Expectation 思わぬ再開
その時、もうすぐ教室という所まで来た事に気が付く。
「松井、席順ってどうなってた?」
唐突な問いかけだったけれど、美樹は即答した。
「出席番号順よ。だから上宮君は最初の方。まあ、休みはいないみたいだったから、すぐに分かるよ」
「そっか。ありがと」
「どういたしまして。あ、そう言えば、クラスにめっちゃかわいい子がいたの!」
いきなり目を輝かせ興奮しだした美樹にやや引きながら、無難な相槌を打った。
「へえ。どういう風に?」
「顔は勿論なんだけど、もう、雰囲気が!超可愛い!!確か名前は……」
「涁…………?」
不意に、鈴を転がすような声が私の名前を呼んだ。その声は、遥か昔に聞いたそれに、よく似ている。
振り返ると、人形のように可愛らしい、小柄な少女が私を見つめていた。140センチ少し位だろう。形の良い小さな頭を覆う明るい茶色の髪は、背中に少し届く程度。大きな瞳は、夢見るような、不思議な光を讃えている。その瞳に吸い込まれるような、不思議な錯覚を覚えた。
年賀状で見たままの、懐かしい少女だ。
「……澪?どうしてここに?」
小2の時に県外に引っ越した親友、青柳澪だった。中2の春に文通を止めてから音沙汰無しだった彼女が、何故か目の前に立っている。
澪はその大きな瞳をますます見開いて、私をじっと見つめた。
「え?え??上宮君、彼女と知り合いなの?」
驚きのせいか、尋ねる美樹の声がひっくり返っている。視線をそちらに向けて、頷く。
「青柳澪。小2までこっちにいたんだ。幼稚園も一緒で、親同士も仲が良かったから、毎年年賀状をやり取りしてた」
最近まで文通していたと言うと、あらぬ誤解を受けそうだったので、言わない事にした。美樹がロマンス万歳、という目をしてるし。いや美樹さん、それは無いから。絶対無いから。
「そうか、上宮君と一緒の小学校の子、いなかったね、この中には。だから知らないんだ」
納得した様子で香奈が頷く。そう、私達は出身小学校が結構バラバラ。美樹と江藤は一緒だが、後はそれぞれ違う学校。
私も香奈に軽く頷いてみせ、もう一度澪に向き直る。
「澪、いつ戻って来たんだ?連絡の1つくらい、してくれれば良かったのに」
返事は返って来なかった。澪は相変わらず、呆然とした表情で私を見つめている。
「澪……?」
目の前で手をひらひらと振ると、ようやく我に返ったようだ。
「あ、うん、ごめん。あの、春休みに引っ越したんだけど、ばたばたしてたから。去年の夏に決まってたけど、受験前だったから、連絡するのは遠慮したの」
「そうだったのか。気を使わなくても良かったのに」
そう言いながら、何とも言えない違和感を感じていた。
どうも、澪が挙動不審だ。そわそわしているし、何かを言おうとしてはやめて、というのを繰り返している。その上、どうも私を見る目がおかしい。久しぶりにあった親友……あ、いや、記憶修正が行われているのなら、友人か、ただの幼馴染に格下げされているだろう、に会ったにしては、どうも嬉しそうでは無い。自分から話しかけてきた割には、テンションが低い。
もしかして、久しぶりに会った男の子に、緊張しているってこと?
私は同性のつもりでいるけれど、澪にとっては当然異性だ。やはり、久しぶりに会った異性を相手にするのは、緊張するはず。
心の中で自問自答していると、澪が躊躇いがちに、こう言ってきた。
「涁、その……。何か、随分、えっと、変わったね」
……おかしい。何がおかしいか、言葉にできないけれど。何かこう、大きな食い違い、というか、見落としがあるような……
「……まあ、久しぶりだから。8年ぶりだろ」
とりあえず無難に答えると、澪は首を振り、どもりながら言った。
「……ううん。そうじゃ、なくてね。去年の年賀状の写真と、随分、その、変わった、気が、して」
……………年賀状?
「そうか?まあ、写真と実物って、印象がかなり違うからな」
「実際には変わってないよなあ。ちびのままだし、声も高いし。上宮、身長に関しては、中1から変わってないんじゃねえの?」
「うるさいな。伸びたよ、一応」
「ほー?」
江藤の茶々に反射的に言い返し(実際の私は、3年間で10センチ以上伸びたんだからね!女子で162㎝って、大きい方だからね!)、
「まあでも、会ってない方が分かるんじゃない?ほら、よくあるでしょ。家族は気付かない変化に、他人が気付くっていうの」
「ああ、そうかも」
麻菜のフォローに頷いてみせながらも、
「まあ、そういう事だと思うよ、澪。澪はどこのクラス?」
「……1−D」
「へえ、一緒だ。またよろしくな」
「年賀状」という言葉に。澪の態度に。
「……うん、よろしく」
予感が、した。
「澪。今日、帰りにうちに寄って、母さんに顔見せに行かないか?喜ぶと思う」
とはいえ、ここでそれを確認するわけにはいかない。だから、話はうちで。
「……うん、そうする」
言葉の裏に隠されたメッセージを、澪はきちんと察してくれた。
後は、家に帰ってからだ。
「ええっ、良いなあ!私も行きたい!弟君を見てみたい!!」
……ただし、この予想外の事態を上手く片付けられたら、だけど。
美樹の言葉に、苦笑する。
「いや、そんな、見て面白いものでも……。それに、澪が来るなら、母さんを交えて昔話をする事になる。話に入れないだろうし、悪いよ。また次の機会にな」
少なくとも、私が裕真と「兄弟」を演じられるようになるまで待って欲しい。
「そうそう。俺たちは邪魔だって。なあ、上宮?それにしても、お前なかなかやるな。こんな可愛い子……」
「だから、単なる幼馴染だって。邪魔な訳ではないから」
実際は邪魔なんだけど。来られるとマズいんだけど。
しかし江藤、私にそういう趣味は、無いからね?そんな目で見ないで欲しいな。