Present 先輩からのエール
試験前日。
「終わったぁ〜……」
あちこちで上がる声に合わせて、私も大きく息を吐きだした。
今日は出来るだけ早く終わらせたい。流石の嵯峨運営委員長もそれには賛同してくれるらしく、今日はいつもより1時間早い上がりだ。
……今日1時間早く上がれるようにと、この1週間の働かされっぷりはちょっと半端無いものがあったし、その分他の日の勉強効率が落ちるんじゃという素朴な疑問は「根性」の一言で片付けられそうな雰囲気もあった訳だけど。
(ま、なんとか一通りの復習は終わらせられたし、今日から毎日頑張れば何とかなるかな)
試験は4日間、2,3教科ずつ。大抵午前には終わるし、毎日死にものぐるいで頑張ればそこまで酷い事にはならないだろう。よかった。
さあさっさと帰って明日の教科の追い込みだ、と鞄に荷物を勢いよく詰め込んでいると、2年生の女子先輩が近付いてきた。蛇足だけど、私が忙しくなる仕事を指示してくれたのもおおむねこの先輩だ。
「お疲れ、1年生。今日まで大変だったけど、明日から試験頑張ろうね」
この言葉に、何となく荷物をひとかたまりに置いていた1年生達——勿論私含む——は顔を見合わせて苦笑した。1人がみんなを代表して答える。
「頑張りますけど……今回委員が忙しかったから、あんまり結果は期待出来ませんよ」
「うん、普通そう言うよね。でも、先生達はそんな事情一切合財斟酌してくれないよ?」
「……げ」
思わず蛙が潰れたようなうめき声を漏らすと、先輩はにっこりと笑って続ける。
「だってほら、『忙しいのは分かってたんだから普段から予習復習するなりして備えておけ』とか『両立も出来ないのに委員なんかするんじゃない』とか、それはもう見事な正論と共に叱ってくれるわよ。正論だから言い返せないし、それに……」
『……それに?』
1年生が嫌な予感と共に見事に声を揃えて聞き返せば、先輩はニコニコしたまま手で嵯峨委員長を示した。
「そんな理由を先生に言おうものなら、嵯峨先輩にも言及は及ぶよ? 余程無茶させたのかーとか、後輩に事前に言っておかなかったのかーって。成績悪いのは本人の理由なのに上司にまで責が及ぶのは、社会のどうしようもない点だよね」
(……鬼だ)
この先輩がじゃない。弱冠18才の高校生の、学校行事の中でも二大巨頭と呼べる文化祭の運営委員という組織において、大人と同じレベルで責任を追及してくる先生達が鬼だ。なんとゆーか、そこまでする必要があるのかと。
「まあ、後で困るのは自分達だからね。先生達も私達に受験で後悔して欲しくない、というのはあるでしょうよ」
「……先生達としても、浪人の数が増えるのは余り好ましくないと」
合格率とか保護者への説明とか、なんて夢のない事を言う同級生にも動じず、先輩は頷く。
「その辺りの大人の事情を抜きにしたって、教え子が不合格ばかりは嫌でしょう、やっぱり」
これもまた正論だった。
(うう、これじゃ言える事なんて1つしか無いじゃないか……)
『……頑張ります』
神妙な顔で頷く私達に、先輩は改めてにっこりと笑う。
そして、最後の最後に素敵な言葉を落としてくれたのだ。
「でも1年生はその辺りの備えもまだ不慣れだろうからね、先輩達からのささやかな応援とプレゼント」
そう言って先輩は、数冊のノートとプリントファイルを手渡してくれる。みんなで覗き込んでみれば、それはすんばらしい代物だった。
「え、これって……」
「過去問と試験の狙い所。所謂ヤマよね。でも頭の良い先輩達が作成したものだから、かなり信頼度は高いわよ」
先輩の言う通り、そのノートは美しいまでの要点整理とヤマかけの集大成だった。しかもちょっと見た限り、完成度は高い上にかなり信頼出来そうだ。
「これを使いこなすかどうかは君達次第だけど。使いこなすかどうかが、そのまま結果に繋がると思うわよ」
そう言って先輩が軽やかな足取りで去って行く中、私達は何も言わずにプリンタへと殺到したのだった。