないかと、待ち構えていたのがようやく来た。
「あ、っと。タイムオーバーだな。江藤、お前F組だろ。早く戻った方が良いんじゃないか?富永も佐々木も、戻った方が良いぞ。松井、澪、中に入ろう」
「あっ、そうだね」
と香奈。少し慌てた様子だ。
「流石に初日から先生に目をつけられるのもね。じゃあね、上宮君」
それに続いて、麻菜が手を振った。軽く手を挙げてみせる。
「まあ、話は今度、じっくり聞かせてもらうぜ?上宮」
「何の話だよ……。まあいい、じゃあな」
未だ誤解の解けぬ江藤を見送り、私達は、美樹、澪とともに中に入った。
途中で、こっそり美樹に尋ねる。
「なあ、その「可愛い子」って、やっぱり……」
「うん、青柳さん。まさか上宮君と仲良しなんて。後で紹介してね」
目をキラキラさせる美樹。まさかそんなに「可愛い女の子」に喜ぶとは思わなかったよ。
「ああ、さっきは2人で話をしてしまったからな。悪い」
「気にしてないない。久しぶりだったんでしょ?まあ、今日ゆっくり話をしなよ」
屈託の無い笑みに、ほっとする。澪を紹介するのを、すっかり忘れていたからね。
「まあ、俺とというより、母さんと、だろうけどな」
そこで会話を打ち切る。先生が入ってきたからだ。
「皆さん、席に着いて下さい。ただいまからホームルームを始めます」
活気溢れる壮年の男性。それが、第一印象だった。無駄にエネルギーの多い、数学教師と言った雰囲気。
「今年一年、このクラスを担当する、進藤龍太です。担当教科は国語です。よろしくお願いします」
……けれど、意外にも丁寧な口調で自己紹介するその教師は、国語担当だった。どんな授業をするんだろう……
「それでは、学生証を配ります。出席番号順にとりに来て下さい」
その言葉に、私の前に座っていた男子が2人立ち上がった。慌ててそれに従う。
学生証は、薄型の半透明のカードだった。写真も名前も書いていない。ICデータを読み込むタイプらしい。こんな所まで電子化しているみたいだ。まあ確かに、個人情報はばれにくそうだけど。
私は「上宮」だから、すぐに順番が回ってきて、私の分を受け取る……
「……ん?上宮君、君は新入生総代として、講堂で生徒会長から渡されたはずでは?」
……はずだったんだけど、進藤先生にそう言われた。相沢先輩、渡し忘れたな……
首を振ると、先生は困った顔をした。
「そうですか……。それでは、明日にでも彼女から受け取って下さい。放課後はいつも、生徒会室にいるはずですから」
「分かりました」
お預け。しかも、また彼女と関わらなければならないらしい。正直、役員やるような優等生とは、関わりたくないのだけれど。
席に戻ろうと踵を返すと、苦笑を堪える美樹と、疑問を目に浮かべた澪が目に入った。肩をすくめてそれに答え、席に戻った。
全員に学生証が行き渡った所で、進藤先生が再び口を開いた。
「それは3年間使いますし、卒業時に返却する事になっています。更に、パソコン室や図書室、更衣室などいくつかの部屋に入る時、鍵としての役割を果たしています。なくさないようにして下さい」
……つまり、早く貰わないと、ものすごく行動を制限されるってことでは?
「それではこれから自由時間にします。それぞれ親交を深めて下さい」
そう言って、進藤先生は教室を出ていった。
「……………」
時計を確認。ホームルームもどきが始まってから、10分も経っていない。
……早っ!
「なあ、上宮って、さっき挨拶してたよな?」
進藤先生の記録的なホームルームもどきに呆気にとられていると、前の男子が声を掛けてきた。
「え?ああ、まあな」
「ってことは、模試で毎回1位とってた、あの上宮涁?」
「……知ってるのか」
私は今日初めて知ったのですが。
「そりゃあなあ。10月の模試とか、マジビビったし。天才だな。
あっと、自己紹介が遅れたな。俺は飯島賢人。実田瀬中出身。よろしく」
「別に天才とか、そんな大げさなもんじゃないから。弥丘中出身、上宮涁。こちらこそよろしく」
ていうかその模試、何点取ったか知らないし。
飯島は、髪を短く刈り上げた、いかにもスポーツマンって感じの男子。顔はまあ…そこそこかな。声が大きいけれど、それが嫌じゃない。不思議と好印象を持てる少年だ。
「おい安藤、お前も来いよ。上宮、紹介するな。安藤俊希。中学が同じなんだ。安藤、弥丘中の上宮涁。全国一位の、あの上宮だぜ」
「……安藤俊希です。よろしく」
安藤が頭を下げてきた。安藤は黒髪を無難な長さに切った、目のぱっちりした、大人しそうな細身の少年。でも、すばしこそうな印象がある。陸上部の短距離専門、て感じ。
「上宮涁です。こちらこそよろしく。……飯島、その肩書きは勘弁してくれ」
頭を下げ返してから、飯島に渋面を作ってみせる。飯島が笑い声を上げた。
「事実じゃん。しかし、神様って不公平。上宮、モテるだろ?天は二物を与えずって、言ったの誰だよって感じ」
「別に、モテたという覚えは無いな」
実際、恋愛なんて無縁だったもんね。好きな子位は出来たけど、振られたし。
「そんな嘘要らねえし。さっきだって、可愛い女子に囲まれてたじゃん」
……可哀想な江藤。カウントされていない。本当に女子に囲まれていたのは彼だというのに。
「いや、あれは中学のクラスメイト。澪は昔の幼馴染」
「名前を呼び捨てとか、凄いじゃん。久しぶりに会った女の子だろ?そういうのって、盛り上がらねえ?」
……こういう話って、女子の専売特許じゃなかったっけ。何かギラギラしてるんですけど。
「別に」
首を振ってみせたら、飯島が実に残念そうな顔をした。言葉短に否定されると、追求出来ないよね。
「2人とも、部活はどうするんだ?」
チャンスを逃さず、話題転換。澪の話は、今はしたくない。
「ん、俺は野球部だな。小学校から続けてたし。安藤は陸上続けんの?」
「うん。走るの好きだから」
嬉しそうな顔で語る安藤。近いうちに、クラスの女子から「可愛い男の子」に分類されるだろう。
「そういう上宮は?」
「迷い中。中学まで、空手を続けてたけど」
男子と女子は実力が大きく違う。筋力がものを言うからね。諸事情を鑑みると、私が出来るかというと、まあ、無理だろう。
「ふーん。続ければ良いんじゃね?」
「そんなに強くなかったしな。新しい事を始めるのも悪くない」
女子にはよくある理由だと思うけれど、男子に通じるかな?
「まあ、そうかもな」
良かった、通じたみたいだ。